北朝鮮における経済改革・開放政策と市場化

文 聖姫

本論文では、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)における経済改革・開放政策と市場化の実態を明らかにするとともに、社会主義計画経済体制の再編との関係において、市場化への移行段階をどのように評価できるのかについて検討した。ここで「市場化」とは、①貨幣による財の交換が行われる「場所」としての市場(market-place)の発生・拡大、ならびに、②需要と供給によって価格が形成される市場システム(メカニズム)の導入・拡散のふたつの意味で用いた。本論では主な研究対象を、経済改革政策が本格的に進められるようになり、北朝鮮指導部や海外の北朝鮮研究者らの間で経済改革や市場化について本格的に論じられるようになった金正日政権期に定め、金日成政権期と金正恩政権期については補足的に取り上げた。

社会主義圏の政治経済的変化を対象とする議論、特に計画経済から市場経済への移行は、主として市場経済移行論の観点からなされてきたが、そこでは、計画経済体制を堅持している北朝鮮を市場経済への移行が起こり得ない例外的ケースと見なす傾向が強かった。しかし、北朝鮮にも場所としての「市場」(農民市場、後に地域市場)が存在し、そこでは需要と供給によって価格が形成される「市場システム」が働いている。これを踏まえ、本論文では、北朝鮮政府の経済改革・開放政策と市場化の関係性、ならびにコルナイの市場経済移行論に照らした場合の北朝鮮における市場化の段階を中心に検討した。

 以下、各章ごとの概要を述べる。

 序論にあたる第1章では、社会主義経済の市場経済移行論と北朝鮮の計画経済体制・対外経済政策を踏まえたうえで、問題設定と課題の提示を行い、これと関連する先行研究を概説し、研究方法を示した。また、本論での考察において基本概念となる「市場」と「市場化」を再定義した。

 第2章では、金日成政権期の経済政策を、国内経済政策と対外経済政策に分けて検討した。それを通じて、北朝鮮では金日成政権期を最後に経済計画が発表されなくなったことを再確認したが、この事実は、北朝鮮政府が計画経済政策を維持しつつもその執行システムを正常に稼働しえなくなったことを物語っていた。これに対し対外経済政策では、「合営法」制定や経済特区の設置という形で市場システムが取り入れられつつあったことを確認した。

 第3章では、金正日政権期の経済改革政策を中心に論じた。まず、北朝鮮における経済改革政策の出発点について検討し、その内容を整理した。ついで、北朝鮮政府が計画経済と市場化との折り合いをつけるために、2005年10月以降から2009年末までに実施した措置について検討した。このような措置には、たとえば、穀物の販売を国家が独占する「糧穀専売制」の導入や貨幣交換(デノミ)などが含まれるが、いずれも計画経済システムの復活を意図するものであったといえる。以上の考証を通じて、経済改革の出発点を金正日体制がスタートした1998年と同定できることや経済改革政策の内容が多岐にわたること、ならびに改革の主な目的がインセンティブの向上にあったことなどを浮き彫りにした。また、北朝鮮政府が究極的には計画経済の復活を意図していた点も明らかにした。

 第4章では、金正日政権期の経済開放政策について、南北経済協力と経済特区政策の再活性化という2つのテーマに分けて検討した。南北経済協力、すなわち北朝鮮と韓国の経済的交流は、2000年の南北首脳会談を機に活発化したが、2008年に韓国に保守政権が誕生して以降は、逆に衰退局面へと転じた。そこで北朝鮮は、経済開放の方針を、中国と共同で開発・管理する形での経済特区の再活性化へと転換した。この南北経済協力事業と中国との2つの経済特区の共同開発・管理事業は、金正日政権時代に進められた対外経済開放政策の代表例といえる。これらの事業が北朝鮮政府の主導で進められたことは、それが計画経済の枠内で行われたものであったとしても、結果として国内の経済特区に中国や韓国の企業が進出することとなり、市場経済的経営ノウハウが北朝鮮国内に浸透することを意味するものであった。

 第5章と第6章では、筆者が2010年と2011年に朝鮮社会科学院所属の経済研究者から受けた講義内容を整理し、彼らの経済政策に対する認識を分析した。朝鮮社会科学院は、社会科学分野の研究事業全般を受け持つ中央機関として位置づけられる。それゆえに、同院に所属する研究者らの講義は、北朝鮮政府の経済政策を代弁するものであったといえる。第5章では国内経済政策、第6章では対外経済政策を取り上げた。国内経済政策に関しては、経済改革についての言及が見られない点が特徴的であり、このことから、北朝鮮指導部が2010~11年の段階では改革に対して否定的であったこと、市場化の進展を警戒していたことなどが明らかになった。対外経済政策の面では、資本主義的要素の国内への浸透を覚悟せねばならないとしても、外資導入によって得られる利益、すなわち「実利」を優先せざるをえなかった状況を読み取ることができた。

 第7章では、北朝鮮における市場化の実態について、2008年と2010~12年に筆者が行った現地調査をもとに整理し分析した。まず、市場化の段階をはかるために、コメを中心とする価格の問題を中心に考察した。価格調査を通じて、コメだけでなく地域市場で販売される品物全般にわたって国定価格と市場価格の間に大きな差が生じ、さらには、市場価格が変動を繰り返し高騰していたことが明らかになった。一方、合弁商店での価格は、国営商店での価格(国定価格)とも、また、市場価格とも異なり、これを「第三の価格」として区別することとした。また、政府による供給システムの復活が進まないなか、国営工場・企業所のなかにも従業員の食糧を自力で解決しようとする企業が生じつつあったことを確認した。以上の事実から、供給システム復活にはまだ時間がかかることがうかがえた。一方、経済特区政策や合弁事業を担当する実務家へのインタビューを通じて、北朝鮮が市場経済のノウハウを全面的に取り入れようとしていること、それが経済特区にとどまらず全国的な動きへと発展していることを明らかにした。

 第8章では、金正日政権の後を継いだ金正恩政権の国内経済政策と対外経済政策について検討した。ここでは、金正恩政権下での経済改革政策の柱である「社会主義企業責任管理制」と、同じく経済開放政策の柱である「経済開発区」構想を中心に論じ、金正日政権期の政策と比較した継続性と独自性についても分析を試みた。ここで明らかになったこととして、金正恩政権下での経済改革政策は金正日政権期よりも改革度が増している点、コメが地域市場など非国営流通網で購入することが当たり前になっていると見られる点、経済開放政策も金正日政権期より格段に開放度が増している点などをあげられる。また、指令型経済復活を目指す動きも確認できるが、具体的な数値目標は示されていない。

 終章の結論では、本論文の要約と意義、課題について述べた。

 以上、本論の構成に即して要旨を記したが、最後に本論文の主要な論点を整理しなおしておきたい。北朝鮮では建国から2年後に農民市場が誕生して以降、「場所」としての市場が、人々が生活の糧を得る補助的手段として活用されてきたが、1990年代後半の経済危機を経てそれが補助的手段から主要的手段へと重要性を高めた。これに対し北朝鮮の指導部は、市場を容認する措置とそれを後退させる措置、つまりは市場化という現実の肯定と計画経済への復帰との間で行きつ戻りつしてきたが、現実として市場は人々が生活必需品を得る場所として機能しており、さらに筆者が現地調査で得た資料の許す限りで、市場システムが稼働していることも確認できた。つまり、市場の拡大と市場メカニズムの導入・拡散は進行しているといえる。一方、対外経済政策においては、金日成政権の時代から市場メカニズムの導入が進んでいたといえる。このように見ると、北朝鮮政府は金日成政権の時代から計画経済体制を維持するために市場化を利用してきたという考えも成り立つ。その利用は、金日成政権期には対外経済開放政策に留められていたが、金正日政権期に入ると国内経済政策にまで広がった。その意味で、北朝鮮では計画経済と市場化が相互に依存し合う関係にあるのではないかと考える。

 では金正日政権期において市場化はどの段階にあったと評価できるか。狭義の市場移行である「体制転換」(transition)を示すコルナイの3つの指標(①私的セクターの割合が増大しGDPの大部分を占める、②市場が経済活動の支配的調整システムとなる、③共産党が政治的な独占権力を失う)を援用すると、金正日政権期の市場化の実態に対し、①と②は部分的に適合し、③は当てはまらないと評価できる。その意味で「体制転換」は部分的に進展していたと考えられる。ここで北朝鮮における「体制転換」を示す指標として筆者が特に重視するのは、第一に、供給システムが事実上崩壊したこと、第二に、国営商店に頼らない傾向が強まったこと、第三に、私企業が拡散したこと、第四に、私債業(金貸し)が発生していたことである。金正恩政権に入ると、コルナイの①と②の指標の適合性はさらに高まった。

 このように「体制転換」の過程にあると捉えることができるとしても、北朝鮮の場合、共産主義政党である朝鮮労働党が政治的な独占権力を維持している以上、コルナイが言うところの「構造変化」(transformation)、すなわち政治体制の移行へ進んでいるとはみなしがたい。

 本論文では、現地調査を研究方法に取り入れた。先行研究のなかには、脱北者(政治的理由や生活苦などを理由に北朝鮮を脱出した者)をインフォーマントとして北朝鮮の社会や人々の日常生活を分析する研究も見られるが、間接的な情報にかかるバイアスを考慮に入れれば、実態分析を試みる場合には限られた形であっても現地調査を取り入れるべきだと考えたからである。現地調査では研究者にアプローチする方法を取るとともに、訪問が可能な商店や地域市場、ならびに工場や企業所を観察し丹念にメモを取った。可能な範囲で一般国民への調査も試みた。その成果として、第5章と第6章では経済研究者の講義録を整理する形で彼らの経済政策に対する認識を示した。これによって第2~4章で整理した経済政策史を補完し、また、北朝鮮政府が目指す政策や実施の意図の把握を試みた。第7章についても、現地調査の資料を用いることで、市場化についてより実態に即した考察が可能になったと考える。

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