中国古典文学に描かれた厠と井戸の研究―正と負の厠神・井戸をめぐる・轆轤と瓶―

山﨑 藍

本稿は、中国古典文学に描かれる厠と井戸の描写を分析し、古代中国の人々が厠や井戸をどのような場所と認識していたかを考察するものである。

 第一章「六朝、唐代の厠観について──正と負の厠神──」では、主に六朝から唐代まで、厠という空間がどのような場所と考えられていたかを論じた。本章では、厠をこの世と異界との「境界」と見る日本民俗学の成果をもとに、歳時記や文言小説といった文献に加え、糞尿の効能について言及した本草書や、厠の禁忌が記された日用類書をも使用して分析を行い、中国の厠神には凶神と富神の二種類の神が存在し、正と負の「厠観」(厠に対するイメージ)があることを述べ、厠という空間のもつ二面性を指摘した。また日本の厠神は「厠にいる神」であり、人間の眼に姿が見えず、禁忌を犯さない限り、人間に害を為さないのに対し、中国の厠神は、美しい女性や奇怪な化け物など様々な姿を持って、自在に厠を抜け出すものであることを指摘し、中国の厠神が吉凶二つの性格を持つことの背景には、日本とは異なる厠神の旺盛な「行動力」があったのではないかと考察した。

 厠の研究と併せ、厠と同様に縦穴の構造をもつ井戸の分析を進めた。文言小説では、この世と異界を繋ぐ境界としての井戸が多く描かれており、この点は、多くの先行研究によって指摘されている。しかし筆者は、文言小説に加えて中国古典詩歌を検討した結果、詩歌ではこのような「境界としての井戸」は描かれず、詩歌と小説では井戸の何処に注目するかが異なっているとする新たな見解を、第二章「元稹悼亡詩「夢井」新釈──中国古代における井戸観の一側面──」において提示した。第二章では、後漢揚雄「酒箴」の分析や、壺状の容器には魂の依り代としての機能があるとする小南一郎氏の見解(「壺型の宇宙」『東方学報』第六十一冊、一九八九年)を井戸の瓶(つるべ)の解釈に応用し、瓶にも魂の依り代としての機能があることを指摘した。そしてこの瓶の機能に基づいて中唐の詩人元稹が制作した悼亡詩「夢井」を分析し、この詩が中国古典詩に普遍的な井戸像を取り入れず、むしろ文言小説で描かれる「境界としての井戸」の発想をもとに作られた、独創的な作品であることを提起し、この作品の新たな解釈を示した。

第三章「死者を悼んで旋回する――元稹「夢井」における「遶井」の意味――」では、第二章で採り上げた唐元稹の悼亡詩「夢井」の中で、妻を悼む男性が二度行っている「井戸をめぐる」(「夢井」では「遶井」と詠まれている)行為について検討した。ものの周囲をめぐる行為は、神霊の送迎や婚姻など、様々な儀礼の一環として行われていたとする日本民俗学や歴史学の先行研究を踏まえ、墓や棺、死者の周りをめぐる行為を描いた経書や中国歴代の詩歌・小説などを分析し、「遶井」の意味を検討した。その結果、一度目の「遶井」は、男性が無意識に行った旋回により、亡くなった妻の魂が招かれ、咸陽の墓穴から井戸を通り、主人公の前に現れたものであると解釈した。二度目の「遶井」は、一度目の「遶井」によって招かれた妻の魂が瓶に宿り、今にも地の底に沈まんとしているのを見た主人公が、妻の死を悼み、別れの悲しみを吐露する為に行った行為であるとする見解を示した。招魂のための旋回は、宋代以降はほとんど例を見ないが、死者を悼んで行う旋回は、『礼記』「壇弓下」の季札に始まり、今日でも中国各地で行われている。この例からも明らかなように、一定の形式をもって繰り返し行われる行為は何らかの強固な意味を持っていたことが想像され、このような行為の意味を研究することは文学作品の理解を深める上でも大きな意義を持っていることを提起した。

第四章「「牀」について――李白「長干行二首 其一」の解釈と旋回儀礼――」では、第三章と同じく「遶」という行為を行う李白「長干行二首 其一」を取り上げた。「長干行二首 其一」の第四句「遶牀弄青梅(牀を遶りて青梅を弄す)」については、梅の実が民俗的に男女の愛の象徴となり得たとする指摘がある。しかし「遶牀」に対しては「牀」が井牀か、ベッドか、物を置く台(几案)かを考証する成果は数多くあるものの、「牀を遶る」という行為に着目した研究は管見の限りない。本論は中国の様々な古典文献が、婚姻における旋回儀礼を記録していることに注目し、それらを検討した結果、唐代には北方民族の習俗に基づき、新郎新婦の寝室として設けた「廬」の周囲を旋回する儀礼が行われていたことを確認した。また「牀」を詠った詩歌を分析し、「牀」が井げたを指す場合、詩の中に「井」や「轆轤」、井戸の側に植えられることの多い「梧桐」などの語が見られ、それらの語のない場合、「牀」はほとんどベッドあるいは几案を意味することを指摘した。さらに中国では井戸は不吉なものと出会う場所とされ、婚礼の際には、むしろで覆うなど、その害を防ぐ措置が厳重に行われていたことを指摘した。

以上を総合して、「長干行二首 其一」の冒頭を次のように解釈した。まず門前で花を折って遊んでいた女児の前に、男児が竹馬に乗って現れ、女児は男児に淡い恋心を抱いた。第四句「遶牀弄青梅」は男児の行為であるが、この順序で行われたと取る必要はなく、「梅を弄しつつ、牀を遶った」と考えればよい。「擲果」は女性から男性への愛情表現であるという原則に照らせば、今男児の手に梅があることは、女児から男児へ擲果が行われたことを意味する。女児からの好意の表明に対し、男児は婚姻儀礼の真似である「遶牀」を行い、自分も女児に好意を持つことを示した。この「牀」は唐代の婚礼における「廬」に当たり、「井」は婚礼の際に不吉なものとされていたことからすれば、井げたではなく、ベッドと考えるべきであると結論づけた。

第五章「李賀「後園鑿井」考――六朝・唐代における瓶、轆轤の描写を通じて──」においては、第二章で述べた、井戸の瓶(つるべ)が、魂の依り代としての機能をもつことに加え、この瓶を上下させる滑車「轆轤」が、どのように描かれるかを分析し、第一、二句「井上轆轤、牀上転(井上の轆轤、牀上に転ず)」の解釈を試みた。分析の結果、(一)女性が恋人を思う詩に井戸が描かれることは、六朝以来数多く見られるが、同じ主題で轆轤を詠んだ詩は唐代になってから現れたこと(二)唐王昌齢「行路難」や唐顧況「悲歌」などから、轆轤が回転することが、男性の心変わりを暗示するものであることが明らかになった。また、第三、四句「水声繁 糸声浅(水声繁く 糸声浅し)」の解釈では、李賀の作品において対表現として用いられている「繁」・「浅」の意味を考察し、「繁」と「浅」は相対立する意味で使われているもので、水音と縄の音が相和しているとする従来の解釈は妥当ではないことを指摘した。以上の分析を総合し、李賀「後園鑿井」は、従来多くの注釈が「男女の情の相和す様子を描く」と解するのに対し、「魂の依り代」としての瓶が、轆轤の回転に翻弄される悲しみを前提に、恋の永続に不安を持つ女性の心を詠った作品であるという新たな解釈を提起した。

 

本論の主たる特徴は、(一)民俗学的視点を取り入れ、文言小説や史書、筆記の記載に限定せず、古典詩歌をも対象に加え、空間に対するイメージ分析を行う。(二)空間に欠かせない道具(井戸ならば、瓶や轆轤など)についても分析を進め、空間のイメージをより多角的視点から解明する。(三)一定の形式をもって繰り返し行われるしぐさ(本稿では「めぐる」行為)の意義を明らかにするという三点にある。中国の詩歌は、原則として、文人が国家社会に対する感慨を表明するものとされ、その解釈に際して重要なのは、作者の生涯のどんな時期に、社会のどんな状況の下に作られたかを、正確に知ることであるとされてきた。民俗学的視点から見えてくるものは、民衆の習俗にすぎず、それは文人の思想とは別個のものであり、作品理解にとって考慮するに値しないものとされたのである。

しかし本研究は、少なくとも唐代までの詩歌において、井戸・瓶・轆轤・何かの周囲をめぐる行為に対し、共通してある観念が存在したことを明らかに出来るのではないかと考える。この共通観念は、従来の文人の思想の範疇からはずれたもので、現代の我々は資料の調査と分析の末にようやく手がかりを手に入れ、作品の正しい理解にたどり着くことが出来る。だが、作者達は、読者は誰もがそれを知っていること、その観念を共有していることを前提に、詩作をしているのである。これは、広い意味で、ひとつの信仰と呼べるものであろう。本研究は、この信仰に注目することにより、詩歌研究の新たな可能性を探ると共に、古代中国の研究には、まだ未開拓の大きな領域が残されていることを、示すことが出来ればと考えている。

一覧へ戻る