日本語の評価副詞に関する史的研究

林 禔映

本論文は、日本語の評価副詞の形成に見られる変化の特徴と傾向を考察した史的研究である。現在までほとんど研究されてこなかった評価を表す叙法副詞(評価副詞)8語(「いっそ、さすが(に)、しょせん、せいぜい、せっかく、せめて、どうせ、なまじ(っか)」)を取り上げ、歴史上の各時代の使用実態を実証的に検討し、意味・用法の通時的変化を記述することを試みた。さらに、評価副詞のあり方に対して通時的観点から説明を与える点で、現代語における副詞の意味記述の精緻化にも貢献することを目指した。

本論文は、全体の枠組みを示した「序章」、評価副詞8語の史的変遷を個別的に調査・検討した「本論(第1章から第8章)」、各語の史的変遷に共通する変化の特徴と傾向について総合的・体系的に説明することを試みた「終章」の3つから成る。

序章では、本論文の目的や方法、考察対象とする評価副詞の共時的・通時的研究における位置づけ、評価的意味の定義について述べた。そして、今なお明らかになっていない評価的意味を表す副詞の形成を説明するためには、通時的観点からの考察が必要であることを指摘した。

本論では、現代語において評価的意味を表す副詞8語「いっそ、さすが(に)、しょせん、せいぜい、せっかく、せめて、どうせ、なまじ(っか)」について、それぞれ第1章から第8章で考察した。用例は日本語史の各時代における言語資料(主に文学作品)から収集した。そして、副詞用法が発生した時期から現代語のような意味・用法が成立する時期を中心に、各語の使用実態と変化の諸様相について分析した。

第1章では「いっそ」の史的変遷を考察した。「いっそ」は、「対をなす二つ」あるいは「二つ一組」という意を表す漢語「一双(一雙)」を語源とし、「(両者を)まとめて」のような様態的意味で中世後期に副詞として用いられはじめた。近世になると、この様態的意味は次第に薄れていくが、初期例における「Pではなく、「いっそ」Q」のような構文環境を引き継ぎ、ある事態を好ましくないと捉え、そのような状況であるならそれより「いっそ」に後続する事態を選ぶしかない、という話し手の否定的評価を表すようになった。

第2章では「さすが(に)」の史的変遷を考察した。「さすが(に)」は、語構成の面で「そうはいうものの」の意を持つ上代語「しかすがに」に類似した語源を持つことから、副詞として使われはじめた当初(中古)は話し手の想定と対立する当該事態を修飾し、「そうは言ってもやはり」という意味で用いられていた。中世になると、話し手の想定と対立するが、契機があれば「(そうなるのも)順当だ」という意味に読み取られ、このような例を経由して、中世後期からは話し手の想定と適合する当該事態を修飾し、「価値や意義のある」という肯定的評価を表すようになった。

第3章では「しょせん」の史的変遷を考察した。「しょせん」は、「仏教の経典によって説き明かされる内容、究極のところ」という意味の漢語「所詮」を語源とし、中世前期に「あれこれの事情・経緯についての結論として述べる」ことを表す「結局、つまり」のような副詞用法へ変容して用いられはじめた。中古和文の形容詞表現からの類推により、形容詞「所詮無し」を作り出し、それを契機として中世後期に「しょせん」単独で否定的評価を表すようになった。

第4章では「せいぜい」の史的変遷を考察した。「せいぜい」は、真心・誠心の意を表す漢語「精誠」を語源とし、「心・力を尽くして」という様態的意味で近世後期に副詞として用いられはじめた。近代になると、動作の様態を表す意味が次第に薄れていき、話し手の想定できる範囲での「上限」を表すが、その上限が(対比される前文の内容に比べて)低いことによって「たいしたことではない」という否定的評価を表すようになった。

第5章では「せっかく」の史的変遷を考察した。「せっかく」は、ある目的のために労力を費やすことを表す漢語「折角」を語源とし、副詞として使われはじめた当初(中世後期)は当該事態の実現のために心・力を尽くす様態的意味で用いられていた。近世になると、この様態的意味は次第に薄れていき、心・力を尽くしたことから含意される「価値や意義のある、好ましい」という肯定的評価を表すようになった。

 第6章では「せめて」の史的変遷を考察した。「せめて」は、「追い詰める、責め立てる」などの意味を持つ動詞「せむ」の連用形にテ形が付いてできた語であり、副詞として使われはじめた当初(中古)は「つとめて、しいて」「切実に、無性に」などの様態的意味で用いられていた。中世前期になると、前の文脈に事態の実現が容易でない状況が現れることにより、「これ以上は無理と分かっていても、それでもなお、これだけでも実現したい」という話し手の最小限の願望の意味を表すようになった。

第7章では「どうせ」の史的変遷を考察した。「どうせ」は、不定語の「どう」にサ変動詞の命令形の「せよ(せい)」が組み合わさった「どうせよ(どうせい)」から構成要素の一部が脱落して形成された「どうせ」が、その語構成要素である命令形「せよ(せい)」を含む句全体が逆接仮定条件を表すようになったことで、「どのような場合であっても(結局当該事態になる)」「どっちみち」という意味で近世前期に副詞として用いられていた。このような意味は、話し手の意志や意図に関係なく成り立つことを含意するため、事態が表現主体にとって不本意に捉えられることもあり、このような例を経由して近世後期に「どうすることもできない、仕方ないことだ」という話し手の否定的評価を表すようになった。

第8章では「なまじ(っか)」の史的変遷を考察した。「なまじ(っか)」は、「未熟な、中途半端な」の意を持つ「なま」と「押しつける、無理に行う」の意を持つ動詞「しふ」の連用形が組み合わさって構成された。同表現が副詞として用いられた当初(中古以前)は「つとめて、無理に」などの様態的意味で用いられていた。中世になると、望んでいないことを強いられる文脈で用いられ、「仕方なく、しぶしぶ」や「中途半端に」の意が派生することになり、このような例を契機として、中世前期に「しない方がいい、すべきではない」と見なす話し手の否定的評価を表すようになった。

終章では、本論(第1章から第8章)までの調査・検討を踏まえ、評価副詞の形成に見られる意味および構文上の変化の特徴と傾向について以下のように結論付けた。

意味的側面では、具体的な事物や様態を表す意味から、「望ましい、好ましい」や「仕方がない、うまく行かない」といった話し手の評価を表す意味へと変化した。その成立過程には変化前の語義や語構成要素、文脈上読み取れる意味、類似表現との関係からの影響が見られた。

構文的側面では、まず、初期の副詞用法の時点で既に単文構造ではなく複文構造で用いられていた語(「いっそ」「さすが(に)」「せめて」)、変化の過程で複文従属節における出現例が出てくる語(「せっかく」「どうせ」「なまじ(っか)」)、副詞用法の初期例から前文脈に続く結論的な内容を導く因果性を持つ連文構造で用いられていた語(「しょせん」)のように、典型例から外れる特徴を持つ語(「せいぜい」)はあるものの、本論文の考察対象の大部分は単文構造ではなく、2つの事態の関係を捉える複文構造か因果性を持つ連文構造での使用に偏ることを確認した。

次に、構文上の特徴として、文中の述語の直前から文頭に位置するようになる出現位置の変化が見られた。ただし、「せいぜい」にはこのような変化が見られないが、1900年代以降から「~がせいぜいだ」のような述語用法の例(「親を帰省するのが精々であった」(ヰタ・セクスアリス・1909年))が見られ、<文中での使用から文末での使用>という他の評価副詞とは変化の方向性が異なる用法拡張が生じている。構文上の位置が文中から文頭もしくは文末へと変化する副詞群の発達は、日本語史のなかで副詞以外の話し手の判断や感情にまつわる文法形式(感動詞、陳述副詞、助動詞など)が発達してきた現象との関連が窺えるものである。

上記のような意味的側面と構文的側面のかかわりから、評価副詞の形成に見られる変化パターンは次のように類型化できる。まず、評価的意味を表すようになる意味上の変化が複文構造や文頭などへの構文上の変化より先に生じる「意味先行型」、それらの変化が同時に進む「意味・構文同時型」、そして構文上の変化が意味上の変化よりも先に生じる「構文先行型」という3つのパターンに分類できる。

・意味先行型    : 「せいぜい」、「どうせ」

・意味・構文同時型 : 「せっかく」、「せめて」、「なまじ(っか)」

・構文先行型    : 「いっそ」、「さすが(に)」、「しょせん」

以上、本論文では、従来の共時的・通時的副詞研究においてほとんど研究が進んでいなかった評価副詞8語を取り上げ、意味と構文の両面からそれらの発達プロセスを記述・分析した。意味的側面では、概略、<具体的事物や様態から話し手の価値判断へ>という変化パターンが観察された。構文的側面では、概略、<単文構造から複文構造へ>および<文中での使用から文頭での使用へ>という変化パターンが認められた。これらの考察を基に、評価副詞の発達プロセスは、日本語史のなかで前置き表現のような配慮表現の発達に類似する例として位置づけられると指摘した。さらに、本論文は評価を表す文法形式の歴史的展開を明らかにする通時的研究の基礎研究としての意義を持つものと考える。

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