オレーシャ『羨望』草稿研究――人物像の生成を中心に

古宮 路子

本論文は、ロシアの作家ユーリー・オレーシャ(1899-1960)が作家として文壇にデビューするきっかけとなった代表的小説『羨望』(1927)の草稿を研究し、主要登場人物の人物像の生成プロセスを明らかにするとともに、執筆過程でストーリーがどのように移り変わっていったのかを探るものである。

 『羨望』の草稿研究は、オレーシャの死後、比較的早い時期である、1960年代後半から始まった。当初は、未亡人のオリガ・スオク=オレーシャが管理する私設アーカイヴが研究の中心となっていたが、その死後、資料の大半はロシア国立文学芸術文書館(РГАЛИ)に遺贈され、中心はこの文書館に移行した。現在、そこには1000葉を超える『羨望』の草稿が保存されている。

 従来の『羨望』草稿研究で問題となってきたのは、執筆の時系列の特定が極めて困難ということであった。作品は1922年から1924年までの間に着手され1927年6月に完成したが、オレーシャは草稿にほぼ全く日付を付さなかった。また、全体的な構想を持たないまま、その時々で思いつくエピソードに取り組むという方法がとられたため、草稿は断片的なエピソードの集積となり、ストーリーや登場人物の設定も絶えず変化していった。そうした事情で、草稿は書かれた時系列に保存されることが難しくなった。

 従来の研究で執筆の時系列が明らかになっているのは、最初期と後期以降のみである。中間の長い時期については、プロセスがほとんど不明であった。本論文は、この中間の時期も含め、『羨望』の執筆の推移を一貫して明らかにしている点に特色がある。

 執筆の時系列を特定するために本論文が用いた方法は、人物像の変遷への着目である。『羨望』が書かれた1920年代のソ連では、文学作品の受容において、登場人物像が極めて重視され、批評家達の作品をめぐる議論は登場人物評が中心となっていた。そうした風潮の中、オレーシャもまた、『羨望』を書くにあたり、登場人物像造形を重視したため、試行錯誤の中で、性格や特徴は絶えず変化していった。本論文は、そうした人物像の変遷を手掛かりに、草稿執筆の時系列を特定している。

 本論文は8章から成る。第1章は語り手と主人公、第2章、第3章はカヴァレーロフ、第4章はアンドレイ・バービチェフ、第5章はイヴァン・バービチェフ、第6章はヴァーリャ、第7章はヴォロージャ・マカーロフ、第8章はアーニチカ・プロコポーヴィチについて、それぞれ、人物像の生成プロセスを追い、生成の背後にある基本的傾向を明らかにしている。

 第1章では、語り手像と主人公像の関係について検証する。公刊されたテクストでは、第1部の語りの形式がカヴァレーロフの1人称なのに対し、第2部では3人称に変えられている。この変更の背景には、語り手が、とかく一登場人物として主人公に匹敵するほどの存在感も持つようになりがちな、草稿の時点からのオレーシャの傾向がある。最初期の『羨望』の主人公はイヴァン・バービチェフだったが、1人称の語り手として導入されたカヴァレーロフは存在感を増し、ついにイヴァンに代わって主人公の座に収まってしまった。公刊されたテクスト第2部での、語りの形式の変更は、イヴァンを再び主人公級に活躍させるために行われたものである。

 第2章では、カヴァレーロフ像に光を当てる。従来、『羨望』をめぐる多くの批評や研究は、カヴァレーロフを自伝的主人公であると考えてきた。実際、この人物は作者の具現として作られたのだろうか。この問題を考えるために検証するのは、第1章で触れた、オレーシャがこの人物を、イヴァン・バービチェフに代わる新しい主人公にするまでのプロセスである。その過程で行われたのは、自伝的主人公の生成には結びつかない、人物像の「格下げ」だった。オレーシャはカヴァレーロフ像に、自身に由来する文学の才能を賦与する一方で、「反社会性」や性にまつわる「弱さ」といった、様々な否定的特徴を加えていった。こうして作られたカヴァレーロフは、オレーシャ自身とは区別される「二流の詩人」になった。

 第3章では、別の側面からカヴァレーロフ像について考察する。ここで取り上げるのは、オレーシャの同時代の批評が注目した、この主人公の個人主義的性格が、『羨望』執筆の実態の中では、どの程度の重要性を帯びていたのかという問題である。本論文は、個人主義的性格をよく表しているとされてきたエピソードの生成を追跡する方法をとった。そこで明らかになったのは、オレーシャがそのエピソードで描こうとしていたのは、むしろ、作家になって名声を得ることを夢に見ながらも叶わない、カヴァレーロフの「二流の詩人」という性格の方であることだった。他方、個人主義という要素は、執筆終盤に構成上の理由で付け加えられたものであった。つまり、オレーシャの創作上の意図と、同時代の批評の反応の間に、食い違いがあったのである。

 第4章では、アンドレイ・バービチェフ像の生成プロセスを見ていく。ここで注目するのは、アンドレイが、コミュニストという設定にもかかわらず、1920年代から30年代初頭にソ連の文学環境に普及していた典型的コミュニスト像から、多くの点で逸脱している点である。本論文は、その逸脱の理由を探る。生成プロセスの検証から明らかになるのは、オレーシャがアンドレイ像を作るうえで重視していたのが、彼を「社会」に適応した成功者にすることだったことである。彼がコミュニストであることはそのための方便に過ぎない、二義的な問題だった。

 第5章では、イヴァン・バービチェフ像について検証する。最初期の主人公として、主要登場人物の中で最も早い時期から『羨望』に登場していたイヴァンは、作品の方向性の決定に寄与している。『羨望』はウエルズの『透明人間』をソースにした物語であり、イヴァンは、透明人間のように、奇想天外な発明で社会を騒がせる「反社会」の発明家として導入された。執筆の過程で、当初は実現するものだった彼の発明は、空想の産物へと変えられた。そのことによって、作品における「反社会的」要素は、その表現型を変えることとなった。

 第6章は、ヴァーリャ像の生成プロセスを見ていく。ヴァーリャの前身であるリョーリャは、当初は、イヴァン・バービチェフやカヴァレーロフの陣営に結びつく、「反社会性」や性にまつわる「弱さ」を持ったヒロインだった。しかし、オレーシャはやがて、彼女を、アンドレイ・バービチェフやヴォロージャ・マカーロフによって、社会に適応した人間へと「啓蒙」される人物として描くようになった。このプロセスを踏まえ、第6章の結論では、登場が断片的なためどのような人物かわかりにくい、公刊されたテクストのヴァーリャ像の実態について考察している。公刊されたテクストのヴァーリャもまた、「反社会」の側から「社会」の側へと移行する途上の人物なのである。

 第7章は、ヴォロージャ・マカーロフ像を扱う。ヴォロージャ像は、『羨望』をめぐる研究の中では、特に「人間機械」になることへの憧れという点において、否定的に論じられることが多い。だが、実は、オレーシャは、社会によく適応した「肯定的登場人物」を作るつもりで、彼の人物造形を行った。「肯定的」な特徴づけばかりを総動員し、それらをつなぎあわせたのである。そうした特徴づけの中には、サッカー選手のイメージのように、オレーシャの個人的記憶に基づくものもあるが、コムソモール員のイメージや、「人間機械」に憧れる労働者のイメージのような、当時一般に「肯定的」と捉えられていただけで、オレーシャの美意識には必ずしも沿わないものもある。オレーシャが、ヴォロージャの「肯定性」を表現するために、後者のような「他者」のイメージをも取り込んだことには、この作家の自己の価値観に対する否定的態度が窺える。

 第8章は、アーニチカ・プロコポーヴィチ像について論じる。作品研究でも、同時代の批評でも、あまり注目されてこなかったこの人物は、主人公カヴァレーロフ像を理解するうえで重要な鍵となっている。アーニチカは、カヴァレーロフ像を「格下げ」するために導入された。当初は悲惨な住環境の証左としての役割を担っていたが、カヴァレーロフと性的関係を持つエピソードが導入されると、性にまつわる「弱さ」という点で、カヴァレーロフ像の「否定性」の強化に貢献することになった。また、革命後に落ちぶれた人物であるアーニチカには、「反社会性」も備わっている。この登場人物との関わりの中で、カヴァレーロフ像は「二流の詩人」としての性格を決定的なものとした。

 以上のような人物像生成の分析から、結論としていえるのは、オレーシャにとっての『羨望』とは、「社会」と「反社会」の対立を通じて描かれる、新しいソ連社会への適応をめぐる物語だったことである。人物像生成の背後にあったのは、「反社会」の側の人物であるカヴァレーロフやアーニチカ・プロコポーヴィチを「格下げ」し、イヴァン・バービチェフを破滅と結びつける一方、「社会」の側の人物であるアンドレイ・バービチェフ、ヴォロージャ・マカーロフの成功を強調しようとする意図であった。また、ヴァーリャ像には「反社会」から「社会」へ移行しようとする志向が隠れている。プロレタリアートが主人公のソ連において、同伴者作家の知識人という「反社会的」と見なされがちな立場にあったオレーシャは、「社会」へ適応する道を模索していた。オレーシャが『羨望』を、自身とは違う「二流の詩人」カヴァレーロフの物語にした背景には、「反社会」の側から「社会」の側へ移行することこそが、知識人出身の作家としての望ましい在り方だとする、オレーシャの生き方の選択をめぐる問題があるのである。

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