本論は、古代和歌における修辞、序詞を対象に考察し、当時の人々に修辞技法がどのように意識されていたのかを明かにするものである。序詞研究は、本論は平安期の和歌を対象に考察しその特徴を見ることによって、万葉集の表現との違いを浮き彫りにし、更に古代の人々が修辞をどのように捉えていたのか、どのような表現を目指していたのかといった、修辞意識の問題に迫ることを目的としている。

第一篇「序詞の変容」には二つの節を設けた。第一章「古今和歌集の序詞」では、従来あまり注目されてこなかった古今和歌集の序詞の特徴を、万葉集と比較しながら明らかにした。万葉集序詞は、序詞が描写する景の中の核となる部分(=物象自体)と、序詞部分と本旨がことばを音のレベルで共有する部分(=連結語)という狭い範囲における論理性によって、物と心が結び付けられていることが分かる。対し古今集の序詞は、一首全体に亘って論理的文脈を構成し、物と心を結束させる。この方法は、序詞を殆ど用いることのなかった六歌仙時代の詠作における、完全な二重文脈の歌を元に成し得たものであった。この二重文脈の歌は、縁語・掛詞を一首全体に鏤めており、景物と本旨の文脈がそれぞれ一首通して成り立っている。これを旧来の序詞の様式の中に持ち込むことで、古今集の序詞は万葉集のそれとは異なる特徴を持つことになった。これは古今集撰者が、論理を越えて強い結束を実現しているように見えた万葉集序歌の再現を目指したものである。

第二章「心物対応構造の変質と序詞」は、第一章で明らかにした古今和歌集時代の序詞の萌芽を万葉集に求め、万葉集序歌を時代ごとに考察したのであるが、万葉集の中にそのような様相を見て取ることは出来なかった。しかし、家持が越中国に赴任してから突然多くの序詞を用い始めること、また、都から離れた越中国という特別な地において、何ら新たな表現を生み出すことなく平凡な使い古しの詞を用いた序歌を詠んだことなど、不自然な点が見つかった。これは、みやびの世界の価値観からは、鄙の景の固有性を表現に掬い取ることが困難であったからで、家持の苦心が見て取れる。そのような状況の中で家持がごく平凡な表現の序詞を作り続けたことは、本来序詞に詠み込まれる景が当たり前のように抱えてきた、物象の力に不信感を持ったためである。『万葉集』の序詞は、限られた例を除き、序詞内部に描かれる物象が抱える力に対して無批判に信用しているが、家持が鄙の景に立ち向かった時の序歌から、その力が不安定になっている。古今集序歌の、物象と心情との結びつきを論理的な文脈で説明して見せるという特徴から明らかな通り、古今集では物象が抱え込む力に懐疑的である。家持の越中国における作品は、そこへ繋がる兆しを見せている。

 第二篇「序詞の表現に見る修辞意識」では、序詞と本旨の転換方法の中で、最も口誦的性格を留める、同音反復式序詞について考察する。万葉集、古今集に見られる同音反復式序詞の表現を分析し、それらの現れ様から、当時の人々が修辞に対しどの程度意識的であったのか考える。第一章「同音反復式序詞の考察 前編―古今集当代歌の同音反復式序詞について―」においては、同音で反復する序詞に注目して、それらが平安和歌にどのように受け継がれていくのか分析した。古今集においてその技法を用いたものを分析してみると、読み人知らず歌と撰者周辺歌人の歌の間には明確な使用法の違いが現れた。一般的景物を反復する場合、読み人知らず歌においては万葉集とほぼ同様のあり方が見られるが、撰者周辺歌は、序詞と本旨を様々な方法で強固に結び付け、歌の外側の情報が無くとも理解が可能な歌を採歌する。それに対し、地名を反復させるものは殆ど当代歌人の詠になる。地名反復に撰者達が当代性を見出したことが分かる。修辞技法による「古」「今」の棲み分けは、当時の人々が修辞に対し意識的な判断基準を有したことを表す。第二章「同音反復式序詞の考察 後編―地名反復の序詞について―」では、古今集当代歌において目立って見られた地名反復の序詞がどのような表現を目指す技法であるのか、同じく地名と序詞が密接な関係を持つ、地名に連鎖する序詞との比較を通して考察した。地名連鎖は歌の本旨に地名が含まれるので、地名をめぐる事柄が歌の主題となるが、地名反復は、本旨に地名が含まれず、歌の主題は心情が中心となる。ただし、地名反復の場合は、詠み込まれた地名自体も本旨の心情と対等なレベルで主題となっている点が特徴的である。地名反復は、本来その地に赴きその地での感慨を主想として詠う技法であった。古今集の地名反復の技法は、当代的表現方法によって序詞と本旨を強固に結び付け、地名を実体としての地名から〈人事的地名〉へと変質させる。それによって、作者がその地を訪れずとも、主想の側にせり出す地名の力が再生されている。万葉集の表現の継承と、新たな表現方法の適用によって、地名反復の序詞には多様な表現が展開した。

第三篇「修辞技法としての掛詞の誕生と展開」では、掛詞の考察を行う。万葉集から古今集への序詞の変化は、修辞としての掛詞が定着したことと深く関連していた。万葉集の段階では未だ掛詞が定着する段階にはないとされるが、それらがどのように定着し、発展していくのかを追うことで、古今集撰者の修辞意識に迫る。第一章「万葉集の掛詞について」では、万葉集における掛詞を分析し、それらがどのように展開するのか考察した。万葉集における掛詞は、枕詞や序詞の一部分として現れる連鎖型のものが殆どで、単独で成り立つ含蓄型の掛詞の例はごく僅かである。また、宴会の際の戯れの歌において掛詞に近い技法を見出すことが出来るが、分析してみると、平安期に隆盛する掛詞とは系統を異にするものであった。稿者は万葉集の中で、一首全体を景の描写で一貫させながら、暗に人事的内容を含ませる「譬喩歌」に注目し、掛詞の定着していく土台がそこにあると考えた。「譬喩歌」における、景描写で一貫した文脈は、縁語を発展させるきっかけともなっており、「譬喩歌」内部で構成される縁語群の展開と連動して掛詞が修辞として定着していく流れを持つと指摘した。一語が二つの意味を担う掛詞は、その異義語の組み合わせの唐突さを緩和させなければ、滑稽な駄洒落に近い修辞に傾く。「譬喩歌」によって構成された縁語群は、それらの衝突を緩やかにする機能を持つのであり、万葉集中ごく僅かに見られる掛詞も、縁語を伴っているものであった。第二章「掛詞の表現構造」において、第一章で述べた「譬喩歌」における縁語群が、いかに掛詞の修辞としての定着に関係しているか、掛詞式序詞とも絡めて考察した。万葉集の序詞形式の歌の中に、同音異義の掛詞を連結語に持つものが僅かに見られる。これらが後に掛詞の修辞として定着していくことは想像に難くないが、万葉集中には、このような掛詞式序詞は、地名に掛かるものを除外すると、ごく僅かにしか詠われていない。掛詞が修辞として定着していない時代には、掛詞式序詞もまた受け入れられにくい状況であった。それらが定着していく流れには、歌いたい内容を隠して表現する暗喩の歌、つまり「譬喩歌」の発達が関連してくる。「譬喩歌」の表現構造、用語は、同音異義語を用いた序詞形式の歌と類似している。それらの表現構造を分析した結果、掛詞式序詞から平安期の掛詞へと展開する流れの中において、「譬喩歌」が大きな影響を与えていることが明らかになった。第三章「物名歌と誹諧歌」では、古今集巻十の歌々に用いられている掛詞技法の一つ、物名歌の考察を行った。物名歌は、古今集の構成や表現からして、巻十九の誹諧歌と対を成すように存在している。実際それらは晴に対する褻、漢詩の影響を受けた当代的歌に対する、万葉集の宴歌に見る古代的歌、といった、対照的性質を見ることが出来る。しかし、物名という技法が用いられる歌を、古今集以外の私家集や散文から探し分析したところ、それらは古今集誹諧歌が持つ性質を有するものばかりで、物名歌と誹諧歌は源を同じくするものであることが分かる。古今集撰者が本来同根の歌々を、古今集への採録にあたり対照的性質を捉えて選り分けたと考えられる。

資料篇「序詞一覧」では、万葉集、古今和歌集、後撰和歌集、拾遺和歌集の序詞を挙げた。序詞の認定方法は、一首の中で文脈の転換が行われていることを条件とし、序詞自体の音節数は問わない。枕詞との違いについてはまだ議論が必要であるが、本来の枕詞が文脈の切り替えを目指した修辞ではないことを踏まえ、切り替えの有無によって判断する。序詞部分と本旨の転換の方法によって分類を行った。本論における分類方法とは異なるが、「比喩式・掛詞式・同(類)音反復式・同(類)音反復及び比喩式・連結語無し」の五種である。また、一首の中に二度文脈の転換が行われていれば、「二重の序」として扱い、連結方法を両方とも記載してある。本論は万葉集から平安和歌の修辞史における序詞の位置づけや変化を追うことを目的としているため、短歌主流の平安期序詞との比較が難しい万葉集長歌の序詞は一覧から外してある。