日本上代文学における倫理と禁忌

蝦名 翠

文学は、その背景にある国家や時代を映す鏡である。特に、天皇を頂点に置いた中央集権国家としての基礎がほぼ築かれた奈良時代に生まれた文学は、その歴史的背景・国家意識と切り離して捉えることは不可能である。また、大陸から輸入された思想(儒教)・宗教(仏教・道教)の影響も大きい。上代文学を研究するには歴史学・宗教学・民俗学などの視点も取り入れ、古来の倫理観の変遷する過程をも見出すことが必要となる。

 本論では、

「飛鳥~平安時代初期を生きた日本人がどのような倫理観のもとに生きていたか」

「古代日本の倫理観が、外来の思想(儒教・律令制)や宗教(仏教)の輸入を経て、どのような変遷を遂げたか」

という観点から、上代日本文学作品の根底に流れる倫理と禁忌の問題について考察する。

従って本論では、二部構成――第一部「記紀万葉の王権禁忌をたどって――愛と死と」と、第二部「『日本霊異記』における性と王権」――を設け、日本上代文学から伺える古代日本人の倫理と禁忌について論ずる。上記の二観点に基づき研究をするには、儒教の影響を受けつつも、古代的倫理観・王権理論をそれぞれのロジックで語る記紀万葉(と『懐風藻』)と、日本初の仏教説話集として、仏教が輸入され浸透してゆく過渡期の、仏道修行者の生の視点・思想がうかがわれる『日本霊異記』とをそれぞれ調査することが不可欠と思われたからである。

第一部は、大宝律令・養老律令の制定や遷都などを経て、天皇を頂点に据えた中央集権国家としての形を整えてきた奈良時代に、天皇の勅命を受け国家の歴史書として編まれた記紀や、宮廷歌集としての性格の強い『万葉集』が、その古代的倫理観を各々いかなるロジックで王権と禁忌の歴史を語っていったかについて考察する。

第一部第一章では、『古事記』『日本書紀』に登場する「ハヂ」という視点から、記紀に登場する禁忌侵犯のモノガタリについて論ずる。神と神(もしくは天孫)の間の禁忌侵犯と、そこから導き出される「ハヂ」の場合は、両者の関係に修復不可能な断絶をもたらしながらもなお互いに愛を失いきれないという、互いの本来親密だった関係や神そのものの魅力を逆照射する内容であるのに対し、神対人または天皇対人の間で「ハヂ」が生まれる場合は、「ハヂ」た神によって人が一方的に断罪され「ハヂ」を与えられ、もしくは自ら「ハヂ」て滅びるなど、神(天皇)と人との圧倒的な距離を強調する内容のものが目立つこと、また天皇対天皇の「ハヂ」の問題を、当時新しい学問であった儒教の思想を借りながらも天皇の尊厳を最大限に優先しつつ個人としての怨みも否定しきらないという細心の注意を払った描写になっていることを確認し、これらのモノガタリが神や天皇、王権の絶対性を確認する性格を抱えていることを指摘する。

 第二章・第三章・第四章は、禁忌侵犯という形で王権に背き、また否定された者たちの愛と死のモノガタリについて、反抗と鎮魂という側面から考察したものである。王権のもとで描かれた史書(『古事記』『日本書紀』)、宮廷で編まれた歌物語(『万葉集』巻二相聞歌群集)それぞれの、王権に対する禁忌侵犯という形の反乱と、その報いとしての死、彼らの死が怨霊化せぬよう、それぞれの書のロジックに基づいて鎮魂のモノガタリを作ったことを、随時比較しつつ研究する。第二章では、上代日本文学の中で描かれる王権侵犯者の死と鎮魂について考察し、都を追われた反乱者たち――女鳥王と皇弟速総別王、また父帝天武の崩後叛意を抱えて姉の伊勢斎宮・大伯皇女のもとへ「竊」かに走る大津皇子などを比較し、結局は王権の中で死んでゆく彼らの死地を歌に詠み込むことにより、王権に祟りをなしかねない反乱者の魂を鎮めた、という傾向があることを確認し、記紀と『万葉集』の歌物語とのロジックの違いについて比較検証する。第三章では王権に忠誠を誓い友や主人を裏切る裏切り者(「大津皇子物語」における川島(河島)皇子や、履中天皇記における曽婆訶理)に対する慎重な描写について考察し、王権に対する忠義と、王権に反抗した友人や主人に対する友情・忠義の板挟みとなる人物は、その王権を優先した態度を評価しつつも友人や主人を見捨てたことに対する薄情さを批判することで、儒教の導入後さらに複雑になった「矛盾する忠義」の問題に一定の解を与えたことを明らかとする。第四章では、『日本書紀』『懐風藻』そして『万葉集』巻二相聞歌群を中心に、悲劇の皇子・大津皇子の「モノガタリ」(大津皇子物語)がそれぞれいかなる描き方をされているかを比較しつつ、王権の犠牲となった悲劇の皇子像をこれら三つの書物においていかに描かれているかを比較して論じ、王権に背き王権によって斃された皇子の鎮魂が、正史・時の王権に滅ぼされた近江朝に深いシンパシーを寄せる漢詩集・宮廷歌集とそれぞれ異なったロジックのもとになされていることを確認する。また、いずれの「大津皇子物語」においても、魏の偉大な詩人であり、父に愛されたものの兄帝の恨みを受け不本意な人生を送った曹植をモデルとした、あるいは髣髴とさせたくだりが、『日本書紀』『懐風藻』にうかがえる(『万葉集』にもその可能性がある)ことに着目。「大津皇子物語」の大津皇子像のモデルに曹植がいる可能性を指摘する。

 第五章は、いわば「大津皇子物語以降の歌物語」である穂積皇子と但馬皇女の歌物語について論ずる。穂積皇子・但馬皇女歌物語は、記紀における歌謡物語――特に『古事記』允恭天皇記の木梨軽太子とその同母妹・軽大郎女の禁忌の近親愛の歌謡物語に大きな影響を受け、王権の反乱の色彩を濃厚に残しながらも、王権への反乱としての禁忌侵犯の色彩が薄れ、もっと消極的な、政治的派閥争いや世代交代といったようなものに後退してしまっている。最後は穂積と但馬の共死ではなく、但馬の死を穂積が悼むものとして描かれていることなどから、ここでは死は王権の侵犯者に対し王権が下した罰ではなく、恋人たちの死別という悲嘆のモティーフを描いたものと化しており、それまでの王権をめぐる恋の歌物語からは一歩抜け出していることを指摘する。

第二部は、儒教と同様、大陸からもたらされた「新しい思想」であり「信仰」となった仏教が古代的倫理観にいかなる影響を与え、また逆に古代的倫理観の中に吸収されていったかについて、日本最初の仏教説話集『日本霊異記』における性にまつわる説話から天皇や歴史に関する説話までを俎上に載せて考察する。

第二部第一章から第四章にかけては、『日本霊異記』にて取り上げられている「性」の問題について論じる。第一章では『日本霊異記』中に登場する「慚愧」「ハヂ」の用例を検証し、このふたつの言葉が『日本霊異記』において信心を促す役割を担っていることを確認する。第二章では、中巻第十三縁に的を絞り、優婆塞の性的欲望に満ちた願を叶える吉祥天女の霊験譚が本題であると従来解されてきた『日本霊異記』中巻第十三縁について、願を叶えられた優婆塞が「慚愧」し「媿ぢ」ている描写に着目して、深信に吉祥天女が応えた霊験譚と、夢の中での吉祥天女との交接とその証拠を見て自らの愛欲の積荷「慚愧」する優婆塞の姿を通しての教訓譚のふたつの顔を持つ説話であると明らかにする。

第三章・第四章では、『日本霊異記』に登場する女性像について論ずる。第三章では、在俗の女性修行者である「優婆夷」と、しばしば研究者の間では清浄な存在として定義される「母」について、主にセクシャリティの側面から考察、『日本霊異記』の母もまた、愛欲へとつながる要素からは逃れられないことについて考察する。第四章では、『日本霊異記』に登場する女性仏道修行者の問題についてさらに考察を深め、女性仏道修行者を主体とした性的欲望に関する説話が登場しないこと、奈良時代に光明皇后や孝謙/称徳天皇などが篤い仏教信者であったことをはじめ宮廷内の女性仏教信仰が描かれていないことなど、景戒が明快な意識をもって、性の問題や女性の問題に向き合い編纂していることを確認する。

その上で、第五章は、景戒が、たとえ親王であろうと仏教迫害の悪報を免れ得ないという厳格な仏教優位の思想を前面に出す一方、天皇を超越的な、決して悪報の下ることのない存在として描いていることを確認し、天皇と仏教との関係性から『日本霊異記』における歴史観を明らかにするものである。『日本霊異記』では中心的存在として描かれる信仰厚い聖武天皇の娘であり、本人も出家してから重祚、僧道鏡を重用しついには皇位まで与えようとしたといわれる孝謙/称徳天皇の『日本霊異記』における描写について、道鏡との性的関連に触れながらもその時は「皇后」と表記するなど、細かく注意を払っていることを指摘する。たとえ親王であろうと仏教迫害の悪報を免れ得ないという厳格な仏教優位の思想を前面に出す一方、天皇を超越的な、決して悪報の下ることのない存在として描いている景戒の姿勢を明らかにする。

第六章では、『日本霊異記』上巻第一縁の雄略天皇と、下巻第三十八縁前半部に登場する称徳天皇(=皇后)について、その性交の描写を考察し、彼の天皇やその性に対する意識が、記紀からもうかがえるような古代的倫理観を捨てぬまま、仏教における愛欲についても重く意識して、超越者としての天皇像と、可能な限り無謬であるように注意を払って記述している景戒の倫理観と王権に対するまなざしを読み解く。

第七章は、景戒と同時代の帝であった嵯峨天皇の聖帝としての描写・無謬性について、『日本霊異記』のさまざまな天皇の描写と比較しつつ、末世を迎えた日本の救いとなってくれるであろう嵯峨天皇への期待と賛美で最終の縁を閉ざしている景戒の歴史観について迫る。

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