中世日記文学の研究―阿仏尼から『とはずがたり』へ―

高木 周

本論文では、中世日記文学のうち、特に後深草院二条の『とはずがたり』を中心に研究した。『とはずがたり』が二条の生涯を描く表現の特性を究明することを主眼とした。併せて、『とはずがたり』と関連する阿仏尼の作品についても研究した。二者の日記における人生と心性の表現を、主に中古・中世の物語や和歌の表現と比較することで、解明した。日記が物語や和歌の人物像・表現を受容する側面と、日記固有の人間像・人生観を表出する様相を明らかにした。
 阿仏尼の作品を研究した第一部では、まず消息文『阿仏の文』における女房の心構え論を読解し、次に『十六夜日記』の贈答歌の表現性を考察した。
 第一章では、『阿仏の文』において阿仏尼が宮仕えをする娘に説く、后がねの女房としての心構えを論じた。その心構えは、自らの発言を慎んで心情表出を抑制する姿勢であり、同時代の『十訓抄』の教訓とも共通する。『阿仏の文』では主君の寵が芳しからぬ時も「心長く」つまり気長に堪えて仕え、皇子を授かり育むのが肝要とされる。このような心構えを備えた模範とされる「世継」の「三条の后」として、『栄花物語』が語る三条帝の皇后の藤原娍子を比定した。また、『阿仏の文』は言行が「末通る」事、つまり貫徹する事を娘に求め、技芸・仏道を「底」即ち奥底まで極める事を勧める。以上の心構え論と『とはずがたり』が語る二条の宮仕えや出家後のありかたを比較し、『阿仏の文』は二条の生き方においても重要な心操を指し示していることを解明した。
 第二章では、『十六夜日記』の鎌倉滞在記における阿仏尼と都人の文通に伴う贈答歌の表現性を考察した。贈答歌を、関連する勅撰集歌や『安嘉門院四条五百首』とともに読解し、贈答の歌語の反復と呼応によって生じる表現性を把握した。贈答の表現には阿仏尼の命の無常を想う心が投影されており、それと背中合わせに都人との再会と歌の家の継承を祈願する思いを都人と共有するさまを表すことが滞在記の執筆動機であることを解明した。また、滞在記の贈答集成という形式は、『康資王母集』における東に下った歌人が都人と交わす贈答歌群などを先例とするが、滞在記は照応する贈答の首尾一貫した編成によって共同の祈願を表現した点で独自性を有することを明らかにした。       
 第二部では、『とはずがたり』における二条と人々のえにしと生死の表現を研究した。『とはずがたり』がくり返し語るテーマである二条の父の死や、二条の遁世をめぐる葛藤、そして後深草院との宿縁を焦点とし、その表現性を解明した。第一に同日記と物語・説話の人物像の関連性、第二に日記の和歌表現という二つの視点から研究した。
 第一章では、父の死をうけとめて生きる二条像の語り方につき、第一に作り物語との関連性、第二に父の死をめぐる石清水八幡の託宣の位置づけ、という二つの観点から考察した。第一に、父の死と二条の身の上について、中古・中世の作り物語が描く父の死とその娘の境遇を模倣して語る傾向を検証するとともに、その物語における女君が帝寵を受けて皇子を産む人生とは対照的に、二条が父の死を看取り、皇子を喪い、後深草院の寵の移ろいに悩む前半生を独自に描く様相を把握した。第二に、その前半生の不幸を、後半生では八幡の託宣に基づいて、父の後生菩提のために引き受けた運命と捉え返す二条の人生観の変容を表すことが『とはずがたり』の執筆動機として重要であることを明らかにした。
 第二章では、『とはずがたり』巻二で「傾城」と呼ばれる女性が後深草院の寵愛を失して遁世した逸話の意義を考察した。第一に、傾城の人物像と共通性のある中古中世の物語・説話の女性像を検討し、特に『なよ竹物語』の後嵯峨帝の寵を受ける里人の女が傾城に近い存在として描かれていることを論証した。第二に、傾城の遁世の機縁を示す「憂きはうれし」という定型句につき、中世文学(説話、和歌等)における用法と『とはずがたり』における意義を検証した。『とはずがたり』では同表現の定型通りには遁世しがたい愛執を抱く人物像が描かれ、二条は傾城の遁世に憧れつつも後深草院との契りに執する存在として造型されていることを解明した。
 第三章では、『とはずがたり』巻二の女楽の場面を中心に、琵琶をめぐる二条像の表現を検討した。琵琶は二条の父方の久我家の誇る芸能であるが、女楽で二条は家の芸の「面目」を傷つけられ、琵琶の緒を断ち、それを「思ひ切り」と詠う。「思ひ切り」という表現を焦点とし、第一に中世の音楽説話との比較、第二に中世和歌における同表現との比較を行った。第一に、「思ひ切り」は『文机談』で西流琵琶師範が家芸の「面目」を失って琵琶を断つことを表す例があり、二条の例と共通性が見いだせた。第二に、「思ひ切り」という和歌表現は、出家を意味するとともに断ちがたい執着をも表し、二条が遁世を願うが後深草院への愛執というほだしによって出家を果たせないことと通底する。総じて琵琶は二条の家の矜持と不遇、遁世願望と主君への執心の葛藤を表す媒体であり、琵琶への執念が『とはずがたり』執筆の動機の一つであるという結論に至った。
 第四章では、『とはずがたり』で反復される歌語の表現性を検討した。第一に、「いつまで草」は、和歌や『栄花物語』で無常や夫の心の定めなさを示す表現史を背景とし、死の恐れや、後深草院の寵を頼む二条の宮仕えがいつまでも続かないという予感を示し、院の変心と出仕の終焉に至る軌跡を表すことを解明した。第二に、「なるみ」に関する表現は、『うたたね』にもみられ、身のなりゆきの不安を示し、二条の懐妊中に多く用いられて子や恋人との愛別離苦の予兆を示す傾向が見いだせた。第三に、「心の色」は、同時代における盛行や西行和歌の影響を受け、二条と男たちの恋情を示す表現であり、殊に巻四で院と二条が「心の色」の呼応によって宿縁を確かめ合う表現性が重要であると把握した。結論として、三つの歌語は二条と人々のえにしや死別というテーマを担い、その反復は二条の身の上を語る上で独自の表現方法であると位置づけた。
 第五章では、『とはずがたり』巻五で二条が故人の形見への思いを詠んだ和歌の表現性を考察した。二条が亡き後深草院や父母の供養のために母の形見を手放す際の歌は、古歌における親を弔う貧女像を二条像に重ねることで、亡母への追悼を表す。父の形見を売る際の歌は、父の死の直後における二条の哀傷歌を連想させ、二条が哀傷を反芻しつつ亡父供養の志を確かめるさまを表す。院の形見の御影をめぐる歌は、帝王の御影に対する出羽弁などの哀傷歌を先例とし、院に対する二条の追慕を表現する。以上の形見の歌は、死者と二条の宿縁にまつわる追想を表し、親の死から院の死に至る二条の生を回想する表現性を有することを解明した。
 第三部では、阿仏尼の日記と『とはずがたり』における西行和歌と『西行物語』の受容を研究した。西行は阿仏尼と二条の日記の表現を触発する存在として重要であり、特に『とはずがたり』は西行の歌と物語をふまえて二条の遁世後の旅や院への思慕、月のイメージを表現することを解明した。『とはずがたり』の旅・恋・月の表現における西行受容が阿仏尼の日記の西行受容と共通する側面も併せて指摘した。
 第一章では、阿仏尼の日記における西行受容を論じた。まず、『うたたね』は女が恋の物思いを抱いて月をながめる心象風景を西行の恋歌に基づいて描くことを指摘した。次に、『十六夜日記』の路次の記は、『西行物語』の西行が天中川で打擲に耐えた逸話や、さやの中山を越える命の感慨を示す西行詠をふまえ、阿仏尼が無常を観じつつ旅を重ねる己が命のめぐりあわせを感受するさまを描くことを論証した。また、鎌倉滞在記では都人と阿仏尼の月を通じた交感を表す贈答が西行の旅の月歌の表現と通底することを解明した。
 第二章では、『とはずがたり』巻四の東国下向の記事における西行の影響を考察した。まず、「西行が修行の記」(巻一)に描かれる西行像を『西行物語』諸本と比較して検討し、その西行像が巻四の旅立つ二条像に与えた影響を指摘した。また、二条の旅の表現における西行歌の受容方法を考察した。西行が歌において花を愛でてたゆたい、月をながめて都人を想い、煙に恋の物思いを託す表現をふまえ、二条が花の下にやすらい、月を見て都の旧主を偲び、煙に恋故の遁世の記憶を託すさまを表す手法を解明した。巻四の東下の記事は総じて、二条が西行の跡をふんで旅するとともに巻三までの過去を回想する道程を表すことを明らかにした。
 第三章では、『とはずがたり』巻四・五における二条の後深草院への思慕の表現に対する西行の影響を論じた。二条が武蔵野、二見浦等を旅する折に詠んだ歌は、雲井に隈なく照る月を仰いで都の院を思慕することを表し、西行が月をながめることで募る恋人・都人への慕情を詠んだ恋・旅の歌をふまえることを論証した。『とはずがたり』は西行歌に倣う月の表現を反復し、照応させることで、二条が院をその崩御に至るまで追慕し続け、院と共に在った自己の生の源を回想するさまを独自に表現していることを解明した。併せて、院を思慕する二条像は、『西行物語』などの西行説話で旧主を追慕する人物像と共通し、『山家集』で主君の崩御を悼む哀傷歌を詠む女房像とも接点を有することを明らかにした。

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