「日本語と朝鮮語の談話における形式と機能の関係―中途終了発話文の出現を中心に―」

髙木 丈也

本稿は、音声言語としての談話に特徴的にみられる中途終了発話文といった「発話形式」を取り上げ、それが相互作用の中でいかなる「機能」を担い、談話展開に貢献しているのかを、談話文法という観点から記述しようとするものである。各章の概要は以下のとおりである:

 

 まず、第1章では、研究動機と問題の所在について述べるとともに、分析対象と方法論に関する前提を構築した。ここでは、談話と文章の区別や、談話分析と会話分析の方法論の違いについて明確に示したうえで、本稿における分析対象が、話されたことばたる「談話」であること、分析過程においては、言語学における談話分析の手法を基本としながらも、社会学的観点を取り入れた会話分析の方法論も取り入れることを明らかにした。

 

第2章では、調査、分析の方法について述べた。具体的には、本稿の研究における主たる分析対象となる各言語21ずつの2者間談話の参与者が、性別、年代、親疎関係、年齢の上下差という発話者の属性や、対話者との関係により、統制がなされたものであることを示すとともに、音声資料の文字化方法、発話文認定の原則についても述べた。また、第8章で行なう、言語使用への意識の分析において用いる、質問紙調査の被験者情報についても述べた。

 

第3章では、日本語と朝鮮語の談話における品詞分類、用言の活用形、発話形式に関する理論的枠組みを構築した後、主要な先行研究において、中途終了発話文、発話機能がどのように論じられてきたかを概観し、それらに対する本稿の定義、下位分類を示した。また、それぞれの出現状況について、計量化したデータもともにみた。

本稿における中途終了発話文の定義は、形態・統語論、話者交替と音声、発話意図伝達という3つの観点を取り入れており、発話に関わるより広い要素を考慮した精密な同定を可能にするものである。データの分析では、中途終了発話文の談話全体における生起比率は、日本語でより高い数値をみせること、形態論的下位分類は、日本語においてより多くの類型が存在すること、結果としてその使用域は、日本語談話で相対的に広いことが確認された。また、発話機能については、8種の機能項目が確認され、日本語と朝鮮語の発話文が、相互作用において「情報の授受」に関わる発話機能を強く有していることも確認した。

 

第4章では、日本語と朝鮮語の談話における「形式」と「機能」の関係をみるために、特に中途終了発話文が「情報要求」という発話機能を持つ場合に焦点を当てて分析した。具体的な手順としては、まず、情報要求発話を3種の「談話機能」により分類したうえで、それらの談話における出現様相について、形式と機能という観点から、発話者の属性や、対話者との関係という要因ごとに分析を行なった。

分析の結果、談話における実現形態としての情報要求の中途終了発話文は、両言語の談話文脈の中で、それぞれ異なる発話効果を生み出す装置として機能しており、話者はそれらを相互作用の中でポライトネスやスピーチレベルを調整するためのストラテジーとして異なる場面で選択、使用していることが確認された。具体的には、それらの差異を形成する要因として深く関わっているのは、発話者の年代と親疎関係であり、そのあとに年齢の上下差が続き、発話者の性別による違いは小さいということが明らかになった。また、非中途終了発話文については、発話者の属性や、対話者との関係といった要因が、発話文の出現に与える影響は弱いということも確認された。

 

第5章では、質問(発話機能としては、情報要求) を表す中途終了発話文の出現について、周辺発話との関係という枠組みの中で分析を行なった。具体的な手順としては、任意の発話文が、質問文として機能することを可能にする要素を「質問表示」と称し、この質問表示が両言語の中途終了発話文にいかに現れているかを談話文脈の中で分析することにより、文末に終止形語尾を持たない発話文や、そもそも明示的な質問要素を持たない発話文が、ターンを構成し、質問文として機能する要因を探った。

分析の結果、中途終了発話文という、文末に終止形式が現れない発話が質問文として機能することを可能にするのは、発話文表層における明示的な質問表示(3種)が現れる場合のみならず、非明示的な質問表示(9種)によるところも大きいことが明らかになった。なお、これらの質問表示要素の選択にあたっては、日本語では非明示的な質問表示を多用するのに対し、朝鮮語では明示的な質問表示を多用するという異なった傾向をみせており、日本語談話においては、特に非明示的な質問表示の中でも、一貫性を持つ中途終了発話文が多く現れることが確認された。

 

第6章では、質問を表す発話文の動的機能を解明するために、発話連鎖という概念を導入し、質問発話としての中途終了発話文、非中途終了発話文が、いかなる連鎖組織を生み出し、以降の談話展開に影響を与えているかを分析した。具体的な手順としては、第1部分としての「質問」発話に隣接する第2部分全体を「応答」発話とみなし、それを「情報提供」を表す発話、「情報提供以外」を表す発話に分類したうえで、そこにいかなる発話が現れ、相互作用を促進しているかを形式、機能という観点から分析した。

分析の結果、質問に続く応答発話の出現をみると、日本語でも朝鮮語でも、全体の半数以上は、「情報提供以外」を表す発話により現れることが確認された。

両言語の差異を形成する要因について分析すると、発話形式においては、第2部分が「情報提供」を表す発話であるときに、発話機能においては、第2部分が「情報提供以外」を表す発話であるとき、その中でも、注目提供や、情報要求といった発話機能を持つ発話であるときに特徴的な差を示すことが確認された。なお、応答発話の発話形式、発話機能の選択にあたっては、ストラテジーとしての談話展開機能が関与していることも明らかになり、日本語では円滑な談話展開の志向、対話者への配慮、朝鮮語では談話展開へのより強い関与、先行発話内容への情報追加が選択されやすいという傾向をみせることも確認された。

 

第7章では、談話展開上のストラテジーとして用いられる「くり返し発話」の出現について分析した。具体的な手順としては、分析発話の形式と談話展開機能に注目し、日本語と朝鮮語の発話文生成と、談話展開に関するさらなる特徴の分析を行なった。

分析の結果、日本語談話では、朝鮮語談話に比べ、くり返し発話が多く出現することが明らかになった。また、発話形式についてみると、日本語談話では、完全なくり返し、または文/節・句レベルのくり返しが、朝鮮語談話では一部をやや変えたくり返し、または、語レベルのくり返しがより多く現れることが明らかになった。こうした特徴は、日本語話者が言語表現を対話者の発話に合わせた協調的な談話展開をより好むこと、日本語の発話文は、文末形式を構成する形態素の自由度が高いこと、朝鮮語談話では、そもそも語レベルで終わる中途終了発話文が現れやすいことなどと関係するものである。さらに、談話展開機能についてみると、日本語話者は共有型の、朝鮮語話者は要求型の談話展開を好むということも明らかになった。

 

第8章では、両言語の話者を対象に質問紙調査を実施し、発話文に対する意識と談話における使用様相についてさらなる分析を行なった。具体的な手順としては、日本語と朝鮮語を母語とする各言語120名ずつの被験者に実施した調査の結果をもとに質問表現に対する意識、発話文生成に対する意識について分析を行なった。

分析の結果、質問表現に対する意識については、非中途終了発話文は、日本語でも朝鮮語でも肯定的な印象を持たれる発話形式であるが、日本語においては否定的な印象もあるため、その談話における使用は、朝鮮語で相対的に多くなるということ、中途終了発話文は、日本語で肯定寄りの印象を持たれており、「気軽である」との評価が比較的高いこと、日本語では倒置や、疑問詞の現れない中途終了発話文が、より肯定的と捉えられていることなどが明らかになった。

また、発話文生成に対する意識については、先行発話の言い換え、先行発話のくり返しにより中途終了発話文への質問表示がされる場合は、実際の言語使用とほぼ類似した意識を持つということ、間投詞(フィラー)、接続詞、とりたて助詞により質問表示がされる場合は、朝鮮語話者においては、実際の言語使用と、意識の間に乖離が確認され、それは、疑似会話体に対する許容度の高さや、日本のアニメやドラマの翻訳による影響を受けている可能性があることなどが明らかになった。

 

 第9章では、本稿における議論を総括するとともに、本稿の意義、課題について述べた。

 

 一連の議論により、日本語と朝鮮語の発話文は、「発話形式」としては、類似した体系を持ちながらも、それが談話における出現するに際しては、形式、機能、発話連鎖(談話展開)、発話者の属性/対話者との関係といった諸レベルにおいて、異なる生成要因が作用しており、その結果、「質問」→「応答」という連鎖が出現する場合にも、異なる発話形式や、発話機能による発話の出現が認められる、ということが明らかになった。これらの分析から、談話における発話文は、もはや単一的な「形式」と「意味」によってのみ規定されるものではなく、言語が使用される場としての談話文脈という複雑な体系の中で存在しているということが確認された。

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