明末清初尺牘集の研究 ――その生産と流通を中心に――

蔡 燕梅

  尺牘(書簡の一種)は一般的に私領域において情報を伝達する手段であり、受信者を流通の終点とする、プライベートなジャンルである。尺牘の出版は宋代にまで遡れるが、それが時代の流行になったのは、出版業が繁栄を極めた明末清初のことである。当時、尺牘は様々な選集を編纂するための材料として取り上げられ、評語を付され、出版・流通を経て読者のもとに届けられ、私的領域を超えて公共領域へと入っていった。このような尺牘流通ルートの変化は、その「生産」(具体的には「執筆」と「編纂」を主とする)に反作用を及ぼし、さらに尺牘の形態や概念の変容をも引き起こした。明末清初に編刊された尺牘集は独自の資料を大量に集めているため、当時の人物の生涯にわたる事跡・学術思想・交遊関係等を研究する上で貴重な資料的価値を有する。同時に、尺牘集の「生産」と「流通」それ自体が、文学・史学・文体学・書誌学・書籍史研究の上で重要な課題となる。

 上記の課題について考察を行った本稿は、次の五章からなる。

 第一章では、各類型の尺牘集の性格及び流通の様相を概観した。明末清初尺牘集の出版ブームという特定の文体・文学・文化現象を総体的に把握するため、尺牘集の残存情況の調査及び目録の作成は重要な基礎的作業である。現時点において最も網羅的な規模の書目総覧である『中国古籍総目』には、前近代中国の尺牘総集が144項目著録されるが、そのうち明末清初のものは計96項目を数え、全数の約66%を占める。これは、明末清初の尺牘集を収める書目としては現時点で最多であり、本研究にとって重要な基礎的文献となる。しかし、さらなる調査を進めた結果、この書目から「啓」や指南書など尺牘集とは見なし得ないもの、及び重複する著録を除外すると、明末清初の尺牘総集は69種となる。筆者は世界各地の多数の図書館の書目や漢籍データベース等により、こうした文献について全面的な調査を行ない、できる限り多くの原典について確認した。その結果、明末清初の尺牘選集は確定できるものが現存95種、それに尺牘別集を加えると約200種にのぼることがわかった。

 本章では、さらに尺牘集を次の三種に区分し、それぞれの特徴を説明した。「尺牘別集」は、一人の作者の尺牘を収めたもので、作者の子孫や友人が顕彰のために編刊したり、作者自身が名声を高めるために作品を出版したりした場合があった。「歴代尺牘集」は、各時代の尺牘を集めたものであり、編纂の趣旨や動機、編纂者のレベルも様々であって、複雑な様相を呈している。「当代尺牘選集」は編纂者と同時代の文人による尺牘作品を集めた選集である。そのほか「尺牘指南書」は以上三種と異なり、必ずしも実際に尺牘としてやりとりされた作品を集めてはおらず、主として編纂者によって作られた手本や項目などからなるものである。以上の調査の結果は、本稿附録「明末清初尺牘集簡目」にまとめた。

 第二章では、明末の山人が当時の尺牘集出版ブームを大いに推進した事象について論じた。明末に何故これほど多くの尺牘集が出版されたのか、という問題について考察する必要性は、早く1965年に横田輝俊によって指摘されているが、これまで十分に深く検討されてこなかった。社会のいかなる階層の人々によってこの潮流が推進され、またその目的が何であったのかという点が、明末における尺牘の性格・機能・流通状況などの問題を解明するための鍵である。本章では明末に名を馳せた山人である王穉登の尺牘執筆及び尺牘集の編纂活動を切り口とし、明の嘉靖・万暦年間以降に活躍した「山人」と呼ばれる人々が尺牘の流行と尺牘集の出版ブームに与えた作用を詳細に検討した。まず、王穉登の生涯、交遊活動を概観し、次いでその撰になる尺牘集の性質について分析した。それから、王穉登の尺牘執筆における「量産」の技法及びその背景について詳しく分析を加えた。王穉登が在世中に出版した『謀野集』『謀野乙集』『謀野丙集』という三つの尺牘別集は、自身が三十年間に書き送った尺牘を収めている。その「量産」の技法は以下の三点にまとめられる。第一は、尺牘の中で「典故」を主とする常套句を効果的に用いること。第二は、ある事件や事象などの内容に関する記述を異なる尺牘の文中で繰り返し活用すること。第三は、文章を簡潔かつ明瞭に構成すること、の三点である。最後に、王穉登により編纂された歴代の名士の尺牘を集めた選集について考察を行ったが、そこからは王穉登が尺牘に注いだ情熱の高さを窺うことができる。王穉登らの山人は、尺牘の作者である発信者・最初の読者である受信者・両者間の尺牘の伝達者・編纂者・一般読者など、様々な立場に立ち、尺牘の生産(執筆)・流通(尺牘の往来・投稿等)・再生産(尺牘集の編纂)・消費(閲読)といった活動に深く関与し、尺牘の流行を有力に推進していたのである。

 第三章では汪淇等輯『尺牘新語』三編(『尺牘新語初編』『尺牘新語二編』『尺牘新語広編』)を中心として、このシリーズの尺牘選集の編纂方法に生じた転換に着目し、そこから明末清初尺牘集の商業出版の発展及びそれを背景とする尺牘文体観の変容について考察した。商業的出版が明末清初の尺牘集の主流を占めたため、読者の需要、経済的効果と利益などの要素は、尺牘選集の編纂方法・商業戦略などに軽視できない影響を与えていた。

 こうした背景のもと、清初の尺牘編纂者は、みな「新」という編纂趣旨を高く掲げた。では、明末から清初にかけての尺牘集商業出版は、いかなる発展を遂げたのであろうか。『尺牘新語』三編に見られる、作品の蒐集や編纂方法の変化は、明末清初尺牘選集の商業出版上の発展を反映していると考えられる。即ち、「初編」は同種の出版物を主な作品来源とするものだが、この他にも主編者やその親類・友人など当時の杭州及びその周辺地域在住の文人による尺牘作品を積極的に収集した。これは明末の尺牘集が常用していた手法を受け入れたものと考えられる。しかし、「二編」と「広編」においては、編纂グループの結合により徐々に拡大していった交遊ネットワークというリソースを活用して大量の投稿作品を入手し、かつ文中において評語等により作品の来源や編纂の経緯を明らかにし、尺牘作品をめぐる閲読や鑑賞の場において独自のコンテクストを読者に提供している。また、選集に収録される尺牘作品が長篇化する傾向は、一方では、清初文壇において主流だった古文が尺牘の領域にまで及んだことを体現しており、他方では、清初の尺牘選集の編纂者が、古文作家の手による「書」作品を多く収録することによって明末の編纂方法との相違点を打ちだしたわけである。これらはいずれも商品としての選集の競争力を高めるための方法であったと考えられる。

 第四章では、周亮工輯『尺牘新鈔』を中心として、清初尺牘に見られる新たな典範の樹立について考察した。『尺牘新鈔』三選(『尺牘新鈔』『蔵弆集』『結隣集』)は明末清初尺牘選集の最高水準を代表する作品であり、当時から後世まで最も広く伝わり、研究者からも重視されてきた尺牘選集である。しかし、従来の『尺牘新鈔』研究は、その史料的価値、編纂・版本などの問題をめぐって細分化する傾向があり、所収作品それ自体についての詳細な検討は十分に行われていなかった。本章ではまず、周亮工による明代の尺牘及び尺牘集への批判、及びその掲げた新たな尺牘文体理念を整理し、さらに尺牘集を編纂する実践の場において、周氏がどのような作品を収録し、また彼が新たに樹立した典範とは何如なるものであったかを分析した。『尺牘新鈔』三選の作品及び評語を総合的に見ると、周氏は概ね「雅」「趣」「韻」「味」「気」「情」などの概念によって尺牘作品の芸術的価値を明らかにしようとしている。このため、最も高い評価が下された作品を見ても、論理の枠がしっかりとした短篇であったり唐宋風古文で書かれた長篇作品であったりと、作風は様々である。周氏は第一選では篇幅の長短に関わらず収録していたが、第二選の修訂作業において若干の長篇作品が削除され、代わりに多くの短篇作品が新たに収められた。これは周氏自身が短篇を好んだとも解し得ようが、逆に第三選に収められた長篇作品の数量が極めて多いことから、周氏が確立した「以古文為正体」の文体観は、清初文壇が明代「文必秦漢」の古文辞観念に反対し、唐宋に規範を求めながらも自分自身の方法を探るべきとする認識と一致していることが分かる。周氏が明清交替期に侯方域・魏禧・汪琬のような大家の手による「書」作品を新たな典範としたのは、一方では明代復古派の文風を矯正しようという意図の表れであり、他方では明末以来の山人による尺牘文化への反発を示している。

 第五章では、王晫がやり取りした尺牘を取り上げ、清初山人尺牘の再流行について検討を展開した。明末の山人は尺牘の流行を大いに推進したが、その尺牘及び尺牘集は清初の尺牘編纂者から厳しい批判を浴び、排斥された。だが一方では、明末に流行した山人尺牘文化に関連する気風は、清初まで受け継がれていた。『霞擧堂尺牘定本』と『蘭言集』に所収される、王晫のやり取りした尺牘及び文集中に附された序・引言・凡例・評語などの副次的テキストを分析すると、明末以来の山人が尺牘の往来や出版を通じて交遊関係を標榜しあい、名声を高めあい、自分の著作を有効に宣伝したりする行為ときわめて類似しており、山人尺牘の気風が清初においても継続され発展を遂げていたことがわかる。

 終章では、以上各章の総括として、尺牘というジャンルの流行が、そもそも出版業が隆盛であった明末清初という時代の特定の社会文化的背景のもとで展開していたことから、本稿で取り上げた明末清初尺牘集の文体学的価値、またその史料的価値とともに、当時の社会文化史研究などにおいても、重要なものであることを述べた。

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