本研究は、日本国憲法第25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」における「文化」概念について、文化政策における文化権との関連性という観点から、その意味するところを検証するものである。

文化政策の理論研究の基本理念の1つに、人間が文化的環境で生きることを人権として認める「文化権(cultural right)」がある。第二次世界大戦後に国際社会で議論が進められてきた新しい権利概念の1つで、まだ議論が続く発展途上の概念だが、現時点での特徴として、①「文化」の範囲は、芸術、科学技術、学術、教育、コミュニケーション、文化財、文化遺産、美術館・博物館・図書館等の文化施設、都市の景観や歴史的建造物のような環境も含まれる、②文化はアイデンティティの問題と関わる、③鑑賞だけでなく、創造、参加、生活の中で文化の恩恵にあずかることの重要性等、文化に対する様々な関わり方が文化権の内容として含まれる、④文化多様性、マジョリティの文化に対するマイノリティの文化など、複数性に注目して文化をとらえる、⑤文化権を考えるにあたっては、民主主義と参加の重要性や、社会発展や平和との関連性も忘れてはならない、⑥「権利」を謳う以上、人権の尊重との両立も重要である、以上6点を指摘できる。

日本の文化政策研究においては、文化は「芸術を核にして広がりを持つ概念」として理解されている。日本における文化権研究は、法律によって文化権を規定することで、文化権の実現を目的とする文化政策の実施に法的根拠を与え、芸術振興をはじめとする文化政策の実践の拡充に貢献することを目指して行われてきた。国内法最上位の日本国憲法で唯一「文化」という文言を含む条文である憲法第25条第1項は、日本における文化権の根拠規定となる可能性を指摘されてきた。しかし、これまでの法学における第25条解釈の蓄積から、実際には第25条を以て日本において文化権が保障されているとは言えないという見解が主であった。従前の文化政策研究における第25条の理解はそこで留まり、文化政策研究独自の考察には至っていない。

 日本国憲法第25条の「文化」という文言はどのような意味を持つのか。なぜ生存権を規定した第25条で「文化」という文言が用いられているのか。それは文化権と何らかの関連性を持ち得るものなのか。憲法第25条に関する先行研究はたくさんあるものの、「文化」概念に注目した研究は、これまで行われてこなかった。

本研究の目的は、日本国憲法第25条の「文化」概念について、成立に至る思想的、歴史的背景を検証し、文化政策における文化権との関連性を明らかにすることである。具体的には、第25条「文化」概念は文化政策の「文化」と同趣旨の概念と言えるのか、憲法第25条は文化権と共通する性質を持つ権利として位置づけられるのか、以上2つの問いを明らかにすることを目指す。

これまでの経緯から、憲法第25条「文化」の検証にあたって法学的なアプローチだけでは困難であることは明らかである。そこで本研究では、日本国憲法成立に至る思想的、歴史的背景に注目する。

第1章「憲法第25条に関する議論の現状と課題」では、憲法第25条に関する議論の現状と課題を明らかにするべく、主に法学の先行研究の整理を行う。日本国憲法第25条第1項に関する先行研究の蓄積は豊富だが、「健康で文化的な最低限度の生活」の「文化」という文言は、長らく研究対象として主題化されてこなかった。なぜ第25条を以て文化権の根拠規定足り得ないとされるのか、その理由は、権利の性質や経済的所得補償中心の理解など、「文化」という文言以外の部分にあった。

第2章「憲法第25条の成立の経緯」では、そもそもなぜ生存権を規定した第25条で「文化」という文言が用いられるに至ったかを明らかにするため、日本国憲法成立史の先行研究を参照し、憲法第25条第1項に「文化」という文言が用いられるに至った経緯を検証する。憲法第25条第1項はGHQ案には存在せず、日本の国会の審議過程で社会党の提案によって挿入された。第25条成立の議論において、生存権を具体化する文言として「文化」という文言が用いられたが、その意味するところについては、原始的の反対の意味の、国や時代の状況に応じた水準という以上の議論は行われなかった。「文化」という言葉にはどのような内容が込められたか、憲法第25条成立に至る議論だけでは十分に理解できない。

第3章「日本国憲法成立過程における「文化」に関する議論」では、前章の結果を踏まえた研究方法の確認として、第25条だけでなく日本国憲法成立過程全体に射程を広げて、文化に関してどのような議論が行われたかを検証し、日本国憲法における「文化」概念の理解の糸口を探す。その結果、日本国憲法成立過程においては、憲法第25条に限らず「文化」が論じられたり用いられたりする場面が多々あったこと、その中でも憲法第25条の「文化」という文言以上に頻繁に用いられたのは、戦後日本は文化国家を目指すべきという「文化国家」論だったことが明らかとなった。日本国憲法の条文で「文化」が用いられたのは第25条第1項のみだが、「文化国家」は附帯決議で言及された。よって日本国憲法第25条の「文化」概念の検証にあたっては、小委員会を中心とする憲法第25条をめぐる議論に至る思想的、歴史的背景に加えて、当時の時代背景を踏まえた「文化」概念の理解を深めるために、附帯決議の「文化国家」概念の検証も必要である。

第4章「附帯決議「文化国家」概念に見える敗戦直後の「文化」観」では、日本国憲法における「文化」概念の理解の糸口として「文化国家」概念を取り上げ、その意味するところを検証する。戦後日本の文化国家論における憲法成立当時の「文化」概念の特徴として、①平和、民主、人権と親和性の高い概念であること、②主に政府系の文化国家論においては、教育(陶冶・道徳)・学問・芸術といったドイツのKultur概念に近い理解がなされていたこと、③政府系に限らず、文化国家論全体において教育への関心が高く、それが「文教」すなわち教育の文脈の中で「創造」を担うものとして「文化」を位置づける今日の文部省・文部科学省の政策の流れにつながったこと、以上3点が明らかになる。

第5章「日本国憲法第25条「文化」の由来と意味―思想的、歴史的背景―」では、憲法第25条第1項「文化」概念の由来と意味を明らかにするべく、憲法第25条をめぐる議論の思想的、歴史的背景を検証する。憲法25条第1項挿入の立役者である森戸辰男と鈴木義男は、動物的な意味で生存をつなぐのに留まらない人間に値する生活を表現するのに「文化」という文言を用いていた。とりわけ鈴木は贅沢ではないが通常の文明の恩沢を享受し、芸術、社交、読書、修養といった人格価値を高められるような文化を享受できる生活の保障を念頭に「人格的生存権」を提唱し、最小限度の肉体の生存とは明確に区別する立場を取っていた。大正期に広まった「文化」概念は文化主義論争等の議論を通じて、人間のよりよい生の実現を目指す理念として、生活と結びついてその理想を語るものとして用いられた。戦前の生存権と「文化」をめぐる問題提起に対し、戦後制定された憲法25条は、単に生存維持を保障される権利(A)と、生存維持以上の文化的生活を保障される権利(B)を別々ではなく一体として生存権として保障すべき(A+B)という回答を出したものと言える。しかし制定後の学説・判例において、第25条第1項は単なる経済的な生存維持に矮小化していった。その遠因として、生存権と生活権の区別の不徹底が挙げられる。

以上のように本研究で明らかになった発見と、序章で掲げた文化権の6つの特徴および文化政策の「文化」が芸術を核にして広がりを持つと捉えられることを踏まえれば、研究目的に掲げた2つの問いについては、どちらも可能であるといえる。つまり、第25条「文化」概念は文化政策の「文化」と同趣旨の概念であり、憲法第25条は文化権と共通する性質を持つ権利として位置づけられる。よって本研究の結論として、憲法第25 条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」における「文化」という文言は、その成立に至る思想的、歴史的背景をふまえれば、文化政策における文化権と関連性を持つものとしてとらえることは十分に可能であるということができる。日本国憲法第25 条第1項は、時代に応じた文化的生活を生存権の保障内容に呼び込む文言として、国際社会の動向を踏まえた文化権の憲法上の根拠規定として、十分読み得るテキストである。

よって、今後の日本の文化政策において、芸術をはじめとする文化全般について、日本国憲法第25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を「文化権」と読むことで法的根拠と見なして文化的な環境整備の必要性を説くことは、十分可能な立論である。例えば文化芸術振興基本法の改正を議論していくにあたっては、「文化的な生活」という第25条の理念を積極的に取り入れた文言の採用は、十分検討に値する選択肢である。

 もちろんその場合には、第1章で確認したように、表現の自由との両立、政府が価値判断に踏み込まず環境整備に徹するといった点に注意が必要であることは言うまでもない。また、文化権の特徴として指摘した6点のうち、④の多様性・複数性・マイノリティの文化という視点は、第25条「文化」の民主、人権との親和性の高さと関連性はあるものの、⑤⑥と比較した時に若干弱い印象が否めない。文化権として第25条「文化」をとらえていくにあたっては、多様性・複数性・マイノリティの文化という視点は特に意識する必要がある。