福井県嶺北方言のアクセント研究

松倉 昂平

 

 

本論文は、福井県嶺北地方西部とその周辺(石川県加賀地方、福井県敦賀市)の92地点で筆者が行ったアクセント調査と先行研究に基づき、嶺北地方周辺のアクセント分布を示し、各地のアクセント体系の共時的記述を行うとともに、それらの系統的関係やアクセントに関わる諸現象の通時的由来を考察するものである。

1章から2章までが本論への導入にあたり、第Ⅰ部(3章~8章)で方言別の体系記述を行い、第Ⅱ部(9章~11章)には特定の現象について複数の方言のデータを縦断的に分析・対照する論考が並ぶ。

以下、章別にその要旨をまとめる。

【1章】「本稿の目的・記述対象地域の概説」では、福井県方言のアクセント研究史上の本論文の位置付けを確認し、調査対象地域の地勢や行政区分を概説する。

【2章】「記述対象方言の概説」では、調査地域周辺の方言区画を示し、調査対象方言のアクセント以外の基礎的な方言特徴を概観する。2.1節では諸方言の分節音の特徴・音節構造について述べる。[ffa]「鍬」など坂井市三国町安島方言(新田哲夫2011)では語頭に特徴的な重子音が現れることが知られるが、本地方では他地域にも[ssama]「諏訪間(すわま)(地名)」等、/s/や/k/の語頭の重子音が広く聴かれる。

【3章】「アクセント分布の概観」ではまず全92地点の調査結果をアクセント分布図にまとめ、主要な地点について2拍名詞の音調を示す。本地方には主に「三型アクセント」、「二型アクセント」、「無型アクセント」、「(式の対立のない)多型アクセント」の4種の体系が分布する。「多型アクセント」は共時論・系統論的に大きく次の3種に分けられる:語音構造がアクセント核の位置決定に複雑に関与する特徴を有するPn=n+1体系の「加賀・大谷タイプ」(6, 8章で詳述)、「加賀・大谷タイプ」と表面上の音調や類別体系は類似するが語音構造がアクセントに影響せず型の対立数が少ない「池田・芦見タイプ」(7章で詳述)、いわゆる垂井式アクセントであり語末核型を欠くPn=n体系の「大野・東浦タイプ」。

嶺北地方西部には、無型アクセント方言に加え、アクセントの対立が安定的に実現せず、その区別意識が曖昧ないわゆる「曖昧アクセント」の話者・方言が多く存在する。3.8節ではそのような方言における調査の実態を報告する。

【4章】「あわら市・坂井市・福井市の三型アクセント」では、あわら市浜坂、あわら市北潟、坂井市三国町安島、福井市鮎川町の4方言の三型アクセントを記述する。各方言で区別される3つの型をA型、B型、C型と呼ぶと、各型の所属語彙は方言間でよく一致する一方、各型の表面上の音調は方言ごとに大きく異なる。北潟方言は「A型=文節末に下降([ハコカラ]モ)/B型=文節末に上昇(ヤマカラ[モ)/C型=上昇も下降もなし([マドカラモ)」、安島方言は「A型=文節末2音節以内に下降なし(ハ[コカ]ラ[モ~ハ[コカ]ラモ)/B型=文節末に半下降(ヤ[マカラ!モ)/C型=文節末に大きな下降(マ[ドカラ]モ)」のような音調を持ち、北潟と安島では弁別的な特徴が文節末に固定される。鮎川方言の3つの型は「A型=語頭から数えて2, 3拍目が高い(ハ[コカ]ラモ)/B型=語頭から数えて1, 4拍目が高い([ヤ]マカ[ラ]モ)/C型=語頭から数えて2拍目が高い(マ[ド]カラモ)」のような音調で、弁別的な特徴が語頭から数えた位置に固定される。浜坂方言は「A型=語頭から数えて2拍目に下降(ハ[コ]カラモ)/B型=下降なし(ヤ[マカラモ)/C型=文節末から数えて2拍目に下降(マ[ドカラ]モ)」のような音調を持ち、ピッチの下降位置を語頭から数える型と文節末から数える型が共存する体系である。

同じ動詞語根を共有する一連の活用形アクセントが1つの型に一貫する「活用形アクセントの一貫性」はどの方言でも基本的に成り立たない。複合語アクセントは、どの方言でも前部要素の型が複合語に引き継がれる傾向が見られる。

【5章】「あわら市・坂井市の二型アクセント」では、あわら市清滝方言、坂井市丸岡町山竹田の2方言の二型アクセントを記述する。両方言で区別される2つの型をα型、β型と呼ぶと、それぞれ「α型=文節末に下降(ハ[コカラ]モ)/β型=下降なし(ヤ[マカラモ)」のような音調を持ち、文節末における下降の有無が区別される。歴史的には、三型諸方言のA型とC型がα型に、B型がβ型に対応する。

【6章】「石川県加賀市方言の多型アクセント」では、加賀市塩屋町と加賀市山中温泉中津原町の2地点の体系を記述する。「加賀・大谷タイプ」に属し、下げ核の有無と位置が対立するPn=n+1の体系であるが、アクセント核の置かれ得る位置は語音・語種・複合語構造から大部分予測可能である。例えば「語頭から数えて2拍目の母音が非狭母音(e, o, a)ならば1拍目にはアクセント核が置かれない」といった核の分布位置に語音が影響する制約が存在する。

【7章】「福井県今立郡池田町の「準多型」アクセント」では、池田町西角間方言のアクセント体系の共時的記述と音韻論的解釈を行う。6拍以下の単純語・複合語に関する限り、語頭から数えて1つ目のフット内部に下降が生じる「α型」と2つ目のフット内部に下降が生じる「β型」の2つの型及びこれらの型の組合せによって解釈可能な体系である。フット内部の構造は、常に左側の音節が高い音調を担う強弱格(σ́ σ)である。

前部要素が2拍以上の複合語は、複合語全体でα型となる場合(α型:[ナ]ガレボシ)と複合語全体で1つのアクセント単位にまとまらない場合がある。例えば、ニ[ワト]リゴ]ヤ「鶏小屋」はアクセント上2単位形(β型+α型:ニ[ワト]リ+[ゴ]ヤ)として分析できる。

【8章】「福井県南条郡南越前町河野地区のアクセント」では、河野地区(旧南条郡河野村)のアクセント分布を示すとともに、南越前町大谷方言の多型アクセントを記述する。大谷方言のアクセント体系は「加賀・大谷タイプ」の1種であり、加賀市方言(6章)と同じく、語音がアクセント核の分布に影響を与える。

大谷方言には[ア]ーブラ「油」のように1型語の語頭母音が長音化する現象が見られるが、その音韻論的動機を本論文では「2音節2モーラの強弱格フット(σ́ σ)の回避」として説明する。強弱格フットを有する池田町方言(7章)とは対照的に、大谷方言では弱強格フット構造((σ σ́ )あるいは(σ́ ))が選好される。

【9章】「N型諸方言における動詞活用形アクセントの比較・対照」では、三型アクセントを有する5方言(あわら市北潟、浜坂、坂井市三国町安島、福井市鮎川町、蒲生町)と二型アクセントを有する2方言(あわら市清滝、福井市浜別所)における2~4拍動詞の13種の活用形のアクセントを一覧し、それらの比較を通じて7つのN型方言間の系統的な距離を推測する。中でも北潟、浜坂の2方言は「過去否定形(-ナンダ)が全てB型に統一される」などの共通改新を有すること、清滝、浜別所の2方言は「進行・完了形(-テル)の型が過去形(-タ)の型と一致する」などの共通改新を有することから系統的に近い関係にあると推測される。鮎川、蒲生の2方言は改新特徴が比較的少なく動詞アクセントに関しては最も古態を残す。

【10章】「あわら市北潟方言の後部3拍複合名詞アクセント」では、三型アクセントを有するあわら市北潟方言の複合語アクセント規則を分析する。前部要素が2拍の場合に最も生産的な規則は、前部要素の型が複合語の型に引き継がれるいわゆる「式保存」であるが、この規則に沿わない例外も多い。その例外の多くは「前部要素B, C型→複合語A型」あるいは「前部要素C型→複合語B型」というパターンであるが、前者については後部要素の性質が関与する共時的な規則により解釈可能である。後者については中央語に14世紀頃生じたアクセント変化(いわゆる「体系変化」)の結果を反映する現象であり、現代の中央式諸方言に見られる式保存の例外(低起式前部要素→高起式複合語)と共通の通時的由来を有すると考えられる。

【11章】「地理的分布の解釈」では、2, 3拍名詞の類別体系の分布(11.1節)、個々の単語のアクセント型の分布(11.2節以降)などアクセントに関する言語地図を解釈する。

類別体系に関しては、より多くの類の区別を保つ保守的な体系が嶺北地方の外縁部に点在し、類の合流が進んだ革新的な体系が嶺北地方の中心部に分布する周圏分布が認められる。

嶺北地方北西部における個々の単語のアクセント型の地域差を見ると、沿岸部のN型諸方言が伝統的な型を維持する一方、内陸部のN型諸方言は革新的な型を有する(多くの語に所属型の移動が生じている)傾向が確認される。嶺北地方西部・石川県加賀地方における2拍5類名詞のアクセント分布を見ると、越前海岸付近から離れるほど徐々にA型語(有核語)の5類名詞の割合が増え、逆に越前海岸に近付くほどC型語(無核語)の割合が増えるという「移行性分布」が見られる。

最後に12章では各章の要旨と意義を総括する。本論文の記述的成果としては、長らく方言アクセント研究の空白地帯であった福井県嶺北地方において多地点調査を展開し、未報告種のアクセント体系が数多く存在することを明らかにした点が挙げられる。また第Ⅱ部以降では、各体系の個別的な記述にとどまらず、動詞活用形アクセント(9章)、複合語アクセント(10章)、地理的分布(11章)の3つの現象・観点に着目した体系間比較を通じて、諸体系の系統関係を解明する上で重要な手掛かりとなる知見を提示した。

 

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