職業経歴からみる階層生成過程に関する実証研究——転職経験に着目して——

麦山 亮太

階層構造は社会の不平等を生む基層的なメカニズムである.社会階層研究において階層構造は人びとの地位間の移動である社会移動を通じて捉えられてきた.とりわけ社会移動に関する情報を含む職業経歴(キャリア)は階層生成過程を明らかにするうえに重要な題材である.ここで職業経歴の形成を水路づける要因が労働市場である.労働市場に存在する障壁は個人のキャリア形成を制約し水路づける.そうした障壁として重要なのが企業であり,企業を越える移動である転職を経験することがキャリアを通じた地位獲得に対していかなる影響をおよぼしているのかを明らかにすることを通して,労働市場が職業経歴の形成を水路づける様相を捉えることができる.

本研究は転職経験がキャリアをいかに変化させるのかを問うにあたって日本の労働市場に着目する.日本の労働市場の特徴は,長期雇用を前提とする強固な内部労働市場と,そこへの採用を新規学卒時点に集中させるという雇用慣行にある.既存研究は地位獲得過程を検討するにあたり,内部労働市場を中心に議論してきた.一方で,外部労働市場を通じた地位獲得のプロセスは等閑視されてきた.さらに時間的視野を広げれば,日本の労働市場をめぐる状況は大きく変化している.こうした背景のもとで,転職によって個人のキャリアはいかに変化するのか,また転職を通じてより良いキャリアへと転じる機会は増えているのか.これらは階層構造の生成過程を解明し,さらに労働市場の変化がその過程を変えるのかを明らかにするうえで重要な論点である.

そこで本研究は,転職を経験することがその後のキャリアにおける地位獲得に対していかなる帰結をもたらすのかを,日本の労働市場の長期的な変化を考慮に入れながら明らかにする.これを通じて,転職によって得られる機会の構造を明らかにし,ひいては労働市場が階層構造の生成に対していかに寄与しているのかを解明することが本研究の目的である.以上の問題意識が第1章「問題の所在」で述べられる.

第2章「分析枠組みと方法」では,より直接的に転職とキャリアとの関係を扱った先行研究を参照しながら,本研究の依拠する分析枠組みを提示する.従来の研究では転職を通じた地位獲得の機会については限定的にしか明らかにされておらず,またその射程も不十分な範囲に留まっていた.対して本研究は,時間の情報を捨象した分析や短期的な影響の分析にとどまらず,転職経験の影響を長期的な視点から捉える.さらに本研究での特徴である,キャリアを複数の指標を用いて捉えること,時代・コーホートといったマクロな社会変化,ミクロな部分では社会人口学的な属性や転職の内実を考慮に入れることとその意義を確認した.以上を踏まえ,本研究で用いる調査データである社会階層と社会移動調査(SSM調査)および東大社研・若年壮年パネル調査のもつ特徴について述べた.

具体的な分析は第3–7章で展開される.第3章「転職からみた職業キャリアとその趨勢」では1956–2005年の50年間に労働市場に新規参入した者を対象として,彼(女)らがどのような職業キャリアを歩んできたのか,さらにその途上でいつ,なぜ転職し,どの程度の者が転職を経験するのか,そして転職を経験した者はいかなる職業に就くのかを検討し,次章以降のさらなる分析の準備をした.被雇用者のキャリアをみた場合,男性の職業キャリアは年齢が高くなるほど管理職に就く者が増えるという職業のアップグレードを特徴とする一方で,女性の職業キャリアは年齢が高くなっても管理職に就く者が増えることはほとんどなく,むしろ半非熟練マニュアル職やサービス職の比率が増加するというダウングレードを特徴とする.転職の特徴をみてみると,男性では転職の発生は若い時期に集中する一方で,女性は家庭の理由による離職が多いことを反映し,転職入職のタイミングは20代から40代まで広くばらつき,より頻繁に転職が起こる.フローにおける男女差を反映して,女性では50歳までに約90%が転職を経験する.とはいえ男性も30代半ばまでには約50%が一度は転職を経験するに至る.さらに転職を経験した場合にどのような職業に就くのかを分析し,転職を経験した男性は半非熟練マニュアル職に,女性はサービス職や半非熟練マニュアル職に就きやすくなり,年齢が高くなるほどその傾向は顕著になるという結果を得た.以上の傾向はコーホート間でほとんど変化していなかった.

第4章「転職経験が企業内/企業外での管理職獲得に与える影響」では,男性を対象に,職業階層のなかでも高い地位にあり,かつキャリアの途上で参入するという特徴を有する管理職獲得に着目して,転職経験がキャリアに与える影響を明らかにした.管理職の地位へとアクセスするための経路は,企業の内部労働市場と,その外に広がる外部労働市場に開かれている.以上2つの異なる経路を区別した結果,転職経験は一様に管理職獲得に対して不利に働くわけではないことを示した.他の条件を一定としたうえで,転職を経験した者は企業外移動を通じて管理職を得る機会が非転職経験者(初職を継続する者)よりも大きい.しかし,管理職を得る機会のほとんどは30代半ばから50歳ころにかけての企業内の移動すなわち昇進に偏っている.ここでは転職を経験した者,とくに高い年齢で転職入職した者はその機会を享受できず,結果,転職を経験したことが管理職到達にあたえる不利は30代後半以降,高い年齢になるにつれて顕在化していく.以上の転職経験の効果はコーホートによって変わらず,転職を通じて高い地位を得る機会は一貫して限定的であった.

第5章「雇用形態の移動にみる転職経験の長期的帰結」では,近年非正規雇用が急速に増加するなかで,転職が正規雇用へと転ずる機会となっているのかを,短期的のみならず長期的なキャリアに焦点を当てて検討した.1985–2014年の労働市場を対象とした分析の結果,男性においては転職の前後で正規雇用から非正規雇用へ移動する者と非正規雇用から正規雇用へ移動する者の数は多少の時代による違いはあれどほぼ均衡していた.女性では転職によって非正規雇用へ移動する者が正規雇用へ移動する者を超過しており,転職は非正規雇用への流入の契機であった.本章での主要な発見は,転職を経て正規雇用になったとしてもその地位は安定的ではないということにある.転職を経験した場合には正規雇用から非正規雇用への移動率が相対的に高く,その地位は安定的でない.転職によって得られる正規雇用は同じ正規雇用のなかでもそこからの下降移動が起こりやすい不安定なものに偏っている.またここで年齢の影響は特に強く,男性は30歳ころを境に転職時の年齢が高くなるほど転職によって正規雇用に移動しにくくなるのみならず,転職を経て得た正規雇用から非正規雇用への移動も起こりやすくなり,正規雇用自体の持続性が低くなる.女性でも同様に転職時の年齢が高いほど,転職を経て得た正規雇用の持続性は低い.

第6章「転職経験と離職率の関連とそのメカニズムの検証」では,転職によってどのような地位に就くのかだけでなく,転職によって参入した企業に定着できるのか,それともさらに離転職を繰り返すのかという雇用の安定性の側面から転職経験がその後の職業経歴におよぼす影響を検討した.繰り返し離転職が起こることの原因としては,もともと離転職しやすい個人が存在するというメカニズムと,転職を経験したことで安定的な仕事を得られず,結果として離職率が上昇するというメカニズムの両方があった.とくに転職を経験したことがその後の離職率を上昇させる(女性については家庭の理由を除く離職率を上昇させる)という状態依存性は重要である.転職によって安定的な雇用を享受できる機会が労働市場の参入時点で決まっているというだけでなく,その安定性の格差がキャリアの過程で増幅されるということだからである.なおこの状態依存性は男性ではコーホート間で安定していたが,近年のコーホートの女性においてやや弱まる傾向がみられた.

第7章「賃金への長期的影響にみる転職の効果」では,転職がいかにキャリアを変化させ報酬へと反映しているのかを捉えるために,賃金への長期的な影響について分析した.2000年代末から2010年代後半にかけて転職を経験した若年壮年被雇用者は,転職直後に賃金が低下するのみならず,その後の賃金上昇も抑えられ,転職を経験することの不利は中長期的にみてより顕在化する.とはいえ賃金変化のパターンは転職に際してどのような地位の変化を経たのかによって異なり,職業を変えた場合には賃金水準が低下する.さらに非正規雇用へと移動した場合には,その後の賃金上昇が抑制され,正規雇用内を移動した場合と比べると両者の格差は中長期的に拡大していく.男女を比較すると,男性では正規雇用内かつ同一職業内を移動したとしても賃金水準の低下がみられ企業特殊の人的資本の影響力の強さが現れていたが,企業特殊の人的資本の蓄積が難しいとされる女性では,転職に際して賃金低下は相対的に小さい.

結論部にあたる第8章「職業経歴からみる階層生成過程」では分析で得られた結果をまとめたうえで,日本の労働市場における転職の意味,さらに社会階層研究に対する本研究の理論的貢献について議論した.複数の側面から転職を通じたキャリア形成の機会とその変化について実証分析を重ねた結果をまとめれば,日本の労働市場において転職を通じたキャリア形成の機会は全体としては限定的であり,その構造は大きく変化していない.内部労働市場に特化した地位配分の構造が,転職を通じてよりよいキャリアへと転ずることを難しくしており,その結果,頻繁に転職を余儀なくされる女性,高い年齢で転職を余儀なくされた者に対して不利にはたらく.階層研究への含意としては,転職が周辺的な労働市場の者に集中しているのみならず,その後の地位の下降や雇用の不安定化,賃金の低下をもたらすことによって,それ以前のキャリアにおける格差をさらに拡大する契機となっている.転職を通じたキャリア形成の機会が限定され続けているという結果は,労働市場の変化に対して階層生成過程を左右する構造は相対的に安定していることを示している.

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