1990年代以降日本の環境政策では、環境問題の解決に向けて、環境NGO・NPO(以下「NGO」)をはじめ多様な主体による協働、パートナーシップが、積極的に奨励される傾向にある。一方そうした動向にも依らず、現実の環境問題解決は必ずしも進んでいない。本論では、生物多様性関連の政策決定・実施過程を事例に、環境NGOが政府、産業セクターの主体との間に形成する「セクター横断的な連携」について、経験的な検討を行った。とりわけ政策提言運動を行うNGOを対象に、政策“決定”過程における連携形成条件の選択性、並びに連携の帰結として構築される政策“実施”体制の特徴について、新たな問題提起を行うことを目的とした。

 第1章では、上記の協働が奨励される背景となっている環境ガバナンスの理念と、それに対する環境社会学の批判を検討した。環境社会学では、近年の環境政策においてなおも残される対立や抑圧の構造という観点(「支配-従属モデル」)から、従来批判がなされてきた。一方そうした観点からは、政策“決定”からの協働・参加が達成される状況において発生する問題、並びに政策的にそれを奨励するという方向性自体が、かえって問題解決の停滞を導いてしまうという可能性を、十分捉えることができない。それに対し本論では、協働・参加が制度化に向かいつつあるようにみえるにもかかわらず、環境問題の解決が前進していないとすればなぜか、を問うことを中心的な課題として設定した。

 第2章では、1970年代の環境行政の成立から現在に至る環境政策史に関し、NGOをはじめ市民セクターに向けた環境行政側のまなざしを検討した。1970年代後半から環境行政では、行財政改革下での財源・マンパワーの不足に対し、それを補完する主体としてNGOをはじめ市民セクターの主体が見出され、1990年代を通じて積極的・直接的に育成・活用の対象となっていった。そしてそれらを通じ、市民セクターの事業性を促進するためのツールとして、先述の政策決定からの協働・参加という手法が導入されていったことを考察した。また環境領域の特徴として、上記の施策はあくまでNGO側の自主事業を支援し、促進するものであること、さらにその動向を最もよく体現した政策分野として、生物多様性関連政策があることを指摘した。

 第3章では、次章以降の事例研究に先立ち、セクター横断的連携を対象に含む先行研究を検討し、本論の分析視角を設定した。まず、環境社会学の解決論に位置づけられる環境運動論と環境政策過程論について、前者では新たな運動のあり方という観点から連携の意義が強調されてきたにもかかわらず、連携形成条件とその選択性、並びに連携の帰結に関する考察が不十分であること、一方後者では主体間の行為や関係性を特定的に分析するためのアプローチが、従来提起されてこなかったことを指摘した。またNPO論における行政の下請け化問題では、連携の帰結について重要な問題提起がなされているものの、政策提言の有効性や見本例となっている社会福祉領域との違いについて、検討課題が残されている。それに対し本論では、まず欧米の社会運動研究における戦略的連携論にもとづき、政治的機会・脅威、先行する紐帯、組織フレームという連携形成条件に着目する分析視角を設定した。また事例研究を通じ解消していく課題として、形成条件の「選択性」を特定すること、政策実施体制における連携の帰結を考察することを提起した。後者については先行研究の示唆から、「他者変革性の発揮」命題と「行政の下請け化」命題という2つの可能性が、あらかじめ想定される。

 第4章では、外来種オオクチバス等(以下「バス」)の規制をめぐる政策提言運動を事例に、2005年のバスの特定外来生物指定を後押しした、NGOと漁業者団体のセクター横断的連携に焦点を合わせ、分析を行った。そこでは、組織フレームのすれ違いと一致に着目し、どのようなフレームのもとで両者の連携が形成されたのか、ということを問いとした。このうち、2000年前後までの第1期において、漁業者団体側はバスの駆除が自らに任されている現状にたびたび違和感を表明していたのに対し、NGO側のフレームはあくまで漁業者を駆除の担い手と想定しており、この点で両者のフレームはすれ違っていた。一方2005年前後の第2期において、NGO側はローカルなNGOとネットワークを構築しながら、自らのフレームに市民セクターが担う駆除を積極的に位置づけていった。これは、漁業者団体側からも好意的に受け止められ、最終的に両者の間には連携が形成された。すなわち、後の政策実施体制におけるNGOを担い手とした事業の見込み、「NGO事業型」のフレームへの移行が、連携形成の決定的な条件となっていた。

 第5章では、外来生物法の政策実施体制について、NGOが実質的に担っている役割に着目しながら検討した。まずローカルなNGOに関する分析から、地域現場でのバスの駆除活動が、独自のライフヒストリーやネットワーク、個人的な満足感に支えられながら、主に助成金とボランティアによって担われていることを確認した。さらにそれを取り巻く実施体制は、行為規制、国による駆除の実施について実質的な変更点が乏しく、また新たな展開である環境省のモデル事業も、必ずしも成果の出ないまま終了している実態を指摘した。すなわち、上記の実施体制は、政府セクター以外の主体、実質的にはNGOをはじめ市民セクターの主体に、ただ期待するというものになっており、その政策的成果も上がっているとはいいがたい状況にある。

 第6章では、生物多様性条約第10回締約国会議(以下「COP10」)に向けた政策提言運動を事例に、その組織的基盤となったNGOのネットワーク組織における連携戦略と、その戦略がもたらした運動内的な帰結に注目しながら分析を行った。ネットワーク組織の結成にあたって初期メンバーが採用した、個別運動の違いよりも協働性を重視する戦略、すなわち包摂戦略は、さまざまなフレームの実践機会としてCOP10を位置づけ、多様な二次メンバーの参加を促した。一方、包摂戦略が翻って運動内の集合的意思決定にもたらした帰結として、個別問題に焦点化した政策提言に関し、個々のNGOとしてはそのポテンシャルを有する反面、会全体としてはそれがなされにくいという傾向が生じていた。このことに関連し、運動外的な影響の与え方についても、環境省の路線を補強するという政策提言が会全体の傾向となっていた。

 第7章では、COP10に向け特に活発的な政策提言運動を繰り広げていた、水田、国連生物多様性の10年、遺伝子組み換え作物の規制、遺伝資源の利益配分に関する4つの作業部会を取り上げ、関係したNGOと行政機関のセクター横断的連携に着目しながら、比較分析を行った。ここでは、先行する紐帯と、組織フレームのうち希少な専門知、想定される実施主体を分析枠組に設定し、上記の連携形成条件とその選択性について検討した。このうち、先行紐帯は連携形成を促す条件であったが、そればかりでは連携は形成されなかった。また希少な専門知は、本事例では連携形成と関連していなかった。一方想定される実施主体について、NGO側の政策提言が「NGO事業型」であること、すなわち後の実施体制におけるNGOを主体とした事業があらかじめ見込まれている場合、行政機関との間に連携が形成された。それに対し、政府、産業セクターの主体を実施体制の担い手とした「他者実施型」の提言の場合、上記の連携は形成されなかった。この実施主体に関する条件は、一様に連携形成を導くもので、他の条件と比べて最も有力な条件であったと位置づけられる。すなわち、セクター横断的連携は、「NGO事業型」の提言において形成されやすいという、一定の選択性を考察することができる。

 第8章では、COP10以降の状況に関し、NGOによる事業展開とそれにかかわる政策実施体制について検討した。上記の政策提言にかかわったNGOは、愛知ターゲットの達成、国連生物多様性の10年に向けてさまざまな事業を展開しているが、それらは自ら申請し獲得する助成金を主な資金源として運営されていた。一方政府側の実施体制は、それらNGO側の事業をほぼそのまま活用するものとなっていた。すなわち、政府、産業セクター独自の事業展開、及びその予算も概して乏しい状況にあり、結果的にはそれを補完する形でNGOの事業に依存した実施体制が構築されているといえる。なお、これらの政策実施は普及啓発を中心としたものであるが、近年では逆に生物多様性の認知度が低下するなど、政策的成果の乏しい状況にある。

 第9章では、事例研究の知見をまとめ、そこから得られた示唆を述べた。まず環境運動論や環境ガバナンス論では、連携を通じた社会変革といった期待から、セクター横断的連携の意義が強調されてきた。それに対し本論の知見からは、NGOが政策提言を行い、たとえそれが実現したとしても、連携形成条件の選択性から他者変革性の発揮には至らない可能性が示唆される。これは、事業性と異なるNGOのアイデンティティ(運動性)という文脈から、近年政策提言を再定位する見方にも、新たな議論を喚起するものである。また連携の帰結に関し、従来NPO論で指摘されてきた行政の下請け化と異なるものとして、「実施体制の丸投げ」が生じること、またこの実施体制は相対的に資源の乏しいNGO側に期待・依存するため、政策的成果が乏しいものにならざるをえず、またその成果の乏しさから、さらなる政策提言運動と丸投げ的実施体制を繰り返すという、「循環構造」に陥る可能性があることを考察した。この循環構造は、環境問題解決にあたって「対症療法」につながりうる。以上にもとづき最後に、今後の検討課題を提起した。