本研究の目的は、成人形成期の子どもが父親に対して抱く態度の規定要因を解明することである。成人形成期とは18-25歳の時期を指すが、この時期に子どもが父親に対して肯定的態度を抱くことは、母親に対する肯定的態度と同様、子どもの精神的健康に結びつくことが複数の先行研究により明らかにされている。また成人形成期には、多くの若者が、職に就いて有職者となり、選挙権を得て有権者となることから、この時期の職業的・政治的社会化は極めて重要である。そして先行研究は、子どもの父親に対する態度が、成人形成期の息子の職業的社会化や子どもの政治的社会化に影響を与えることも示している。したがって、成人形成期の子どもが父親に対して肯定的態度を抱くことは、子どもの精神的健康の維持や、職業的・政治的社会化において重要であることが示唆されるのである。しかしながら、子どもの父親に対する態度は、母親に対する態度ほどには肯定的ではないこともまた明らかにされており、成人形成期の子どもの精神的健康や職業的・政治的社会化が阻害されている可能性が危惧される。そこで本研究は、子どもの父親に対する態度を規定する要因を明らかにし、それらの要因が、成人形成期の子どもの精神的健康および職業的・政治的社会化を促進する可能性について議論した。具体的には、以下の5つの実証的検討を行った。

子どもの父親に対する態度が子どもにもたらす帰結

 本研究がまず検討したのは、成人形成期の子どもの父親に対する態度が、子どもの職業的社会化と政治的社会化に与える影響についてである。その際、職業的社会化においては、同性の親の影響力が強いことが示されているため、息子の職業的社会化に父親が担う役割に焦点をあてて検証することとした。職業的社会化の指標としては、非正規雇用者に対する態度を用い、息子が父親に対して肯定的な態度を抱いているほど父親を同一視し、父親を同一視するほど、非正規雇用者に対して社会と同じく否定的な態度をもつというモデルを検討した。モデルの検討にあたっては、全国から無作為抽出された全日制高校3年生7,563名を対象とする東大社研・高卒パネル調査 wave 1, 2004.3(東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト)データの二次分析を行った。その結果、父親との同一視が息子の職業的社会化の促進と関連することが明らかとなった(研究1)。

 つぎに政治的社会化については、政治参加をその指標に用い、父親に対して肯定的態度をもつ子どもほど、政治的に洗練された父親と頻繁に政治的会話を行い、ゆえに政治的社会化が進むというモデルを検討した。検討にあたっては、全国から無作為抽出された一般成人を対象としたJGSS-2003(大阪商業大学比較地域研究所・東京大学社会科学研究所)データの二次分析と、成人形成期の子ども165名を対象にした集合調査を行った。結果は、父子間の政治的会話が、成人形成期の子どもの政治的社会化を促すことを示すものであった(研究2)。

 したがって、成人形成期の子どもが父親に対して肯定的態度を抱くことは、現代の日本社会においても、息子の職業的社会化および子どもの政治的社会化を促進するという結論が導かれた。なお、成人形成期の子どもの母親に対する態度はこれらの機能をもたないという結果を踏まえると、本研究から得られた結論は、成人形成期の子どもが母親だけではなく父親に対しても肯定的態度を抱くことの必要性を示唆しているといえるだろう。

子どもの父親に対する態度を規定する要因

母親の父親に対する態度については、成人形成期の子どもの父親に対する態度と関連することが先行研究により示されている。しかし、両変数が関連する過程および、その理由については未解明のままであり、これらを検討し明らかにすることは、親子関係のみならず、三者の対人関係全般にも応用可能な知見を示し得る。したがって続く研究3では、成人形成期の子どもの父親に対する態度を左右する要因として、母親の父親に対する態度に焦点をあてた。

母親の父親に対する態度と成人形成期の子どもの父親に対する態度が関連する過程と理由を解明するにあたっては、社会的学習理論の観察学習の枠組みを用いた。観察学習によれば、母親の父親に対する態度を子どもが観察することで、子どもも父親に対して母親と同様の態度をもつと考えられる。この予測を、成人形成期の子ども380名とその父親240名および母親290名を対象にトライアド調査を実施して検証した。その結果、母親の父親に対する態度は“子どもが認知する”母親の父親に対する態度を媒介して、子どもの父親に対する態度と関連することが明らかにされた。これにより子どもの父親に対する態度を直接規定する要因は“子どもが認知する”母親の父親に対する態度であることが示唆された(研究3)。

また、二者の対人関係についても、相手からの行動を主体がどのように認知するかが、相手に対する態度を左右する重要な変数であることが、複数の研究により繰り返し指摘されている。こうした指摘に基づき研究4では、父親からの行動に関する子どもの認知と成人形成期の子どもの父親に対する態度の関連を検証した。具体的な変数としては、父親からの被視点取得と、父親からの否定的行動に関する非難の2変数を取り上げ、成人形成期の子ども232名を対象に集合調査を実施し、両変数と子どもの父親に対する態度の関連を検証した。その結果、子どもが、父親が自分の視点を取得していると認知し、父親からの否定的行動に関して父親を非難しないことが、父親に対する肯定的態度に繋がることが示された(研究4)。

最後に、これら横断的研究の知見をさらに展開するため、縦断的研究を行った。横断的検討で明らかにされる変数間の相関関係からは「“子どもが認知する”母親の父親に対する態度が、子どもの父親に対する態度を規定する」という因果関係を特定することはできない。また、自己と他者の態度共有は視点取得によって生じることから、この因果関係が存在するとするなら、それは子どもが母親の視点を取得している際にのみ生じると考えられる。そこで、成人形成期の子ども501名を対象に2波の縦断的調査を行い、これらの点を明らかにすることとした。その結果、子どもが母親の視点を取得している場合のみ、“子どもが認知する”母親の父親に対する態度が、子どもの父親に対する態度の規定要因となることが示された。さらに子どもの性別に焦点をあてた分析では、子どもが息子の場合のみ、父親からの被視点取得と父親からの否定的行動に関する非難が子どもの父親に対する態度を規定することが明らかにされた(研究5)。

これらの実証研究から得られた知見は以下のようにまとめられる。母親の視点を取得している子どもにとっては、“子どもが認知する”母親の父親に対する態度が、息子にとっては、父親からの被視点取得と父親からの否定的行動に関する非難が、子どもの父親に対する態度を規定する。したがって、子どもが父親に対して肯定的態度をもつための方策は、子どもが母親の視点を取得しているか否か、母親の父親に対する態度や、子どもの性別によって異なるといえる。具体的に述べると、子どもが母親の視点を取得している場合には、母親が父親に対して肯定的態度を抱いており、そのことが子どもに伝わることが望ましい。一方で、子どもが母親の視点を取得しているがゆえに、母親の父親に対する否定的態度に影響され、父親に対して否定的態度を抱いている場合には、母親の視点から父親を捉えることを止めるよう介入すべきだろう。また、子どもが息子の場合には、父親が子どもの視点を理解し、そのことを子どもが認識すること、および、父親から叱責されても父親を非難しないことが肝要だといえる。

 総合考察では、本研究の社会的意義ならびに学術的貢献を論じたうえで、今後の課題と展望について議論した。まず本研究は、成人形成期の子どもが父親に対して抱く態度の規定要因を解明し、子どもの精神的健康および職業的・政治的社会化を促進する手段を示唆した。加えて本研究は、親の夫婦関係の良好さが子どもの親に対する態度と関連する過程と理由を解明した。これは二者の対人関係に第三者が影響を及ぼす過程と理由の解明に資する、学術的に有益な知見だと考えられる。最後に、本研究で成人形成期の子どもの父親に対する態度の規定要因として特定された変数を左右するための方策を解明することを今後の課題と展望として挙げた。こうした課題が解決されていくことで、子どもの父親に対する態度を高めるための手段をより具体的に社会に提言することが可能になると考えられる。