本論文は、平安時代院政期に橘忠兼(伝未詳)により編纂されたイロハ引きの国語辞書『色葉字類抄』(字類抄)の研究である。本稿では収録語彙の性格、他文献との影響関係、字音資料としての価値、字類抄伝本の書誌といった点について調査、検討を行い、本書の研究に従来欠けていた多角的な視点から本書の性質を捉え直すことを試みた。
 第一章「目的と方法」では、本研究の方法や目的、先行研究に言及した。本論を通して、平安・鎌倉時代の他文献を比較の対象とすることで、客観的に本書を位置付けることを目指した。 
 第二・三章「『色葉字類抄』収録語彙の性格(一)(二)」では、本書に収録された語彙の性格を明らかにするため、字類抄中最も大部でかつ前時代の辞書の部門にはなかった畳字(二字以上の熟語)部の語彙の実態調査を行った。
 まず、イ篇(イで始まる単語を集めた篇)畳字部語彙の、院政期を中心とする本邦の著作物での用例を調査したところ、畳字部語彙の少なくとも約七割は、当時において書記的需要のあった語であることが判明した。古記録、漢詩文、説話集等に各々特有の語彙が含まれるが、横断的に用いられた汎用性の高い語群も見出された。
 二点目に、畳字部訓読語を概観したところ、別の音訓によって複数の箇所に掲出された語は、そうでない語に比べて用例が出やすい傾向にあった。重複掲出語が、より頻繁に、広範囲に使用された語であり、またそのような理由から複数の音や意味(訓)での検索が可能になるように配置されたものであると推測される。更に、字類抄諸本のうち、特に三巻本字類抄で新たに「~哉」等の形式を持つ句の一類が追加されたことは、往来物や願文、また和漢混淆文のような素地を持つ文における書記的需要が高まっていたためであろう。従来の研究では「文選読み」(一つの漢語を音読した後重ねて訓読する方法)や『類聚名義抄』(名義抄)との重複を以て非日常的な要素であるとも概括されていたが、名義抄との重複が、字類抄の複数の表記の中でより当時一般的に用いられた表記であることを考えると、名義抄との比較によって一概に訓読語の性格を非日常的な語と位置付けることは適当ではなかったと言える。従来、畳字部訓読語については、主に上記のような異質な部分(漢文訓読的要素)が注目されていたため、それ以外の普通の語の存在が忘れられがちであったが、日常的に用いられ、それゆえに畳字部に収載されたと思われる語も相当数存在していることが明らかとなった。畳字部訓読語彙は雑多な語の集合でありつつも、辞書の利用という面から見れば、当時の書記上の需要を備えた語を十分に含む語群であったということになるであろう。
 三点目に、畳字部長畳字(三字以上の熟語)の用例調査を行ったところ、『今昔物語集』に現れた語が字類抄一九五語中二三語を占め、またその中には『今昔物語集』のみに現れたものもあった。更に、説話や仏教関係書に出現するが、古記録等には頻繁に用いられない語群もあった。一方で、漢籍である『白氏文集』に出現する「反魂香」のような語であっても説話集の『続古事談』に見られるようなこともあり、編纂者が、正格の漢文であることが求められるような高度な文章を離れて使用される可能性のある語と認識していたものも、少なからず含まれた語群であったと考えられる。一般に「記録語」と定義され得るような語でも、字類抄成立の頃には、記録・往来・文書類を書記する以外の一般の場所でも用いられつつあったと考えることの出来る語もある。すなわち、従来の認識のように「記録語=字類抄の語彙」とするには、あまりに多くの、古記録語彙とは位相の異なる、あるいは汎用性の高い(和漢混淆文や仏教関係書に頻繁に用いられる)語群が『色葉字類抄』には収められていたことが判明したのである。 
 第四章「『色葉字類抄』と他文献との関連」では、字類抄とその前後に成立した文献との関係について述べた。まず、従来もその関係が度々指摘されてきた『和名類聚抄』(和名抄)については、新たに以下のような摂取状況が明らかとなった。
 ・和名抄巻一三 図絵具・巻一四 染色具 →字類抄 光彩部へ
 ・和名抄巻一五 膠漆具 →字類抄 雑物部へ
 また、字類抄中で「式」出典名を有する項目は『延喜式』本体にも見えるが、和名抄を介さず、直接あるいは別書を通して字類抄に採録されたものであることが判明した。一方で、「本朝式」出典名を有する項目は、和名抄からの孫引きであること、更に、字類抄の国郡部は、『延喜式』巻二二民部上ではなく、二〇巻本和名抄巻五国郡部を参照して編纂されたことを確認した。
 次に、特徴的な語を有する部(重点部・名字部)と字類抄前後の辞書とを比較、検討した。
 まず、重点部(「一々」等の畳語)について他辞書の重点部との比較と用例調査を行った結果、後世の『節用集』類とは異なる、字類抄に特有の性質の部であることが判明した。すなわち本書では、『節用集』にもあるような、日常的に用いられる平易な語の収録が見られる一方で、やはり漢詩文特有の語等、記録語以外の性質のものも少なからず保存される状況が確認されたのである。このことは、重点部語彙という特殊な語群が、正格漢文という枠組みを越え、和化漢文や和漢混淆文において使用されることも前提としていたことを示唆しているのであろうと考えられる。
 次に、名字部(「則 ノリ」等)について排列の面を中心に調査を行ったが、字類抄中の他部(辞字部等の名字部と構造が似通った部)や他書(『掌中歴』)の排列とは無関係であり、また特定の家(藤原家等)に使用される字に偏ったような収録状況も窺うことは出来なかった。ただし排列の傾向として、上位字は一般的に漢字と訓の結び付きが強く、辞字部等他部に当該訓(あるいは用言の終止形)が収録されたり現行の「古代人名辞典」の類でも大部分を占めるような読み方、下位字は結び付きが特殊でそれらの辞典でも確認されないものが多かった。
 第四章における調査・検討の結果を先行研究と併せて述べれば次のようになる。①字類抄は、二〇巻本和名抄の影響を受けており、その内容の殆どを引用踏襲している(『延喜式』など、和名抄を介して採られる例もある)。②字類抄と名義抄との影響関係は、一方的に字類抄→改編本名義抄の関係であったと考えられる。③『文鳳抄』以下後世の辞書類については、三巻本字類抄から直接影響を受けたものではないと考えられるものもあるが、字類抄からの流れを汲む辞書類であると言える。これらの書物が広く流布していたことは、字類抄が間接的にも後世の国語辞書類に与えた影響の大きさを物語るものである。④字類抄がイロハ引きを採用した初の辞書であるかという点について、『掌中歴』や『多羅葉記』等との前後関係が明らかにならなければ確実なことは言えないが、本書が、国語辞書がイロハ引きを採用した最初期の例であることは間違いない。また『掌中歴』と字類抄の先後関係については、従来言われるように『掌中歴』→字類抄という一方的な関係ではないことが判った。
 第五章「国語資料としての『色葉字類抄』」では、呉音が付されることが期待される畳字部仏法部語彙(仏教関係の語群)の音注を分析し、また補足的な用例調査によって、国語資料としての『色葉字類抄』の価値を再検討した。
 まず音注調査の結果、字類抄仏法部内には、漢音系の声調/漢音形の仮名音注を持つ語があるが、特に仮名音注に関しては、当時の仏典以外の典籍で読まれる中で、そのような形に定着した蓋然性が高いものを採録したものであったものと結論付けた。この結果は、従来の指摘とは異なる面を示すものである。すなわち加点者が、従来の指摘通り漢音系の語を殆ど中国の韻書に依拠して付したものとは別に、仏教語については当代に日本で使用された語形を示そうとした仮名音注例が散見されたのである(声点については誤点と考えられるものも少なくなかった)。
 また仏法部語彙の用例調査では、古記録等の実用的な文章を記す目的のための語というよりは、仏教説話等に用いられ、庶民にも通じる程度の難度の語が多く収録されていた事実が浮き彫りとなった。『今昔物語集』が仏法部語彙の六四%をカバーしていることからも、その多くは和漢混淆文のような素地の文章にも用いられることを期待されたものであったであろうことが前章に引き続き確認された。
 本章までの調査検討を元に、字類抄の価値を捉え直せば、以下の点が新たに付与出来る。
・本書には、当時の姿を反映した仮名音注が存する。
・本書は、記録語や古い要素を持つ漢文訓読語のみならず、和漢混淆文の用語を始めとする雑多な性質の語句を収める。
 第六章「字類抄諸伝本」では、『いろは字類抄』(『節用文字』、『色葉字類抄』、『世俗字類抄』、『伊呂波字類抄』の総称)の伝本について、『国書総目録』に示された写本の所蔵機関を含め、広範囲に亘って調査を行った。本稿では基本的な書誌調査の結果、及び『国書総目録』に掲載された情報の訂正(現在の所蔵状況)を報告したが、その写本の多くが非常に良好な状態で残存していることが確認され、このことは今後の伝本研究の基礎作業となり得たものと考える。
 終章では以下のように結論付けた。
 現在、日本語学の世界では『色葉字類抄』の内容に関する研究は一段落した感があるが、本論文では、先行研究がなお批判され、再検討されるべき対象であることを明確に指摘することが出来たと考える。特に、『色葉字類抄』に収載された語が全て公家日記などに使用される記録語であるという従来の認識は明白に誤りであり、本書に掲載された語はより広範な基盤から収集されたものであることを証明することが出来た。