『順正理論』における法(dharma)の認識

一色 大悟

本研究は,説一切有部(Sarvāstivādin)の中でもカシミール地方の毘婆沙師(Vaibhāṣika)と呼ばれる派閥に属した衆賢(Saṃghabhadra,5世紀)が,その著作である『阿毘達磨順正理論』(*Nyāyānusāri-śāstra,以下『順正理論』)において展開した存在論を考察対象とする.衆賢の特徴的な存在論は,これまで諸研究の注目を集めてきた.それら先行研究により彼の存在論を構成する重要概念の意味が明らかになるとともに,彼が特定の諸法(dharma)に対して行った実有(dravyasat)論証に関する各論も紹介されつつある.

しかしながらそれら諸要素を総合的に捉え,衆賢の思想を掘り下げて論じたものはなかった.そこで本研究では,衆賢の存在論の背景となった世界観,宗教観を明らかにすることにより,彼の思想を総合的に理解することを目的とした.そして法が認識されるので実有である,と衆賢が個々の議論で主張した背景を探求した結果,彼の存在論の根拠が読者一般の認識を超えた,仏の認識に多くを依存していることを論証した.その議論の過程は,次の2章で構成される.

第1章は5節からなる.本章では,存在がいかなる過程を経て認識されると衆賢が理解していたのかを,『順正理論』の諸記述をもとに考察した.

第1節では,『順正理論』の認識論に関する先行研究を総括し,本章の主題である存在認識に関する議論はむしろ存在論研究の文脈でなされてきたことを指摘した.その上で本章の考察が,主に三世実有説及び二諦説で述べられる衆賢の存在論的記述をもとに,その背景となった存在認識過程を抽出するものであることを述べた.

第2節では,衆賢が『順正理論』「弁随眠品」の三世実有説の冒頭で提示する,「対象となって〈覚知〉(「覺」,*buddhi)を生じるもの」が存在するもの(「有」,*sat)であるという存在の定義の意味を考察した.まず先行研究を整理し,衆賢の存在の定義が相容れない二種の意味で解釈されてきたことを指摘した.その上で同論同品を精査すると衆賢が,認識の外界に存在するもののみが〈覚知〉を生じること,および〈覚知〉が生じているならばその対象を「存在するもの」と判断できること,という二種の意味で存在の定義を用いていることが確認された.これらは先行研究が指摘する二義に対応する.そしてこの二義によって,存在するものから〈覚知〉を生じ,〈覚知〉によって存在を判断する,という存在と認識に関し先後する二つの事態を衆賢が述べているとみられること指摘した.

第3節では,まず『順正理論』「弁賢聖品」で論じられる二諦説を読解し,前節の議論によって示唆された〈覚知〉に関する二つの事態が一連の過程として述べられていることを明らかにした.衆賢によれば,諦という判断を下しうる認識対象は,すべて勝義(paramārtha, 究極的対象)であって実体(dravya)たる法であり,それを集合的あるいは類的実体的に把捉することで,典型的には「これはXだ」という文で表される〈覚知〉(性質判断)を生じる.その場合に認識対象たる勝義に対し「Xが存在する」という言明(存在判断)がなされるが,それが真実(實,satya)である場合,認識対象を「世俗諦/勝義諦」あるいは「世俗有/勝義有」と呼ぶことが可能になるという.次に,三世実有説で関説される「体同類別」と呼ばれる衆賢の議論をもとに,上記の存在認識過程において性質判断と存在判断が直結すると考えられた理由を考察した.法は,体相(*svarūpa)と性類(*bhāva)という二つの構成要素に大別される.体相はその法において不変の定義的本質であるのに対し,性類は,その法が「何であるか」の何にあたるような,その法のあり方を指す.そして性類は,法の存在(「有」,*sat)および法のはたらきである功能(*sāmarthya, *śakti)と不可分の関係にある.換言すれば,ある法がXであることと,それがXとして存在することは,法の存在論的構成においても直結していると考えられていた.

第4節では,存在論における重要概念である〈覚知〉の意味について考察した.しかしながら資料的制約あるいは『順正理論』の記述の曖昧さから,その意味を特定するに至らなかった.ただし同論「弁本事品」で述べられる現量覚(*pratyakṣabuddhi)が,〈覚知〉と内容上よく一致することを指摘した.現量覚は対象の直接経験とは区別される,対象の性質についての判断であり,経験よりも後に生じるという.しかしながらここで三世実有説における記述を再度確認すると,現量覚と表現的内容的によく一致する〈覚知〉を衆賢は述べる一方で,現量覚とは相容れない,経験そのものと解釈せざるを得ない〈覚知〉も述べていることが確認された.〈覚知〉の意味の揺れをどのように理解するべきか,その結論を目下与えることはできないため,今後の研究を待つこととした.

第5節では,本章の議論を総括するとともに,衆賢の存在論の背景となった存在認識過程を整理した.

第2章は4節からなる.本章では,法が存在することの根拠を衆賢が何に求めていたかを考察した.

第1節では,前章第3節で検討した二諦説と存在認識過程を再度吟味し,衆賢が〈覚知〉をその後に行われる存在判断の根拠として位置づけているものの,その〈覚知〉に先行して勝義である法の存在が確定していると考えていたことを明らかにした.そして勝義である法の存在根拠に関する衆賢の理解を本章の問題と設定した.

第2節では,勝義である法の存在根拠を考察した.しかし衆賢がそれについて直接言明している部分は,『順正理論』に見出されない.そこで同論において,特定の諸法が論証者に認識されないものの実有とされる諸例を検討することで,衆賢の意図を推測した.特定の法とは,涅槃・過去未来法・極微・名句文身・心心所である.これらの諸法は認識可能とされる認識者の範囲がそれぞれ異なるものの,衆賢は共通して次の二点を述べる.第一は,卓越した認識者によって認識されていることを根拠として,これら諸法の存在を普遍的事実とみなすことである.第二は,認識力の劣った者は仏説に従うことでこれら諸法の存在を知るということである.以上を勘案し,衆賢にとって涅槃などの諸法の存在は,仏などの認識によって予め確証づけられた所与の事実であったと結論した.加えて,彼が法一般を同様に所与の事実と考えていた可能性が高いことを指摘した.この結論を受け,衆賢は仏説を勝義である法の存在根拠と見なしていたと推測した.

第3節では,衆賢が仏説の権威をどのように根拠づけたのかを考察した.同じく衆賢の作とされる『阿毘達磨蔵顕宗論』「序品」冒頭では,仏が文字通りすべてを知っていることをすべてを知る者でない仏教修行者が知るための論証(一切智者確認論証)が行われる.『順正理論』「弁業品」では,ヴェーダを認識手段とする婆羅門教徒を対論者として,仏説こそが至教量(*āptāgama, 信頼すべき伝承)であることの論証が行われる.両論証の論理的構造を検討した結果,衆賢は,いずれの論証でも有情の煩悩の段階的滅尽が現に起きていることを論証者が共有できる根拠として位置づけ,論証を行ったことを明らかにした.

しかし煩悩の段階的滅尽,つまり択滅涅槃という限られた者だけが経験可能な事柄を,読者一般が仏説の権威を論証するための根拠とすることには齟齬があるように思われる.

この齟齬については衆賢自身が言及することはないため,本研究では決定的な解釈を見出すことはできなかった.ただし『順正理論』「弁定品」末尾の記述には,北方(カシュミール)では三乗の無漏道である證得(adhigama)という正法(saddharma)が行者(pratipattṛ)によってよく保存されている,という記述がある.説一切有部論書の用語法によれば,この記述にいう無漏道を保つ行者とは,見道を経て煩悩の段階的滅尽を経験をしたことを指すと考えられる.つまり衆賢は滅尽経験者の存在を同時代の事実として語っていることになる.この記述から,煩悩の段階的滅尽を経験していない読者であっても,周囲に滅尽経験者が出現していることにより,修行によって滅尽がありうることをある程度推論可能,と衆賢が考えていた,という仮説を導くことができる.しかしこの仮説の検証は,『順正理論』のみの読解によっては成し得ず,本研究の対象範囲を大きく越えてしまう.そのため今回は考察をここで留め,以後は別の研究に委ねることとした.

第4節では,本章の議論を総括した.

結論では,第一章,第二章で行った考察全体を総括するとともに,本研究の結果浮き彫りになった問題を指摘した.従来の研究では,インド仏教思想史上に想定される経典重視から論理重視へという潮流の中で,衆賢は論理重視を一層強く打ち出した人物と評価される.しかしむしろ衆賢の存在論には,一般読者の認識に回収されず,仏説の権威に基づく部分が多分にあることは明らかである.したがって衆賢の思想史的位置づけについては慎重に検討される必要があることを指摘し,今後の課題とした.

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