本研究は、表現意図の点でも文型の点でも多様に広がる現代日本語の疑問文の実像を描きとり、日本語の実態に即した疑問文の規定を行うことを目的とするものである。文の内容的側面と言語行為的側面を明確に区別する立場から、特に質問表現に用いられる疑問文を対象に、両側面がどのように関係して疑問文を成立させているかを分析する。各章の内容は以下の通りである。

 序章では、本研究の背景および立場を述べる。欧米言語のように平叙文と疑問文に統語構造の違いが見られない日本語において、様々な表現意図を持ち得る疑問文をひとつの文種として規定するのは難しい。そこで本研究では、内容的側面で話し手の「分からない」という感覚を表すことと、言語行為的側面で言われた相手が何らかの言語的反応を返さなければならない気になることが疑問文全体の共通点であることを踏まえ、両者の緊密な関係のあり方に疑問文という文の種類の存在意義を見出すことを目指す。

 第1章では、本研究の記述・分析を行う前に、これまで日本語学の分野で疑問文・疑問表現の研究がどのようになされ、何が明らかにされてきたかを確認する。疑問文とは何かという原理的な問題に対して表現論、陳述論・モダリティ論、文法論など様々な立場の論者たちが行ってきた説明を検討し、今後の課題として、(1)「問い」概念の精密化、(2)非質問表現の扱いの明確化、(3)文の4分類への意識の回復の3点を挙げる。これに加えて、構成要素の研究、文型の研究についても概観する。

 第2章および第3章では、本研究の前提となる基礎的整理として、まずは言語行為的側面にのみ光を当てて日本語疑問文の全体像を把握する。このうち第2章では、疑問文が言語行為的側面で相手から何らかの言語的反応を引き出すという共通点を持つことを踏まえ、どのような言語的反応をどのようなやり方で引き出すかという観点から現代日本語の疑問文を8種に分類する。結果的に言語的反応が得られることと言語的反応を要求することとは別物であるという立場から、言語的反応の引き出し方に要求・誘発・期待の別を見出すとともに、いわゆる質問によって得られる言語的反応に不明項特定・判定・応諾反応の3種があることを明らかにする。Yes/No疑問文に対する答えに判定と応諾反応の2種があり、前者はWh疑問文に対する答えである不明項特定とともに解答として一括できるという主張は、前章で挙げた「問い」の精密化という課題に対する本研究の答えでもある。また、この章では疑問文の文型整理も行い、8種の疑問文を担う文型を網羅的に挙げることによって疑問文の文型と「問い」としてのあり方との間に緩やかなつながりが見られることを明らかにする。

 続く第3章では、終助詞付加の可否および終助詞付加による表現機能の変化のあり方という観点から、疑問文の言語行為的側面と文型の関係をさらに詳しく分析する。先行研究が解答要求疑問文に範囲を限定して分析してきた終助詞「ネ」「ナ」の付加による表現機能の変化について、本研究では全文型の疑問文を対象に「ネ」「ナ」の付加可能性および「ネ」「ナ」が付加した際の表現機能の変化のあり方を調査し、文型によって「ネ」「ナ」付加の可否が異なること、そして「シヨウ」や「ダロウ」が参加する文型に「ネ」「ナ」が付加した場合の表現機能変化のあり方はその他の文型に「ネ」「ナ」が付加した際のそれと異なることを明らかにする。これにより、結果的に、前章で同じタイプの「問い」を担うとした疑問文型の中でも、「シヨウ」「ダロウ」が参加する文型とそれ以外の文型とではそのタイプの「問い」を担うことになる論理が異なる可能性があることを示唆することになる。

 第4章から第6章では、もっとも典型的な疑問文である解答要求疑問文(不明項特定要求疑問文および判定要求疑問文)の内容的側面と言語行為的側面について、「ノ」の有無による意味の違いを手がかりにして論じる。まず、第4章では「ノ」が参加する判定要求疑問文の表現の色合いを5種に整理し、その背後にあるノ有り判定要求疑問文の構造が〔主語=事実〕と〔述語=話し手の了解内容/想像内容〕の一致の承認留保であることを述べる。ノ有り疑問文ではこの内容的側面が形によって保証されているため、言語行為的側面にも直接的な影響を与え、事実を把握する相手と了解内容/想像内容を言語化する話し手とが対峙するような問い方をすることになる。

 続く第5章では、「ノ」が参加しない判定要求疑問文が好んで用いられる質問場面を類型化し、共感表明・行為発案・知識活性化の場面で行われる代弁的質問では常にノ無し疑問文が好まれること、また対話を始める場面や話題を転換する場面で行われる対話先導型質問ではノ無し疑問文が好まれる場合が多いことを明らかにする。そうなる事情として、ノ無し疑問文は無標であるために判定要求疑問文が本来的に有する代弁性の維持・顕示が可能であることについても論じる。前章およびこの章で論じた内容から、判定要求疑問文が内容的側面では話し手の言語化した事態と事実との一致の承認留保という一貫した性格を持つ一方で、言語行為的側面では、相手の把握する事実を目指して問いかける「対峙型」のノ有り疑問文と、相手に同化してその発言を促すようはたらきかける「代弁型」のノ無し疑問文との違いが鮮明になると見ることができる。このように、言語行為的側面ではノ有り疑問文とノ無し疑問文とがそれぞれ独自の性格を有すると考えることによって初めて、両者の使い分けに(α)ノ有り疑問文が安定する、(β)ノ無し疑問文が自然である、(γ)どちらも使える、の3ケースが存在する事実を説明することが可能になる。

 第6章では、本質的にノ有り疑問文とノ無し疑問文の違いがない不明項特定要求疑問文において例外的に両者の使い分けが発生する質問場面を洗い出す。これらの質問場面を精査すれば、不明項特定要求疑問文においても相手の把握する事実への意識が高い場面ではノ有り疑問文が求められ、相手の発言を先回りして言語化することが習慣化した場面ではノ無し疑問文が好んで用いられることが分かる。したがって、判定要求疑問文だけでなく不明項特定要求疑問文も含めた解答要求疑問文全体について、その内容的側面での一貫性に反して言語行為的側面では対峙型の問いと代弁型の問いを場面に応じて使い分けているとまとめることができるのである。

 第7章から第9章では、意志をめぐるYes/No疑問文が相手の応諾反応を引き出すという解答要求疑問文とは異なるタイプの質問表現(応諾反応要求疑問文)について、内容的側面と言語行為的側面の関係を考察する。まず第7章では、現代日本語の意志形述語疑問文2種―シヨウカ疑問文とスル(カ)疑問文―に着目し、終助詞「カ」の必須性の違いを手がかりに、応諾反応要求表現の中でも両者の実現する表現領域が異なることを説明する。すなわち、「カ」によって話し手の不確定感覚を明示しなければ質問文たり得ないシヨウカ疑問文は独言型質問文の典型であるのに対し、「カ」で話し手の不確定感覚を明示すればむしろ質問文としては不自然になることの多いスル(カ)疑問文は対話型質問文の典型であると考えれば、前者が1人称主語・1人称複数主語領域に表現を偏らせるのに対し、後者が主語の人称に関係なく応諾反応要求表現を実現することが説明できる。

 第8章および第9章では、意志をめぐるYes/No疑問文による応諾反応要求表現が現代日本語に特有のものであることを史的調査や外国語との比較調査から確認する。まず第8章では、中古・中世末期・近世前期(上方語)・近世後期(上方語・江戸語)の話し言葉資料を対象に、各時代の意志形述語疑問文がどのような言語行為を実現するか調査する。その結果、中古の意志形述語疑問文には見られなかった1人称主語・1人称複数主語領域の応諾反応要求表現のうち、申し出や相談など1人称主語領域の表現は中世末期に成立した「―ウカ」文型によって実現されるようになるものの、誘いや提案など1人称複数主語領域の表現が安定的に見られるようになるのは近世後期江戸語に至ってであることが分かる。

 第9章では、日本語小説における応諾反応要求疑問文と英訳作品における対応表現とを比較し、英訳作品の対応表現は平叙文あるいは2人称主語の疑問文であることが多く、話し手の意志をめぐる疑問文を質問に用いて相手の意向を引き出すタイプの言語行為は日本語に特徴的なものであることを明らかにする。これは、高度に対話的な場面でも独言的な言い方を好むという日本語の表現指向にも一致する。

 以上の議論を踏まえ、終章では日本語の実態に即した疑問文の規定を行う。現代日本語の疑問文は「述べない」ことによって話し手の「分からない」感覚を表すという内容的側面に支えられ、相手から何らかの言語的反応を引き出す力を持つ文である。その内実は様々であり、本研究で詳細に検討した解答要求疑問文と応諾反応要求疑問文に限ってみても内容的側面と言語行為的側面の交渉のあり方は異なる。しかしながら、「ノ」「カ」の有無や述語形式など統語構造の違いが、文の内容的側面でのあり方を媒介にして、対峙型か代弁型か、あるいは独言型か対話型かといったコミュニケーションのあり方を左右する点に、疑問文という文の種類の他の文種との異質性を見ることができる。このように、話し手の感情や思惑など、人が他者や物事に接して生きていく上で避けられない生々しさと文の文法的なあり方の関係を論じた本研究は、新たなタイプの「話し手」像に基づく研究の一例として日本語文法研究に貢献するものと考える。