東国正韻漢字音研究―中声の修正を中心に―

林 茶英

本研究は韻書『東国正韻』(1448)とそこに載っている東国正韻漢字音に関する研究である。字音を正確に表記することが韻書編纂の第一の目的であることは言うまでもないが、それと同時に韻書の体系を立てることも韻書の編者たちにとっては重要な仕事であったはずである。『東国正韻』の編者たちが伝承音を修正して正しい漢字音を定める際にも以上の2つのことを考慮しなければならなかっただろう。つまり、東国正韻漢字音には実際の音(伝承漢字音に従っている部分)と加工された音(体系のため修正した部分)が混じっていると言える。したがって東国正韻漢字音について説明するためにはまず実際の音と韻書の編者により加工された音を区別しなければならないということになる。

『東国正韻』には正式の「凡例」が付いていないため、韻書の編纂方針やその修正基準が分かりにくい。しかし「序」を見ると漢字音の修正に関するいくつかの事実を確認することができる。例えば、伝承漢字音の初声の表記を見ると「ㄲ·ㄸ·ㅃ·ㅉ·ㅆ·ㆅ」などのいわゆる‘各自並書’で表記された例が1個も見当たらないが、「序」においてはそういった現象を修正しなければならない‘誤り’と規定し、その誤りを‘清濁之変’と名付けている。そして韻書を作る際に‘清濁之変’に当たる伝承漢字音の初声の表記をもれなく修正したのは言うまでもない。そして中古音の韻尾-tが伝承漢字音では終声「ᆮ」ではなく終声「ᄅ」として現れているが、こういった伝承漢字音の特徴を‘四声之変’と名付け、すべての終声「ᆯ」を「ㅭ」に修正している。そのほかにも「序」には‘字母之変’‘七音之変’などの‘誤り’について説明されているが、この説明により韻書の編者たちが「字母·七音·清濁·四声」といった資質を必ず守られなければならない語音の資質と考えていたと推測することができる。

しかし「序」には初声と終声の修正に関する内容だけが述べられており、中声に関してはほぼ説明していない。つまり、‘字母·七音·清濁·四声’のうち中声にかかわっている資質がないのである。したがって東国正韻漢字音の中声を一体何に基づいて修正しているかがまだ明らかになっていない。今まで中声の修正基準を明らかにするため数多くの研究が行われてきたが、それらの先行研究によると東国正韻漢字音の中声を中古音などの中国音に基づいて修正したと仮定すると説明の一貫性が保たれず、例外が多すぎることが分かる。それに対して韻書の編者たちが伝承漢字音をもとにして中声を修正し、各々の韻を立てたと仮定すると、逆に例外が少なくなることが明らかになった。しかし、伝承漢字音を東国正韻漢字音と全面的に対比した上で、修正のパターンを明らかにし、さらに類型化しにくい例外について説明した研究はまだ行なわれていない。そこで本研究においては東国正韻漢字音の中声が基本的に伝承音字音の中声に基づいていることを証明し、修正のパターンを明らかにするため次の手順を踏んで研究を進めた。

まず、『東国正韻』の192韻類を終声別に分類し、それぞれのグループに属する字をさらに中古音の韻母に基づいて分け、それをまた七音により分類した。

次に、各グループに属する字の伝承漢字音における中声の示している傾向を分析して東国正韻漢字音の中声がそれにしたがっているか否かを確認した。

さらに、東国正韻漢字音の中声が伝承漢字音のそれと異なっている場合、該当の中声が何に基づいて修正されたかを明らかにし、伝承漢字音が修正の基準として選ばれなかった理由を解明した。

最後に、すべての韻類を検討した結果、解明された中声の修正の内容をパターン化し、修正パターンから推測できる韻書の編者たちの語音認識について述べた。

考察の結果、ほとんどすべての場合東国正韻漢字音の中声が伝承漢字音の中声に従っていることを証明した。詳しく言えば、ŋ終声類にはɨŋ·iŋ·ʌiŋ·oiŋ·uiŋ·iəŋ·iuiəŋ oŋ·ioŋ·uŋ·iuŋ aŋ·iaŋ·oaŋ韻が含まれているが、uiŋ韻とiuiəŋ韻を除いた12個の韻の伝承漢字音と東国正韻漢字音の中声がほぼ一致していることを確認した。そしてn終声類にはʌn·ɨn·in·on·un·iun·an·oan·ən·iən·uən·iuiən韻が属しているが、ʌn韻とiuiən韻にだけ例外が多く、ほかの10個の韻には例外がほぼ存在していないことが明らかになった。さらにm終声類(ʌm·ɨm·im·am·əm·iəm韻)とw終声類(ow·iow·uw·iuw韻)の場合、東国正韻漢字音の中声が伝承漢字音のそれをそのまま受け入れていることを確かめた。最後に、ø終声類に当たるʌ·i·ʌi·ɨi·oi·ai·oai·ui·iui·iəi·iuiəi韻とo·a·ia·oa·u·iu·ə·iə韻の東国正韻漢字音の中声を調べた結果、oai·iui·iuiəiには例外が比較的に多かったが、大概の場合伝承漢字音の中声と一致していることが判明した。そのほかにも重韻·重紐などの中国音における特徴的な現象が『東国正韻』にはどのように反映されているかを調べたが、伝承漢字音に見られる傾向に基づいて字が分類されていることが明らかになった。

それから東国正韻漢字音の中声が伝承漢字音の中声に従っていない例外を調べたが、中声の修正には4つのパターンがあることが明らかになった。すなわち

①   音節制約 

②   韻部の区別

③   開合の区別 

④   洪細の区別

第1に、音節制約は伝承漢字音には多数現れるがその中声をあえて他の中声に修正した場合をいうが、それは四声か開合が揃っていない場合に限られている。例えば蒸韻喉音の入声の伝承漢字音の中終声がəkに現れる傾向があるにも関わらず韻書の編者たちはそれらの中声をɨに直した。その理由はおそらく蒸韻喉音の舒声の伝承漢字音の中声がɨで現れるため、1つの韻に舒声と入声をきちんと揃えるためにはəkをɨkに修正せざるを得なかったと考えられる。その他にも支韻·脂韻の合口が例として挙げられるが、多数の伝承漢字音の中声がuəiに現れるにもかかわらず『東国正韻』ではそれらの字がui韻に収録されている。支韻·脂韻の開口の伝承漢字音の中声のうちəiに現れる字が全くないため、開合が揃っている韻を立てるためには支韻·脂韻の中声uiに修正しなければならなかったと考えられる。まとめると,このパターンから編者たちは四声と開合が揃っていない場合それを1つの韻として認めなかった可能性が高いと推測される。

第2に、韻部の区別は編者たちが『東国正韻』の26韻部と中古音の16摂の対応関係を次のように想定し、その対応から外れている例を修正したことをいう。

oŋ·uŋ韻部:通攝 aŋ韻部:江·宕攝 ɨŋ·oiŋ·uiŋ·iəŋ韻部:曾·梗攝

ʌn·on·un韻部:臻攝 an·ən韻部:山攝

ʌm韻部:深攝  am·əm韻部:咸攝

ow韻部:效攝 uw韻部:流攝

ʌ·ui韻部:止攝 (蟹攝) oi·ai·iəi韻部:蟹攝 o·u·ə韻部:遇攝 a韻部:仮攝·果攝

第3に、開合の区別は伝承漢字音に開合がきちんと反映されていない場合それを修正したことを言うが、韻の開合を判断するよりどころが『七音略』などの前期中古音時期の文献であるか、あるいは『切韻指掌図』などの後期中古音時期以降の文献であるかについてはいまだ判断することができない。

第4に、洪細の区別は1等2等と3等4等をなるべく区別しようとしたことをいうが、調べた結果、開合の区別が伝承漢字音の傾向を全く考慮せずにどんな場合でも適用されたのに対し、洪細の区別が伝承漢字音をある程度参考にしたことが明らかになった。このことから韻書の編者たちが開合だけを必ず守られなければならない資質と認識していたことが証明されると考えられる。

本研究においては東国正韻漢字音と伝承漢字音の中声を直接に比較することにより、『東国正韻』の「序」で記述していない中声の修正基準を解明しようとした。その結果中声に限って何より伝承漢字音を多く参考にしたことを確認し、上述したように修正パターンを4つに要約することができたが、まだ説明できない例外が残っている。そのことは今後の課題にしたいと思う。

 

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