本論文では、対人場面における問題を解決するやり方として、コントロール方略という概念を扱う。コントロールに関する先行研究では、2つの対立する主張が存在し、それに対して本論文では3つの解釈を与えることを目指した。

コントロールとは、自分の意図したように状況を変えていくことを指す(Weisz, Rothbaum, & Blackburn, 1984)。コントロールを二分したRothbaum, Weisz, & Snyder (1982) によると、一次的コントロールとは自己の要求に合わせて外界を変化させることを指す。他方、二次的コントロールとは自己を変化させて外界に合わせることを指す。

以後、この二分法に基づいて多くの研究発表がなされた。本論文の第Ⅰ部では、先行研究を(a) コントロールの分類法 (b) コントロールの優位性 (c) コントロールとウェルビーイングとの関連という3つに分けてレビューした。

日本人のコントロールに関して、先行研究では2つの対立する主張がある。1つはWeisz et al. (1984) に代表される相対説で、日本人にとって一次的コントロールよりも二次的コントロールの方が優勢である (primacyを持つ) とする立場である。もう1つはHeckhausen & Schulz (1995) に代表される普遍説で、日本人に限らずどの文化に所属する人であっても、またどのような年齢の人であっても、一次的コントロールの方が二次的コントロールよりも優勢であるとする立場である。優勢という言葉の意味は複数あり得るが、この矛盾を解く鍵として以下の3つの可能性が挙げられる。1つ目に扱われている状況が研究間で異なる可能性、2つ目にコントロールの概念が研究間で異なる可能性、3つ目に理想とする行動と実際に行われる行動という区別が考慮されていない可能性である。本論文は以上の論点に対して、以下のようにアプローチした。

第一の可能性を検討するため、対人場面を個人的な達成が関わる場面、集団的な達成が関わる場面、対人的な葛藤が関わる場面の3つに分類した。本論文の実証編ではこの分類を採用した。

第二に、コントロールの概念分析を行うため、コントロールの新たな分類法を提案し、その信頼性と妥当性を検討した。本論文ではYamaguchi (2001) を参考にし、一次的コントロールを (a) 個人直接コントロール (相手に直接言うなど) (b) 個人間接コントロール (相手に意見をほのめかすなど) (c) 代理コントロール (他者に頼んで代わりに解決してもらうなど) (d) 集団直接コントロール (関わっている全員で相手に直接言うなど) (e) 集団間接コントロール (関わっている全員で相手も含めて話し合いをするなど) 5種、二次的コントロール (自分の認知、感情、行動を変化させること) 1種とする分類法を採用した。

第三に、各コントロールを理想として行いたい程度 (理想的選択度合い) と実際に行うであろう程度 (現実的選択度合い) を分割して測定することを提案した。

以上の理論編が第Ⅰ部である。実証編の第Ⅱ部から第Ⅳ部では研究1から研究6まで行った。各研究で示されたことを以下にまとめる。なお、実証編ではコントロール“方略”という用語を一貫して使用した。

研究1では、本論文で提案したコントロール方略の分類法の信頼性が確認された。具体的には、研究参加者が自由に記述したコントロール方略を2名の評定者が本分類法に基づいてカテゴリ分けした結果、その評定者間の判断が非常に高い割合で一致していた。これは、その分類法がしっかりとした意味を成し、研究者以外の人でも十分に理解でき、重複や混乱が起こりにくいものであるということを示している。また、一次的コントロール方略と二次的コントロール方略を合わせると、対人場面における問題解決方略を非常に高い割合で網羅できていた。

研究2の目的1では、各コントロール方略の志向性と個人特性との関連に基づき、本分類法の構成概念妥当性を示した。具体的には、個人直接コントロール方略の志向性がシャイネスと負に相関し、集団直接コントロール方略および集団間接コントロール方略の志向性が集団主義的傾向と正に相関していた。

研究2の目的2では、各コントロール方略の志向性と状況要因との関連に基づき、本分類法の構成概念妥当性を示した。具体的には、同じ問題を共有する他者が周りに存在すると、代理コントロール方略、集団直接コントロール方略および集団間接コントロール方略がより志向されていた。また、コントロール方略の対象者と親しくない時にも、これらのコントロール方略がより志向されていた。さらに、状況に対して不満がある時に、個人直接コントロール方略がより志向され、二次的コントロール方略がより避けられていた。

研究3では、各一次的コントロール方略の特徴や選択されやすさを探索的に調査した。具体的には、問題解決にとっての有効性、方略実行による対象者との関係性の変化、当人にとっての個人的な好ましさを各方略について尋ね、さらに、行う可能性が最も高いまたは低いものを選択してもらった。その結果、“好ましい (理想的)”方略と“行うであろう (現実的)”方略が一致しない可能性が示された。

研究4では、各コントロール方略を理想として取りたい度合いと現実的に取る度合いの2種に分離して測定することを試みた。その結果、個人直接コントロール方略は、一貫して理想的選択度合いが現実的選択度合いを上回っていたのに対し、二次的コントロール方略は、一貫して現実的選択度合いが理想的選択度合いを上回っていた。他のコントロール方略では、理想的選択度合いが現実的選択度合いを上回ることが多かったものの、そうならないケースも見受けられた。この結果に基づき、理想的選択度合いと現実的選択度合いのギャップに関しての3分類モデル (個人直接コントロール方略―他のコントロール方略―二次的コントロール方略) が提案された。

研究5では、“理想―現実”ギャップに関する3分類モデルが、状況を超えても頑健なものであるかを検討し、そのギャップに関連する要因として個人特性と状況要因を取り上げた。その結果、状況を変動させても“理想―現実”ギャップのパターンが頑健であり、3分類モデルは支持された。また、個人直接コントロール方略の“理想―現実”ギャップを個人特性 (相互協調的自己観、対人的傷つきやすさ) および状況認知 (実行による相手との関係性変化の予測) と相関させ、これら対人的な要因と関連することを明らかにした。

研究6では、“理想―現実”ギャップに関する3分類モデルの頑健性を再度検討し、そのギャップに関連する要因として個人特性と状況要因と文化を取り上げた。その結果、特に個人達成場面では3分類モデルが支持されなかったものの、その他の場面では3分類モデルが概ね支持された。また、個人直接コントロール方略の“理想―現実”のギャップを個人特性 (自尊心、促進焦点、予防焦点) と文化により予測しようとしたところ、要因のどれか1つのみが作用するのではなく、これらのインタープレイに着目する必要性が示された。

第Ⅴ部では本論文のインプリケーションを記述した。まず、本分類法の利点として、明瞭性と理論的厳密性の2つが挙げられた。次に、コントロール方略の“理想―現実”ギャップに関する3分類モデルについて、関連する要因について触れた。さらに、コントロールの優位性に関する相対説と普遍説という2つの対立する主張に対して、本論文で挙げられた3つの解釈可能性について、実証データで明らかにされた部分を強調した。

最後に、今後の展望を6つ挙げた。具体的には、(a) 本分類法や“理想―現実”ギャップに関する3分類モデルの精緻化 (b) 知見の外的妥当性の検討 (c) コントロール方略実行後の帰結の検討 (d) 理想的選択と現実的選択に加え義務的選択の検討 (e) “理想―現実”ギャップの説明項としてマクロレベルの変数の追加 (f) ウェルビーイングとの関連の比較文化的検討が挙げられた。