中国語の複文研究――構文論の観点から

長谷川 賢

 本研究は、現代中国語のいくつかの複文について、構文文法(Construction Grammar)の観点から、それらを形式と意味の統合体としての構文(construction)とみなし、個々の構文について、類義構文や関連する表現との比較を行いながら、それぞれの構文的意味や表現機能などを考察するものである。具体的に問題とすることは、まず第一に、中国語の複文に存在する類義関係を表す構文について、それらの構文には如何なる相違があるのかということである。第二に、複文の中で、ある一つの構文が複数の意味関係を表す場合、それらの間には如何なる関係があるのかということである。

 序章では、本論の研究目的と背景について述べる。中国語の複文は、一般に他の言語と同様に、節と節が等位関係(coordination)にある“联合复句”(連合複文)と、節と節が従属関係(subordination)にある“偏正复句”(偏正複文)の二つに分類され、さらに、連合複文と偏正複文は、主に節と節の意味的関係に基づき、それぞれいくつかの種類の複文に分類される。しかしながら、例えば、“不是A就是B”(AでなければBだ)という条件構文が、「AかBのどちらかだ」という選択関係を表すなど、意味関係による分類と構文とは一対一の関係にあるわけではなく、構文によって複数の意味関係を表すものがあり、いくつかの複文の間に関連性があることが古くから指摘されている。それでは、なぜ一部の構文は複数の意味関係を表し得るのだろうか。また、そのような複数の用法の間には如何なる関係があるのであろうか。この種の問題の解明には、構文文法、とりわけ、プロトタイプ理論からのアプローチが有効であることが通言語的に明らかにされている。本論では、構文理論の観点からの複文研究の流れを汲み、関連性が指摘されている中国語の仮定条件、時間、選択の各関係を表すいくつかの構文や構造を取り上げ、各構文や構造の典型的意味や周辺的用法、構文の拡張過程などを考察する。

 第一章では、中国語の仮定複文の中で、接続詞“如果”(もし…なら)、“要是”(もし…なら)を用いた二つの条件文を取り上げ、これまで論じられてこなかった、それらの典型的用法から周辺的用法への拡張過程を分析する。

 分析の結果、それらの構文は、まず実現不確定な事態や反事実的事態の仮定を表す典型的用法から、習慣的事態や時間関係を表す条件提示の用法へと拡張する。条件提示の条件文の前節は、現実世界で起こり得る2つの事態から1つの事態が選ばれて提示される〈条件選択性〉を有する。さらに“要是”文については、条件提示用法から、メタファーによる話題提示の用法への拡張がみられる。接続詞“要是”には、談話の話題を提示する談話マーカ(discourse marker)としての機能がみられ、話題提示の条件文の前節は、談話世界における2つ以上の話題から1つの話題が選ばれて提示される〈話題選択性〉を有する。

 第二章では、条件文の接続詞の使用条件とそれらの接続詞の談話機能について考察する。大河内1967:5では、中国語の複文は本来接続詞を必要としないのが一般的で、逆に使われる場合には条件があることが指摘されているが、その条件の詳細についてはいまなお明らかにされていない。本章では、条件文に用いられる接続詞が如何なる場合に用いられるのか、或いは用いられないのかを、文が表す事態の特徴に照らして考察する。その上で、文の成立に関して接続詞を必ずしも必要とはしないタイプの条件文に、実際に接続詞が用いられている場合、それらがなぜ用いられる必要があるのかを、談話文法の観点から考察し、それらの機能を明らかにする。

 考察の結果、条件文における接続詞の使用の可否には、話し手の事態の実現可能性に対する認識が関わると考えられる。一般に、反事実など、実現性が低いと認識される事態には接続詞が用いられ、逆に、実現前提、パタン化した事態、原理原則など、事態の実現性が高いと認識される事態には接続詞が用いられない。ただし、実現性の高い条件文にも接続詞が用いられる場合があり、それらの文の接続詞の一部は談話において条件節の導入を喚起するという〈条件導入喚起〉の談話機能を担っている。

 第三章では、選択複文の中で、「AかBのどちらかだ」という二者択一の選択を表す“不是A就是B”、“要么A要么B”、“要不A要不B”という三つの“限选句式”(限定選択構文)が表す事態の特徴や表現機能の相違を考察する。邢福义2001:242-265では、これらの構文が“意欲性选择”(意欲的選択)を表すか、或いは“析实性选择”(事実分析的選択)を表すかという点で相違があることを論じている。この指摘は各構文が表す事態の相違を論じた唯一の指摘で、特筆すべきものであるが、コーパスでは、それに当てはまらない実例も見られる。本章では、各限定選択構文が表す事態の特徴を改めて考察する。さらに、邢福义2001:242-265では触れられていない各構文の表現機能の相違ついても明らかにする。

 考察の結果、限定選択構文が表す事態は、一回的事態と恒常的状態の二つに分けることができた。“要不A要不B”は、邢福义2001:258-263によると、一般に“意欲性选择”(意欲的選択)という一回的事態を表すのみに用いられるとされるが、コーパスの例を観察した結果、恒常的状態も表すことが分かった。ただし、恒常的状態の中で属性については表し難い。“要么A要么B”は、一回的事態と恒常的状態のいずれも表し、三つの構文の中で最も広く用いられる構文である。“不是A就是B”は、一回的事態を表す例はほとんど見られない。“不是A就是B”は判断動詞“是”を含む構文であり、典型的には「どちらかの事態に〈なる〉」という恒常的状態を表す。

 一方、限定選択構文の表現機能については、まず一回的事態を表す文では、一般に選択項に対立的事態が置かれ、緊迫した二者択一の選択が表されることが多い。一方、恒常的状態を表す文では、選択項に一般に同類の事態が置かれ、構造全体で一まとまりの状態が表される。特に“不是A就是B”の状態を表す文では、その多くが話し手(語り手)にとって好ましくないと認識される状態を表す。

 第四章では、時間関係を表す表現の中で、これまで論じられてこなかった“A了B(,)B了A”という構造を取り上げ、その文法機能や構造的意味を考察する。“A了B(,)B了A”は、“A了B”(AしたあとBする)、“B了A”(BしたあとAする)という二つの時間関係を表す構造が重ねられた一つの文法構造であり、一種の重畳形式であると考えられる。当該構造は、形式的には、時間関係を表す構造によって構成されているが、動作の一回性の叙述ではなく、AとBの事態の反復を表す表現である。さらに、例えば“吃了睡睡了吃”(食べては寝て、寝ては食べ)は、しばしば、「怠惰である」という、構成要素となる動詞がもつ以上の意味を含意して用いられる。また、同じく重ね型であるAABB型動詞重畳形式との用法の相違も興味深い。第四章では“A了B(,)B了A”の文法機能を分析し、また当該構造に用いられる動詞の特徴を分析し、その典型的用法を見出し、構造全体の典型的意味を明らかにする。

 分析の結果、“A了BB了A”は、多くの場合、文の述語として用いられ、ある主体の状況を描写するために用いられている。当該構造は、例えば“擦了写写了擦”(消しては書き、書いては消し)のような対立的な動作を表す動詞で構成されるタイプが典型的な表現であり、当該構造の典型的な構造的意味は、「事態の進展し難さ」を表すことであることを明らかにした。また、当該構造とAABB型動詞重畳形式を対照すると、AABB型動詞重畳形式は、事態を総括走査(summary scanning)の視点で捉え、複数の動作主が無秩序に繰り広げる動作の反復を、一まとまりの〈様態〉として描写する形式であるのに対して、“A了BB了A”は、事態を順次走査(sequential scanning)の視点で捉え、繰り返し行われる一回一回の動作の〈集積〉として形成される一つの〈状況〉を描写する表現であると考えられる。

 終章では、全体を統括した上で、条件文の接続詞の機能や条件と選択を表す文の関係について考察を深める。まず、第一章で論じた“如果”文、“要是”文の中で、習慣的事態や時間関係を表す文に用いられる接続詞の一部は、第二章で論じたように、〈条件導入喚起〉機能を有し、談話機能上の必要性により付加されたものであると考えられる。

 また、第三章で論じた限定選択構文“不是A就是B”は、「AでなければBだ」という一種の条件文であるが、当該構文では、語り手の現実世界で、AとBの二つの事態が起こっていて、前節ではその一つが〈条件選択〉されていると考えられる。したがって、当該構文は第一章で論じた条件文の拡張過程においては、周辺的用法である条件提示用法から選択を表す文として拡張した構文として位置付けることができる。

 最後に、以上の考察を踏まえ、中国語の“如果”文、“要是”文が、典型的用法から周辺的用法へ放射状のカテゴリーを示すことを示した。即ち、典型的用法から、まず現実世界ですでに実現している恒常的事態を表す文に拡張し、さらに恒常的事態を表す文から、時間関係を表す文へと拡張する。さらに“如果”文については恒常的事態を表す文から選択関係を表す文への拡張もみられ、また“要是”文については恒常的事態を表す文から話題提示用法への拡張もみられる。

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