反省と直接性のあいだ ――ベリンスキーの構想、プレシチェーエフの実践、グリゴーリエフの漂泊

高橋 知之

 

 本論文が研究の対象としているのは、1840年代のロシア文学である。40年代はロシア文学史・思想史において画期をなす時代とされてきた。ロマン主義からリアリズムへの転換、西欧派とスラヴ派の形成および両者の対立、ロシア革命へと続く大きな潮流の発端。これらが40年代をめぐる基本的な構図であり、先行研究はこうした構図のもとに個別の現象を配置し、分析してきた。従来の構図は事実判断として正しく、基本的な枠組みとして今なお有効でもあるが、一方で、研究対象に偏りを生じさせてきたことも事実である。近年では、所与の枠組みに拠らない新しい文化史の叙述もすでに試みられており、本論文もそうした志向を共有している。本論文では、「反省」と「直接性」という概念を切り口に、それらの射程圏に位置づけられる諸テクストを分析した。反省は、個人の自己意識の問題を表す概念として、ベリンスキーによってはじめて提起された。一方の直接性は、反省の対概念としてあり、原初的な調和を意味していた。これらの概念を導入することで、従来の構図を相対化することが可能となる。ロマン主義からリアリズムへの転換という図式は、直接性という同じ理想のもとでの価値秩序の再編として捉え直される。また、西欧派とスラヴ派の対立という構図も相対化される。両派の思想は、反省から直接性へといたる弁証法的構造を共有しているからである。反省と直接性のあいだをいかに結ぶか、という問題に対しては、相異なる複数の立場が存在しており、それを軸に据えることで、所与の枠組みを超えて40年代の諸相を多角的に照射することが可能となる。

主要な研究対象は、従来の構図においては二義的な役割しか与えられてこなかった二人の作家、アレクセイ・プレシチェーエフとアポロン・グリゴーリエフである。本論文の目的は大別して二つある。第一に、プレシチェーエフやグリゴーリエフのテクストを分析し、彼らの探求の軌跡を描き出すとともに、文学史上の意義を明らかにすること。第二に、第一の成果を踏まえ、40年代をめぐる従来の構図を更新し、補完するような見方を提示すること。

具体的な内容は以下の通りである。

 序章では、ベリンスキー、ゲルツェン、トゥルゲーネフの評論を分析し、40年代のロシアにおいて、反省と直接性がいかに問題化されたのかを検討した。ベリンスキーは、レールモントフ『現代の英雄』の主人公ペチョーリンのうちに時代の問題を見出し、「反省」という用語を与え、「現代の病」として一般化した。それは、「外発的」な近代化のなかで、西欧とロシア、西欧型モデルと自己とのあいだで引き裂かれた個人の自己意識の問題としてあった。ベリンスキーの反省概念は、ルソーに発する反省批判の思想とヘーゲル哲学の弁証法の影響を受けており、両義性を有している。反省は、自然な直接性を失わせる悪しきものであると同時に、「現実」へといたる歴史過程の必然的な段階でもある。ベリンスキーの問題提起を踏まえ、ゲルツェンは、反省を経て高次の段階へと展開する過程を、個人の人格がたどる弁証法的過程として構想した。ゲルツェンによれば、反省の分裂は「行為」によって止揚される。「現実」における「行為」によってこそ、普遍と個別、理論と実践は合一し、「より高い秩序の直接性」が人格において回復されるのである。ここに、反省を経て高次の直接性へといたる道程が、実地に遂行すべきプロジェクトとして提示されたのだった。

 しかし、理論的に考察された実践的プロジェクトが、いざ現実の次元で試されることになったとき、そこに種々の問題が生じることとなる。その実践にともなう困難を、人格の変容と再構築という観点から検討したのが第一部である。

 第一部の分析対象は、プレシチェーエフを中心とするペトラシェフスキー・サークルの作家たちである。彼らはベリンスキーたちの示した道程を実地に進もうとした。そのためには、人格をめぐる従来のモード、すなわち芸術と実人生を統合するロマン主義的人格を脱し、「現実」における行為者としての人格を構築していく必要があった。プレシチェーエフは、「預言者」という形象のもとに統一的な詩的主体を創造した。それは一見、ロマン主義の方法に則して造型された自己像のようにみえる。しかし彼は、「現実」の探求という趨勢に即して詩的主体を変容させていった。第一に、「預言者」の仮面に「ユートピア社会主義者」という同時代的な相貌を付与した。第二に、選ばれた主人公としての「わたし」ではなく、「われら」のための人格を構築した。すなわち、サークル内部の「親密な連帯」を前提に、「小さな預言者」と呼ぶべき共同の人格を構築したのである。

 プレシチェーエフは、「小さな預言者」という仮面のもとに「われら」の声としての詩を創作し、サークル内部の革命的陶酔に己を埋没させることで、ある種の直接性を回復した。しかし、こうしたありようは、同じサークルのメンバーである作家サルトゥイコフ=シチェドリンによって辛辣に揶揄されることとなった。その批判に応えるように、プレシチェーエフはプロパガンダ活動へと乗り出し、「小さな預言者」を自演してみせた。とはいえ、「現実」という観点からの相対化は無限になし得るものであり、そのアイロニーに耐えようとしたゲルツェンやサルトゥイコフに比せば、プレシチェーエフの試みは退行的という批判を免れ得ない。それでも、彼が身を以て表現した主人公は、60年代にチェルヌイシェフスキーがタイプ化する「新しい人間」を予告するものとして評価されるだろう。

 ベリンスキーからペトラシェフスキー・サークルへと続く系譜は、40年代の主流をなすものだが、それとは異なる思想的相を開示する存在として、本論文はグリゴーリエフに着目した。グリゴーリエフは自らの生を「漂泊」と定義している。本論文の第二部では、ヴィターリン三部作と総称される連作短篇小説、中篇小説『多数のなかの一人』『多数のなかのもう一人』などのテクストを分析し、「漂泊」の意味とその軌跡を明らかにした。

グリゴーリエフにおいても、反省の問題は根本に位置している。ただし、ベリンスキーとは異なり、グリゴーリエフはヘーゲル哲学の弁証法を前提にはしていない。彼の描いた人間は、普遍に対する特殊ではなく、むしろ普遍から切り離された単独の存在としてある。グリゴーリエフは、普遍との合一ではなく、自己の本来的な基盤としての「故郷」を夢見た。とはいえ、弁証法的過程から遊離している以上、個人をとらえる反省は無限に循環しつづける。直接性への飛躍を願いながら、反省のただなかで反省によって反省に抗することこそ、「漂泊」が意味する精神運動のありようであった。

グリゴーリエフにとって、反省は出口のない「深淵」としてあった。反省は己のみに関わるという点でエゴイスティックな営為であるが、一方で、その自己相対化作用の果てに、個人は当のエゴを空洞化させていく。グリゴーリエフは反省の末期的症状として「無性格」の問題を抽出し、己の主人公たちを通じてその諸相を描いた。グリゴーリエフは反省的自己意識の独話的空虚を打破するために、「対等な他者」の存在、すなわち、自己意識の閉じられた循環を突き破り、否応なしに働きかけてくるような他者の力を希求した。やがてグリゴーリエフは、「漂泊」の途上で、「対等な他者」との決定的な邂逅を体験する。それは、ゴーゴリの著作『友人たちとの往復書簡選』との出会いであり、その読書体験を通じて、グリゴーリエフは批評家へと転身していくのである。このとき、「批評」という方法、すなわち、芸術との対話的関係を介して根源にある「直接性」の地盤へ接近するという方法が見出されたのであり、それは、「有機的批評」として後に開花する執筆活動の萌芽となるものであった。

結論として、本論文は40年代の文学史・思想史をめぐる新たな見方を提示し、従来の構図においては隠されていた諸契機を明らかにした。

第一に、ペチョーリンにはじまる主人公の系譜を新たに整理し、また抽出した。ベリンスキーはペチョーリンのうちに反省の諸問題を見出しつつ、同時に反省を超える契機をも見出していた。ペチョーリンは「現実」の探求という道程の端緒に位置づけられるのである。ベリンスキーの解釈に基づき、以降の作家たちはペチョーリンの後に続くべき「肯定的主人公」を模索した。プレシチェーエフの構築した「小さな預言者」はその先駆的な結実であった。また、ゲルツェンやサルトゥイコフが描いた、いわゆる「余計者」の形象は、「現実」に達し得ないという苦悩の表現であり、根幹には同じ希求があった。一方、グリゴーリエフはペチョーリンのうちに無限に循環する自己意識を見出した。反省を超える契機を自己のうちにもたない個人は、やがて「無性格」の深淵に落ち込んでいく。この問題はドストエフスキーの共有するところであり、『白夜』の夢想家や、さらには『地下室の手記』以降の主人公たちに表現されている。

第二に、ポスト・ヘーゲル時代という観点から見て、ロシアにおける思想的状況は改めて次のように整理し得る。西欧派とスラヴ派は、奉ずる真理の内容こそ異なれ、ヘーゲル哲学の弁証法を共有している。一方、両派の対立の周縁にあって、普遍的過程から切り離されたところで「漂泊」することを選んだのが、グリゴーリエフである。この点でグリゴーリエフは、カール・レーヴィットのいう「単独化された立場」をキルケゴールやシュティルナーといった同時代人たちと共有している。彼は、40年代をめぐる従来の研究では盲点となっていた思想的相を開示しているのである。

 

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