バスク語文法の諸相 認知文法的アプローチ

石塚 政行

  この論文は,バスク語文法の4 つのトピックについて,認知文法の立場から,意味に着目して論じたものである。本稿は,研究対象であるバスク語の概説(第1 章),理論的背景の概説(第2 章),および4 つの事例研究(第3 章~第6 章)によって構成されている。

 第3 章では,位置格の連体形である位置属格の全体部分関係用法と帰属関係用法について記述する。位置格-an は広義の後置詞のひとつであり,位置関係を表す。バスク語の後置詞は,そのままでは連用機能(動詞の補部または修飾部となる機能)しか持たない。後置詞は,連体標識を後接させることで初めて名詞の修飾部となる連体機能を持つことができる。連体標識を伴う後置詞を連体形と言う。位置属格-ko は位置格の連体形に相当し,位置関係を表す用法を持つ。これに加えて,位置属格は全体部分関係を表す場合がある。本章では,さらに,位置属格が帰属関係(属性の持ち主と属性の関係)を表す場合があることを指摘する。

 位置属格の全体部分関係用法・帰属関係用法の容認性は,補部名詞句の指示対象の種類によって異なる。本章は,全体部分関係用法に関する先行研究の一般化の反例を指摘し,代案として,位置属格の全体部分関係用法・帰属関係用法は,補部名詞句の指示対象が「場所」である場合に容認されると主張する。先行研究の「場所」概念を修正するかたちで,本章は「場所」を,人間をTR とする,ある種の典型的位置関係にLM として参与する傾向を持ち,参照枠に対して不動の物と規定する。また,「場所」概念は,地理的領域や建物を中心的成員,乗り物や家具を周辺的成員とするプロトタイプ・カテゴリーを成すと主張し,これによって,全体部分関係用法と帰属関係用法が補部名詞句によって異なる容認性判断を受けることを説明する。補部名詞句が「場所」のプロトタイプに近いほど,位置属格の全体部分関係・帰属関係用法が容認されやすい。

 位置属格の位置関係用法・全体部分関係用法・帰属関係用法には,どれも参照点関係を表すという共通点があり,本章の主題である2 種類の用法は位置関係用法からの意味的拡張として位置づけられる。これら2 種類の用法の補部名詞句が「場所」に限定されるという事実からは,拡張元である位置関係用法のネットワークの中で,「場所」を補部名詞句とする下位スキーマが高い際立ちを持ち,全体部分関係用法・帰属関係用法に対するプロトタイプとして機能しているという可能性が示唆される。

 第4 章では,コピュラ文の補語となる非動詞述語に付く形態素-a を,定冠詞の用法の一種として位置づける。バスク語の恒常的性質を表す名詞述語・形容詞述語は,形態素-a とともにコピュラ動詞の補部(コピュラ補語)となり,コピュラ文を形成する。いっぽう,一時的性質を表す名詞・形容詞述語はこの形態素と共起しない。形態素-a をめぐっては,数の一致標識説,冠詞説,代名詞コピュラ説が対立している。数の一致標識説には,数の一致の有無と,恒常的・一時的の対立を説明する自然な方策がないという問題点がある。代名詞コピュラ説には,歴史的に見て形態素-a が代名詞に由来するとは考えづらいという問題点がある。そこで,本章では冠詞説を擁護し,バスク語コピュラ文の補語は,名詞と定冠詞,形容詞と定冠詞からなる名詞句であると主張する。冠詞説を支持する新たな証拠として,-a を伴うコピュラ補語の代用形が名詞句であることを指摘する。

 本章は,バスク語コピュラ文の補部名詞句は,モノのタイプを表すと提案する。あるタイプは,可能なタイプの集合(タイプ空間)においてただひとつ存在する。そのため,タイプを指す名詞句に定冠詞が用いられる。形容詞述語文の補部名詞句は,主要部欠如名詞句であり,主語名詞句と形容詞によって限定された高次のモノのタイプを表す。

 バスク語の非動詞述語文の補語における形態素-a の有無は,表される関係が恒常的か一時的かとうい違いに対応する。形態素-a が定冠詞であり,この形態素を伴う補語が名詞句であると考えると,このような対立はadjectival N–L switching の一例として位置づけられる。Adjectival N–L switching とは,ある言語において,何かがある性質を持つことを述べる表現方法が2 通りあって,その一方は,何かがあるクラスに属することを述べる仕方(名詞の方略)と同様であり,もう一方は,何かがある場所に存在することを述べる仕方(場所の方略)と同様である,という現象である。通言語的に,名詞の方略は恒常的な性質を表し,場所の方略は一時的な性質を表す傾向がある。形態素-a を伴う名詞句を補語とするコピュラ文は名詞の方略に,-a を伴わない裸の名詞・形容詞述語を補語とするコピュラ文は場所の方略に対応する。

 第5 章では,授与動詞eman とそれに従属する動名詞句(飲食・知覚・認識を表すものに限られる)からなる授与使役構文について記述する。授与使役構文の中心的用法は,授与の目的を明示することである(授与目的明示用法)。典型的な授与では,受領者が授与対象に対して何かすることが可能になるという広義の所有権の変化が起こり,授与者は,通常,これを意図して授与を行なう。さらに,多くの場合,授与者はより具体的に受領者がある特定の行為を授与対象に対してすることを目的としている。この目的を動名詞句によって明示したのが授与目的明示用法である。授与使役構文の動名詞句は方格で標示されるが,これは動名詞句が授与の目的を表すことと関係している。方格動名詞句は,移動の目的を表現するのに使われる。典型的な授与は,授与対象が受領者のところへ移動するという点で使役移動の一種であるため,授与の目的を明示するために方格動名詞句が用いられるのである。

 授与目的明示用法から区別すべき用法として,情報伝達用法がある。この用法では,授与動詞eman は認識を表す動詞を主要部とする動名詞句を取り,全体としては誰かが何かを認識することを引き起こす,という意味になる。この用法は,授与動詞が単独では選択しない目的語や補文節を取るという独自の文法的特徴を持つ。この他の周辺的用法として,非意図的な情報伝達を表す用法,非意図的な支配権の変化を表す用法がある。

 授与使役構文における動名詞句が表す事象V の実現は,含意される場合とされない場合がある。V が認識であるならば,V の実現は含意される。授与対象を飲食・知覚することは,受領者の制御下にあり,受領者は授与対象にその行為を行わないこともできる。しかし,具体物を受け取ってそれを認識しないということはほとんど不可能であり,授与は受領者が授与対象を認識することを本質的に含むため,V が認識であるならば,V の実現は含意されるのである。

 本章は,授与使役構文のコントロールパターンについても新たな指摘を行なう。授与使役構文はコントロール構文であり,授与動詞eman の項と,それに従属する動名詞句の非顕在的項の間には同一指示関係が成立する(すなわち,eman の項が動名詞句の項をコントロールする)。このパターンには以下の2 通りがある。eman の与格項が動名詞句の能格項を,絶対格項が絶対格項をコントロールするパターンと,eman の能格項が動名詞句の能格項を,与格項が与格項を,絶対格項が絶対格項をコントロールするパターンである。本章は,前者が飲食・知覚・認識の動詞について見られるのに対して,後者は知覚・認識の使役動詞のみに見られ,飲食の使役動詞には見られないことを指摘した。授与使役構文が表現するのは,あくまで受領者が授与対象を飲食することを授与によって可能にするということであって,受領者に飲食の意図がなければ飲食は起こらない。飲食の使役動詞は受領者の意図にかかわらず飲食を引き起こすことを表すため,授与使役構文には用いられないのである。

 第6 章はバスク語の自動詞分裂について,二言語使用者としてのバスク語話者の知識という観点から記述する。自動詞分裂とは,自動詞が意味的・語彙的条件によって2 つの類に分裂し,一方の類の主語は他動詞の目的語と,もう一方の類の主語は他動詞の主語と同様の文法的特徴を示すという現象である。バスク語の自動詞は,多くの方言で,絶対格主語を取り存在動詞を助動詞とする一類自動詞と,能格主語を取り所有動詞を助動詞とする二類自動詞の分裂が見られる。

 本章は,フランス語とのバイリンガルである,低ナバラ方言の話者の二類自動詞について記述する。バスク語の自動詞分裂には方言差が見られ,低ナバラ方言は二類自動詞の数がきわめて限られている方言群に属する。本章の調査では,371 の自動詞のうち,二類自動詞としての特徴を示しうるのは27 個だけである。本章は,この27 の動詞を借用語と非借用語に分けて比較することで,以下の意味カテゴリーが確立している可能性を指摘する。

 まず,無生物の主語からのエネルギーの放出を表す二類自動詞のカテゴリーが存在すると主張する。音韻的証拠から比較的新しくフランス語から借用されたと考えられる自動詞のうち,無生物の主語からのエネルギーの放出を表すものが二類自動詞としての特徴を示すからである。また,ある様態での移動を表す自動詞のカテゴリーが確立していると主張する。本章が指摘するとおり,このカテゴリーに属する動詞は,着点を伴う限界的移動を表す場合には一類自動詞として,そうでない場合には二類自動詞として振る舞う。借用語の自動詞のうち,ある様態での移動を表す自動詞が同様の特徴を示すことから,このカテゴリーが確固とした地位を持っていると言える。

 加えて,本章は,この話者のように二類自動詞が非常に限られた体系でも,フランス語の非代名動詞が二類自動詞として使いうることを指摘する。これは,二類自動詞の広がりという言語変化においてロマンス語からの影響が重要な役割を果たしていることを示唆する。

一覧へ戻る