馬琴読本の研究

洪 晟準

本論文では、馬琴読本において、人物造型がどのようになされたのか、どのような創作方法が用いられたのか、馬琴はどのような勧善懲悪の理念を持っていたのかといった問題について、馬琴の特徴である、作中の人物や出来事などに文献上の根拠があるということを必ず示す態度、倫理的整合性に適った勧善懲悪を描く態度に注目して考察を行った。その際、馬琴の自作批評集『著作堂旧作略自評摘要』(天保十五年成立)を手掛かりとして利用し、作品執筆時の見解と天保十五年当時の見解がどのように相違しているかも視野に入れて分析した。

 第一章「前期史伝物読本の人物造型」は、『椿説弓張月』の為朝、『俊寛僧都嶋物語』の俊寛と亀王、『頼豪阿闍梨怪鼠伝』の唐糸を対象として、各人物がどのように造型されているかを考察したものである。

 第一節「『椿説弓張月』と崇徳院怨霊譚―為朝像の造型に関わる点に注目して―」では、『保元物語』と『雨月物語』との比較を通じて、『弓張月』において崇徳院の悪人としてのイメージが強調されていることを検討した。また、その一方で崇徳院が金比羅大権現と同一視されており、崇徳院には善と悪の二重のイメージが与えられていることを説明した。そして、崇徳院の二重のイメージが為朝に受け継がれ、為朝にも義人と朝敵という二重のイメージが形成されたことを指摘した。

 第二節「『俊寛僧都嶋物語』の俊寛像と亀王像」では、俊寛と亀王の人物造型について考察した。「足摺」という悲劇的な場面の省略を通して、同情を誘う俊寛像から武人的な俊寛像へと変更が可能になったことを指摘した。また、悪人的要素を持つ亀王は完全な罪の精算が適わないのであるが、大団円に至って身替りという方法によって罪が精算されたことを検討した。以上を通して、俊寛は鬼一法眼と、亀王は白河の湛海と、それぞれイメージが重ねられていることを指摘した。

 第三節「『頼豪阿闍梨怪鼠伝』の構造―唐糸の物語を中心に―」では、本作品を構成する二つの敵討ち物語の他に、唐糸を中心とする第三の敵討ち物語も見出せることを指摘した。また、唐糸の人物像において、先行作品とは異なる造型がなされていることについて検討し、本作品の唐糸は格段と強い存在として描かれていることを説明した。このように、本作品を義高や頼豪阿闍梨ではなく唐糸を中心に読むことで、義高の孝と忠が中心であった物語が唐糸の忠と貞の側面も持っていることを指摘した。

 第二章「馬琴読本の創作方法」は、馬琴が読本創作をする際にどのような点を重視していたかを究明することを目的とし、稗史七法則や演劇的要素の利用、「新奇」な脚色、中国文献の利用、史実と虚構の巧みな利用といった、読本創作上の特徴を明らかにしたものである。

 第一節「『月氷奇縁』の創作方法―馬琴自評を手掛かりに―」では、『著作堂旧作略自評摘要』において馬琴が最も高く評価している『月氷奇縁』の作品と自評の比較分析を通して、本作品が高評価を得た要因が、次の二点にあることを明らかにした。第一は、稗史七法則のうち、省筆、伏線、照応、反対の四つを物語の展開に巧みに利用した点、第二は、歌舞伎・浄瑠璃から趣向を取り入れた箇所や登場人物の再会の場面に「新奇」な脚色がなされている点である。

 第二節「『椿説弓張月』における中国文献の受容」では、馬琴が『弓張月』執筆時にどのような中国文献を利用していたかを検討した。また、『弓張月』の本文や章段名に見える『韓非子』が、為朝に対して極めて厳しい態度をとる信西像の形成に大きな影響を与えていることを指摘した。

 第三節「史伝物読本における史実と虚構―馬琴の演義体について―」では、まず、前期史伝物読本三作品における主人公等に、それぞれ生存説が存在することや、彼等の生存を可能にするために馬琴の加えた虚構に必ず根拠があることを検討した。また、馬琴の演義体は、歴史上の人物や出来事を正史のまま取り入れ、その上、虚構を施すところに特徴があり、そうすることで、物語は「虚実相半」する内容となり、その娯楽性が一層高まったということを明らかにした。

 第四節「稗史七法則「省筆」における「偸聞」」では、稗史七法則「省筆」の二つの手法のうち、「偸聞(立ち聞き)」が物語の中でどのように表現されているのかを、具体的な用例を通して分析した。また、二人以上の人物による二重の「偸聞」の場面が設けられていること、地の文と挿絵の配置によって作品が面白さを増していることを指摘した。その結果、この稗史七法則「省筆」は、物語の簡略化と複雑化を同時に具現した小説技法の一つであると位置づけた。

 第三章「馬琴の理念」は、馬琴読本において馬琴の勧懲観がどのように表れているか、また彼の考えていた正しい勧善懲悪とはどういうものなのかについて、主に「懲悪」の視点から考察したものである。

 第一節「『石言遺響』に見える勧懲観」では、作品において勧善懲悪に矛盾していると思われる箇所を取り上げ、『著作堂旧作略自評摘要』の記述を手掛かりに分析を行い、馬琴の勧懲観から見るとこの箇所は正しいことを確認した。勧善懲悪に食い違いが生じる要因として、①先行作品を取り入れるためのやむを得ない設定、②親から子へと受け継がれる善悪、の二点を挙げることができた。また、本作品の執筆時期において、馬琴は「勧善」よりも「懲悪」を重視していたことを指摘した。

 第二節「馬琴読本の死の場面と仁義八行―『俊寛僧都嶋物語』と『頼豪阿闍梨怪鼠伝』を中心に―」では、まず、「仁義八行」という用語と八つの徳目について、馬琴作品の用例を通して具体的に検討し、馬琴が『夢想兵衛胡蝶物語』で「八行」という表現を初めて使ったことを指摘した。次に、『俊寛僧都嶋物語』と『頼豪阿闍梨怪鼠伝』における脇役の死の場面で強調されている仁義八行を通して、物語の因果関係の中心にこの八徳目があることを明らかにした。

 第三節「馬琴読本における「懲悪」の理念」では、『弓張月』の阿公と『八犬伝』の船虫が、それぞれの作品で極悪人として描かれていることを具体的に分析し、この両者が強烈な悪人として描かれている理由が、「懲悪」を強調するためであることを指摘した。また、馬琴は善人より悪人の描写に力を入れる傾向を持つが、これは悪と対照関係に置かれる善が用意されているからで、馬琴作品において「懲悪」を強く描くことによって、それに対照する「勧善」も強調されるようになることを明らかにした。

 以上の考察を通じて、馬琴の読本創作における特徴を見出し、本論文では次の二点を達成したと考える。第一は、人物造型において、人物の善悪関係は受け継がれていくものとして設定される場合があり、そこに仁義八行の徳目が関わってくる場合もあるという点、第二は、仁義八行の徳目が人物の行動や運命を規定しており、また物語において「勧善」より「懲悪」の方が強調されて表れているという点である。

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