17、18世紀フランスにおける製本術研究

野村 悠里

本論文は、17、18世紀フランスにおける製本職人による本づくりの世界を明らかにし、一枚の紙を折り畳み、折丁を束ねて一冊の本にし、箔押しで装飾する工程の技術的発展を分析することを目的とする。17、18世紀の製本は、王侯貴族の庇護を背景に、金箔押し装幀の最も豪奢で洗練したデザインを創りだした時期と言われている。本論文では、表紙の豪華さや技術的円熟とは裏腹に、製本職人の手仕事は形骸化し、製本内部の構造や箔押しの作業は簡略化していったのではないかという論述を試みる。表層のデザインばかりではなく、重層的な綴じの構造を通して、17、18世紀における製本術の変容を分析する。

本論文は二部より構成され、第一部「製本づくりの世界」は五章から成る。まず、第一章「17、18世紀における製本のかたち」においては、読者の作法と身分による差別化という視点を手がかりに、製本された書物の形態における内と外に着目し、多様な綴じを概観する。17世紀における羊皮紙製本の衰退と、それと共に台頭してきた革製本の分析を進め、さらに紙表紙の流行を検討する。17世紀後半の王令で規定されたのはヴレ・ネールの技法であったが、18世紀初頭に羊皮紙製本の簡便さに代わったのはア・ラ・グレック製本であった。外観の体裁を求める注文主と職人の技量の間で、非合法のフォー・ネール製本の工夫も行われた。

第二章「製本業に生きる人びと」においては、16世紀以前に遡り、パリ大学と王権によって行われた書物の検閲を考察する。17世紀初めの王令によって、書籍商・印刷工・製本職人組合が規定されたが、次第に書店と製本店の経済的格差は大きくなり、不平等が生じた。また、箔押し親方が書店を開業する場合は、書籍商や印刷工と敵対関係となった。こうした状況にもかかわらず、書籍商・印刷工・製本職人組合がすぐに分割されなかったのは、手工業者組合が宗教的結合という側面を併せもち、相互扶助を行うコンフレリと密接な関係をもっていたためであった。

第三章「パリ大学区の製本店」では、17世紀後半の王令による書籍商・印刷工組合と製本職人・箔押し職人組合の分離を分析する。王令によって、製本店には製本の営業特権が与えられ、書店には仮綴本の特権が認められた。しかし、両者の職域をめぐる紛争は収まらず、18世紀に入ると、仮綴じの手法も多様化し、製本の綴じと競合するようになった。製本職人・箔押し職人組合は18世紀半ばに組合規則を改定し、仮綴じを行う書店や製紙店の隣接業種に対して製本との技法の相違を明らかにして、権益を守ろうとした。それに伴って組合内部の統率が強まり、製本親方の序列化が進んだ。

第四章「製本店における技術の継承」においては、製本店の明記としてエチケットを添付したパドゥルー家とその製本業の継承過程を分析する。パドゥルーは、製本史上はじめて王室製本師と組合監督官を兼任し、多様な装幀デザインを生み出した。三世代にわたる製本業の専業化の過程を明らかにし、四世代以降における発禁本の行商人への転落を分析する。また、パドゥルーの製本術を取り入れたドゥローム家が、どのように製本業を継承したかに関して考察する。ドゥローム家は、王室製本師には任命されなかったが、製本業者同士の婚姻による経営拡大を行い、組合監督に就任することで同業者における地位を保ったことが特徴であった。

第一部末尾の第五章「製本術の記録化」では、『百科全書』と王立科学アカデミーによる製本技術書の編纂について検討を行う。18世紀後半の王立科学アカデミー『技芸の詳述』にはデュダン著『製本職人・箔押し職人の技術』が所収されたが、既に基礎論考となる活字・印刷・製本に関する分析は、18世紀初頭に王立科学アカデミー会員によって執筆されていた。刊行過程を追い、活字鋳造の規格化の社会的背景を明らかにする。また、デュダンが技術書を執筆の際に参照したルモニエ家とゴフクールの製本手引書について検討を行う。製本術の記録化ではアール・メカニックの手仕事を思弁的な学によって論ずることが行われたが、製本術の分析は活字鋳造や印刷の論稿とは対照的に、規格化に追いついていなかった。デュダンの製本技術書の執筆目的は、書物が読者の前に姿を現わす過程を詳らかにすることであった。

第二部「立体構造としての製本」は六章から構成される。印刷された紙を折丁にし、折丁を束ねて一冊の本とし、表紙を装飾するまでの工程を考察する。第一章「折丁の連なり」では、折丁を叩く作業、折丁に穴を開ける作業、かがりの作業に関して各々分析し、製本職人がどのように複数の折丁を束ねて綴じたかを検討する。18世紀の製本店には、王令によってヴレ・ネール製本が保証され、コンセイユ・デタの裁決によってア・ラ・グレック製本の両方が合法的に認められていたが、いずれの技法の場合もさまざまな技術的工夫で作業時間の短縮が行われた。折丁を束ねる点において、製本と仮綴本の工程は類似しているが、折丁の叩き方やかがりの手法は異なった。しかし、カムロット(粗悪品)が出回り、相対的に製本と仮綴本の手法に接近がみられた。

第二章「本の立体化」では、カルトンを付ける工程、背の裏打ち、小口の断裁、背バンドを縛る作業を分析する。ヴレ・ネール製本とア・ラ・グレック製本の綴じを比較し、本を立体化する工程における相違を分析する。王令の定めるヴレ・ネール製本は支持体の突起があるため、背表紙の平らなア・ラ・グレック製本と比較すると、作業は煩雑であった。しかし、王令では背の裏打ち材料は限定されるものの、手法については規定がなく、製本職人は作業を簡便にすることも構造を丈夫にすることもできた。粗悪な製本は、本の立体化に関わる作業を著しく簡便にしていった。

第三章「綴じの機能と装飾」においては、綴じの機能性よりも、外観の装飾性が重視されていった製本の各部分の構造を分析する。具体的には小口の装飾、マーブル染め、天地の花布を検討する。また、18世紀中葉の青本に残された製本工程を手がかりに、非合法であったフォー・ネール製本について分析を行う。王令が定めていたのはヴレ・ネール製本であったが、製本店では作業が著しく形骸化していった。作業を簡略化して量産をするために、書物の綴じは構造上の機能を失い、フォー・ネールは飾りとしての役割しか果たさなかった。小口装飾や花布の手法も変化し、装飾性が第一となっていった。

第四章「箔押しによる装飾」では、背表紙と表紙について金箔押しの技術的発展を検討する。一点目に背表紙については、活字とタイトル押しの関係について分析を行う。書物の背表紙は書棚に並ぶため、箔押しの外観は重要であったが、ヴレ・ネール製本では支持体の区画で装飾をするという制約があった。ア・ラ・グレック製本においてはヴレ・ネールと同様に、あたかも綴じのバンドがあるように装飾する工夫が行われた。二点目に表紙については、下書きの構図を考察する。M. ミシェルの分類に従えば、17世紀における表紙デザインのポワンティエ装幀は繰り返しの様式であり、18世紀のダンテルは縁飾りにあたる。このことは一世紀を通じて下書きの補助線が変化したことを示している。

第五章「点と線の集合としての面」においては、17世紀前半のポワンティエ装幀の変化を分析する。デザインを構成する箔押し道具の刻印紋様の型を分析し、表紙画面における型の動きを検証する。また、ダンテル装幀へ移行する中間形態として、デュ=スイユ、パドゥルーによる絵画的な装幀と方眼を基礎に構成されたモザイク装幀への展開を追う。移行過程においては、補助線に基づいて構成される紋様づくりのパターンに変化が生じた。ポワンティエ装幀の組紐紋様の規格は次第に崩れ、やがて円弧の輪郭線自体を失ったダンテル装幀へと向かっていったと考えられる。

第六章「空所の誕生」では、18世紀におけるダンテル装幀の技術的展開を検討する。まず、王立科学アカデミーの活字鋳造の規格化に影響を受けた大型本の金版による箔押しを分析し、小型本におけるダンテル装幀の展開を考察する。ロココ調のダンテル装幀は、パリ大学区の製本店に広く受け入れられ、金版技法は小型本のアルマナの量産を可能とした。18世紀後半の箔押し技術は、どの職人が行っても一定品質で生産できる均質な規則性と周期性をもつ手法へ変化していった。しかし、金箔を扱う隣接業者が小型本の装飾に新規参入をするようになり、もはや製本店では伝統的な手法に捉われない手法を開発せざるをえなくなった。やがて革命によって手工業者組合は解体し、王室製本師による製本づくりの歴史は中断した。

先行する17、18世紀フランスの製本史研究においては、王侯貴族の金箔押しを時系列的で説明する方法が採られ、製本職人の本づくりそのものを検証することは十分に行われてこなかった。本論文の考察により、出版統制という制約があるなかで、合法的にあるいは非合法的に製本術を改良して、綴じを簡潔にし、装飾の差別化を図っていった流れが明らかとなった。背景には隣接業種との紛争があり、仮綴本の多様な綴じが普及したこと、さらに金箔装飾の技法においても職域紛争があったことが挙げられる。しかしながら、製本された書物はバラバラに解体すれば折丁は紙になり、綴じた本ではなくなる。断片は素材へと戻っていくのであり、革や紙を生産する他の手工業組合へとつながる。製本とはこうした労働者の相互関連性によって作られる重層構造であり、製本職人の所作によって立体化される一連の工程であった。17、18世紀の金箔押し装幀は表紙の豪奢とは反対に、綴じや箔押しの製本術を簡便にしていったと結論付けることができる。

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