ソシオロゴス 49号 (2025年11月発行)
| 権 真理 | 「死なせない生政治」 + 抄録を表示
前世紀末以降、非正規移民や難民申請者に対する世界的な規制が強化される中、強固な主権国家システムを前提とした統合と排除の二元論では捉えきれない、多元的なアクターが関わる国境とモビリティの複雑な統治を捉える分析視座が要請されている。本稿はフーコーの「生政治」という概念をこの領域に適用し、境界線上にある彼らの身体へ医療的・治安維持的な介入を行いつつ、死なない程度に疲弊させて帰国や移動を促していくより巧妙な戦略を「死なせない生政治」として概念化することを提唱する。それにより、生の最大化作用とそこからの排除という積極的生政治/否定的生政治の分断の乗り越えを目指す近年の生政治研究に寄与するとともに、市民権と統合の枠組みに依拠してきた移民研究にも新たな視座を提供することを目指す。
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| さいとう まの | 差別の社会学的定義におけるいくつかの弱点 + 抄録を表示
本研究は、社会のメンバーの話を言い換える際に、社会学における差別の定義がいかなる弱点をもっているかを指摘する。先行研究における差別の定義には、次の3つの弱点があることが批判的考察から分かった。1、告発という要素を、工夫することなく、差別の定義に入れてしまっているために、言い換えた後では、差別について語られた内容を保存しない、望ましくない定義になってしまっている。2、人権という枠組みを、工夫することなく、使ってしまっているために、言い換えた後では、差別という概念が持つ、特定のタイプの悪を指し示すという機能を保存しない、望ましくない定義になってしまっている。3、違いを強調するという要素を、差別の定義に入れてしまっているために、言い換えた後では、差別という言葉で指し示される範囲を保存しない、望ましくない定義になってしまっている。本研究には、社会学における差別の定義の弱点を示すという意義がある。今後の課題は実際に差別を定義することである。
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| 佐藤 梓 | アドルノにおける情動的なものを解釈する + 抄録を表示
本論文は、思想史のなかで模倣、擬態などの概念として用いられてきた「ミメーシス」について、テオドール・W・アドルノにおける解釈を、非同一性をめぐるまなざしという観点から検討したものである。ミメーシスという語の登場はプラトンの『国家』に遡るが、ミメーシスは真実性から遠ざかるものを生み出す能力であると捉えるプラトンに対し、人間が豊かな理性能力にたどりつく過程にはミメーシスこそが重要な働きを示すと考えたのがアドルノである。アドルノの哲学史的な理解に即せば、プラトン以来の理想主義哲学としてのドイツ観念論においてはカントやヘーゲルらが、異なるもの同士を結び付ける「総合」の概念を発展させ同一性を志向した。しかしアドルノは両者から強い影響を受けながらも、対象との間の差異の取り扱い、〈非同一性〉の問題に取り組んだ。本論文では〈非同一性〉をめぐるアドルノのミメーシス論の可能性を引き出すことに主眼を置き、資本主義的な交換原理のうちでミメーシスが機能する条件が成立しなくなることは固有で自由な生の疎外であることを論じた。
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| 堀 真悟 | 祈りのアナーキー + 抄録を表示
神学的なものと政治的なものの(再)分節化にあって、祈るという行為は何をおこなうことであるか。キリスト教「解放の神学」が切り拓いた人文社会科学と神学の閾から、本稿はこのことを問う。今日のアナキズム理論は、真にありうべき生と現に生きられている生を分離し、後者を前者へと働かせるといったように可能性を通じておこなわれるものとして統治を理解する。現在のキリスト教界にみられるのはまさにそのような統治の作用–行為としての祈りである。だが、シモーヌ・ヴェイユの祈りをジョルジョ・アガンベンのいう使用–召命で照らすとき、そこに別の祈りが現れる。統治にとって脱構成的なこの祈りは、外在的に課される任務から生を解放し、内在的関係における義務へと召し出す。祈りとはこのアナーキーの義務への従順であり、外在的な目的を有さないみぶりなのである。
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| 阿部 崇史・数実 浩佑・宮本 雅也 | 貧困対策における教育の意義の規範的考察 + 抄録を表示
近年、貧困対策において教育が果たす役割に期待が高まっている。他方、教育による貧困対策は、教育で能力を得た個人のみが生存を保障される《条件付き生存保障》と、個人の変化のみを求め、社会の変革を軽視する《問題の個人化》に陥ると批判される。本稿は、貧困対策の規範的目標の再検討に遡り、教育が果たすべき役割を明らかにする。近年の貧困研究で有力な貧困理解に依拠すれば、貧困対策の規範的目標は、「自律の社会的基盤の保障」と解釈できる。この社会的基盤の一部として、教育は、自律を支える社会化を目指し、➀生き方の反省・決定を行う能力、➁決定した生き方を実行する能力、➂社会の変革に向けた能力・態度を、育成する役割を負う。また、教育の役割をこのように捉えれば、教育を社会が果たすべき責任の一部だとする点で《条件付き生存保障》を乗り越え、社会の変革に向けた能力・態度を重視する点で《問題の個人化》を乗り越えうる。
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| 於 倩 | 日本の自殺対策政策にみる「健康問題」の医療化と脱医療化 + 抄録を表示
本論文は、2000年代以降の日本における政策レベルでの自殺対策のロジックとその変遷を明らかにすることを目的とする。そのために、警察庁設定の自殺における原因・動機の1つである「健康問題」を主な分析対象とする。従来の政策研究では、政策過程における特定のアクターの機能や政治的力学に焦点を当ててきた。対して本論文は、『自殺対策白書』(2007–2015
年版)を通時的に分析し、「健康問題」として自殺の「原因」と「対策」を意味づけた政策ロジックについて解明した。その結果、当該時期の自殺対策政策においては、「原因」としては
うつ病等の医療的な知識が中心的に語られつつも、「対策」としては必ずしも精神医療的アプローチに限定されず、様々な要因への脱医療的、社会環境的といった包括的支援が掲げられて
いることを解明した。本論文を通じて、自殺の「原因」と「対策」の関係は必ずしも一元的ではなく、両者の間には大きなズレがあることを提示する。
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| 徐 崢睿 | 中国の若年ゲイ男性の学校経験を通じたセクシュアル・アイデンティティの構築 + 抄録を表示
本研究は、生活世界論の視点から、3人の中国の若年ゲイ男性のライフストーリーを用いて、かれらが学校経験をどのように意味づけセクシュアル・アイデンティティを構築しているかを解明し、さらに彼らが「アイデンティティに葛藤がない」と語る背景に潜む社会的要因について批判的に検討した。調査の結果、彼らは学校におけるホモフォビア的な困難を生活世界の周辺的要素として位置づけ、他方でBL文化や音楽、腐女との交流など、必ずしもゲイ男性を対象としないリソースを活用して自身の性的指向を受容していることが明らかになった。一方で、彼らが語る「葛藤のなさ」は、社会構造的な抑圧を「変えられない外部条件」として受け入れ、それを問題化せずに個人の努力で乗り越える姿勢を示すものであった。この状況は、社会的差別の内面化や、個人化された対応への依存を助長し、制度的な改善や社会的変革を求める発想を制限している。
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| 近藤 千尋 | 未婚女性管理職の職場における友人関係 + 抄録を表示
友人に関する先行研究では、役職などの職業威信は友人形成の「資源」として、結婚は「制約」として働くとされており、女性は男性より友人が多いとされている。このことから、「未婚の女性管理職」は友人形成に最も有利な属性だと推測される。だが、職場の友人に着目した研究が進む海外とは異なり、日本の職場での友人形成の過程は明らかにされていない。そこで本稿では、未婚の女性管理職10名へのインタビューから、職業威信が友人形成にどのように影響するのかを分析した。その結果、職業威信はネットワーク形成の機会を増やす「資源」である一方で、友人形成に対する「制約」として働いていた。彼女たちは偶然を利用して友人を築いていたものの、こうして得た友人に情緒的支援を頼ってはおらず、彼女たちの感情的課題は、金銭を介したサービスを通じて解消されていた。以上から本稿では、職業威信が友人形成と情緒的機能の「制約」となる可能性を示した。
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| 松元 圭 | 双極症患者との離婚を経験した元配偶者の困難 + 抄録を表示
本研究は、双極症患者との離婚を経験した元配偶者を分析対象とし、彼らが双極症患者との結婚生活でいかなる困難を経験してきたのか記述することを目的としている。2名の元配偶者に対し半構造化インタビューを複数回実施した結果、➀夫役割と治療者役割の間で葛藤していたこと、➁予測不可能性に翻弄されながらも気分の波は当然のものとして受け入れ困難とは見なしていなかったこと、➂患者との間で生じる問題に独力で取り組まねばならず孤立していたこと、さらには➃離婚後も自責の念を抱えていること、の4点が明らかとなった。本研究は、これまで国内における研究蓄積がほぼ存在しない精神障害者の元配偶者に光を当て、彼らが経験する困難の実態を明らかにすると同時に、良き障害者家族像という規範を相対化した。これに加えて、婚姻関係解消後の元配偶者の物語を描いたものである。
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| 関 駿平 | 「飲みやすさ」へのレトリック + 抄録を表示
本稿の目的は、1980年代チューハイブーム初期に関わる広告言説の検討を通じて、企業の広告戦略が促した「飲みやすさ」への欲望を考察することである。本論では『企業と広告』誌に着目し、「チューハイ」をめぐる言説資料から、酒類販売企業が、いかなる広告をもって大衆の欲望を喚起したのかを分析した。チューハイ言説は1983年から1985年にかけて主に展開され(チューハイブーム初期)、1980年代後半はブームの停滞とビール業界の対抗が語られる。そのなかでチューハイは「容器としての利便性」「都市の若者に訴求するファッショナブルさ」「健康志向」とともに語られていた。また、この戦略は1980年代後半には、ビール業界にも影響を及ぼしていくことが推察された。つまり、現代ではリスクのあるアルコールとも評価されるチューハイだが、その初期における広告展開はファッション性・志向・利便性を「飲みやすさ」として提示することで欲望を刺激し、業界全体にこれを波及させていた。
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| 岡村 逸郎 | 固定化された「犠牲者」物語の問題性 + 抄録を表示
本論文の目的は、新聞報道が現実で起きた事件と『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を関連づけるなかで、いかにして作品の意味をめぐる文化政治が生じたのかを明らかにすることである。筆者は、被害者研究をカルチュラル・スタディーズの2 つの視点から再構成する視角を提示した。そして、加害者性/被害者性をめぐる複数の政治的な立場に注目し、制作者、ファン、ならびに新聞報道の間で生じた文化政治を記述した。制作者は、テレビアニメ版の制作を通し、加害者性/被害者性をもつ両義的な存在として成長するヴァイオレットと、彼女が思いをつなぐ多様なハームにもとづく関係を物語化した。ファンは、作品の解釈を通し、制作者の実践を「火傷」という言葉と「心を繋げて」/「思いを紡ぐ」という言葉のもとで敷衍した。新聞報道は、多義的な意味合いを含む「思いをつないでいく」という言葉を「犠牲者」物語のもとで一義化することで、制作者とファンが行なった文化実践の意味を縮減した。作品の意味をめぐる文化政治は、新聞報道による意味の縮減から影響を受けるファン、その影響から逃れようとするファン、ならびに対抗的な意味づけを提示する制作者によって形成された。
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| 河原 優子 | 二次創作文化におけるオーディエンスの能動性を再考する + 抄録を表示
80年代以降、オーディエンス研究は、アクティブ・オーディエンス論とその発展形を中心に議論されてきた。これらの議論は、オーディエンスが行う解釈、個人のアイデンティティ形成や集団への参加のあり方などに能動性を見出してきたが、オーディエンスはメディアに対しては受動的な立場に置かれてきた。しかし今日、オーディエンスは大きな拡散力をもつ情報の送り手にもなる。本稿は、こうした「送り手」となるオーディエンスのあり方を分析するため、ファンによる「二次創作」を取り上げる。参与観察とインタビュー調査の結果、オーディエンスの集団内では独自の曖昧な「非営利」の規範が守られており、この規範によって、メディアのヘゲモニーと市場の論理の中で、個人の「創作」の能動性が担保されていることが明らかになった。オーディエンス個人の創作性と集団の力学への視点は、現代のオーディエンスの能動性を検討するひとつの手がかりとなり得よう。
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| 栁瀬 一樹 | 描画時間と物語性が聖地巡礼の動機形成に与える影響について + 抄録を表示
本研究では、アニメ聖地巡礼の動機形成プロセスを解明するため、アニメファンを対象として、「➀アニメ視聴後に舞台への訪問意向を持つ割合」「➁どの目的地に対して訪問意向を持つのか」を調査し、視聴体験と訪問意向の関係性を考察した。その結果、74.2% から81.0%のファンが作中に登場したスポットへの訪問意向を持つこと、長く描画されたスポットや、ストーリーと関係があるスポットに訪問意向を持つことが確認された。一方で、描画時間が数秒程度であっても、訪問意向が喚起される場合があることも明らかとなった。
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| ロゴスとミュートス(7) 落合恵美子インタビュー:歴史の転換を描き出す知の実践 + 抄録を表示
今号では、近代家族やジェンダー、ケア、歴史人口学の研究を精力的に行ってきた落合恵美子氏へのインタビューを掲載する。落合恵美子氏は、構造主義的な社会学から始まり、社会史や歴史人口学の成果を取り入れながら、親密圏と公共圏に関する新たな社会学の枠組みを構築した。氏の研究は、学術分野の垣根を越えるだけでなく、ジェンダーや地域といった既存の領域を超えた「地平」で生み出されている。氏の理論的課題は、大プロジェクトの運営や新たなネットワーク形成といったように、知の生産の仕組みを再構築するという実践にも繋がっている。今号のインタビューを通じて見えてくるのは、パラダイム転換の時期にこそ、新たな枠組みを構築していく必要があるという氏の信念である。歴史の転換を迎える今、新たな構造に必要な言説を生み出すために私たちは何をすべきなのか。今号のインタビューでは知的生産者としての社会学者が担うべき義務とは何か、根源的な課題に向き合う。
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