養子縁組の社会学―血縁をめぐる人々の行為と意識

野辺 陽子

本研究は、「子どものため」に血縁を重視する近年の社会動向を批判的に捉える視座を獲得し、家族社会学に新たな課題を提起するために書かれたものである。具体的には、現代日本の「子どものため」の養子縁組を対象に、血縁が浮上する社会的文脈、関与する利害関係者、当事者の行為と意識への影響について経験的に分析し、現在、非血縁親子全体に生じている状況や自明視されている諸原則を再考するのみならず、血縁を分析する既存の概念や枠組みを刷新することを目指すものである。

 1章では、本研究が解くべき問いについて論じた。1節では、非血縁親子(養子縁組、里親、生殖補助医療、ステップファミリー等)に関する国内外の事例から、「子どものため」に血縁が重視される近年の社会動向を示した。2節では、このような動きについての先行研究を批判的に検討し、血縁を「後期近代化」「医療化」という社会変動で説明する分析、あるいは「血縁主義」「実子主義」「遺伝子本質主義」という説明項を用いて説明しようとする分析には限界があることを示した。その上で3節では、文化人類学の知見を取り込み、血縁を被説明項として用いる本研究の立場を示した。4節で①血縁はどの制度内で扱われるのか、②血縁は他のどの知・言説と結びつくのか、③血縁は関係性や自己の構築にどのように関わるのか、という血縁を被説明項として扱うことを目指す本研究の分析枠組みを提示した。5節では、本研究が「子どものため」の養子縁組を事例として分析すること、本研究で用いる〈血縁〉という概念が、ものごとを理解可能なものにするために当事者および研究者が用いる解釈図式および解釈資源のことであり、従来の生殖を意味する実体としての血縁とは独立したものであることを説明した。

 2章では、養子縁組に関する先行研究を批判的に検討し、先行研究の問題点を乗り越える本研究の分析視点を明示した。1節では養子縁組と〈血縁〉をめぐる問題点として、①水準/指標/基準の混乱、②行為と意識を等値する解釈図式、③血縁の擬制の解釈、④実親子関係の等閑視を抽出し、2節では養子縁組と「子どものため」をめぐる問題点として、①血縁モデルと養育モデルの区分、②客体=援助対象としての養親子を抽出した。これら先行研究の問題点を乗り越えるため、3節では、本研究は当事者の「一次理論」(盛山 1995)の解明に焦点をおく意味学派(吉田 1978)のアプローチを採用すること、具体的な分析視点としては、①差異化の実践という視点、②選好と制約の区別、③親の視点と子どもの視点の区別、④定位家族と生殖家族の関連、の4点を提示した。

 3章では、本研究が採用した対象と方法について論じた。本研究では分析対象として制度と当事者の2つの水準を設定した。1節では、制度については法律と運用を扱うこと、具体的には特別養子制度の立法過程と隣接領域(里親制度・不妊治療)との異同を扱うこと、分析する対象としては法制審議会資料や国会会議録などの文書資料や養子縁組あっせん団体のホームページなどを用いることを説明した。2節では、当事者については養親(候補者)および養子に行ったインタビュー調査の概要とデータの収集方法や分析手法(コードマトリックス)について説明を行った。

 4章では、特別養子制度の立法過程のレトリック分析を行った。1節で立法の背景と制約条件を解説し、2節では、立法をめぐる議論の中で、特に①戸籍の記載、②実親子関係の法的断絶、③離縁、④家庭環境の4つの論点について、「子どものため」引用された専門家言説とレトリックを分析した。3節では分析の結果として、立法の議論では、養子/実子の境界が揺らいでいたこと、「親子関係は血縁がなくても法律によって作れる」が、「子どものアイデンティティ確立にとって出自は必要」という認識枠組みが形成されたこと、立法を正当化する根拠として心理学的な専門家言説が重要な役割を果たしたことなどを論じた。

 5章では、養子制度の運用過程の分析を行った。具体的には特別養子制度だけではなく、里親制度、不妊治療という隣接領域も比較対象として取り上げた。1節では、各領域間の関係を概説し、2節では、①各領域に現れる親子観、②その親子観の背景、③運用の場面で実際に課せられている条件等について分析を行った。その結果、3節では、「子どものため」/親子関係/〈血縁〉の関連には制度ごとにバリエーションがあること、各制度の差異化と正当化のプロセスで「子どものため」という言説がより一層浮上することなどを論じた。

 6章では、親子形成過程でどのように血縁が浮上するのかを分析するために、41ケースを対象に、不妊当事者がいかにして養子縁組を選択するのか/選択しないのかについて、最終的な選択肢(不妊治療、子どものいない人生、養子縁組、里親)に至るまでのプロセスを比較分析した。1節でケース概要と6章の分析視点を解説した。2節で養子縁組を選択したケースと夫婦間の不妊治療・子どものいない人生を選択したケースの比較、3節で養子縁組を選択したケースと第三者の関わる不妊治療を選択したケースの比較、4節で養子縁組を選択したケースと里親を選択したケースの比較を行なった。5節ではこれらを考察し、従来用いられてきた枠組みである「養子縁組を選択する=子育てを重視する」「養子縁組を選択しない=血縁を重視する」という枠組みが必ずしも当てはまらないこと、「子どものため」に養子縁組しないというロジックが存在すること、当事者がその時の状況に合わせて養子を「実子と同じ」あるいは「実子とは異なる」と意味づけていることを示した。

 7章では、養子縁組後の親子関係でどのように血縁が浮上するのかを親の視点から分析するために、養親となった18ケースを対象とし、親子関係の局面ごとに分析を行った。1節でケース概要と7章の分析視点を解説した。2節では親子関係の構築の場面を親子関係の初期と真実告知の場面に分けて分析し、3節では子どもの「アイデンティティ」形成の支援を実親と交流がないケースと交流があるケースごとに分析した。4節では家族外の他者に対してどのように「スティグマ」のマネジメントを行なっているのかを分析した。5節ではこれらを考察し、子どもに対して適切な働きかけを志向すればするほど、専門家言説が参照され、専門家言説が扱っている〈血縁〉が召喚されること、また養親は同化戦略と異化戦略を使い分けるが、それはどちらも社会規範を脅かさない戦略であることを示した。

 8章では、親子関係でどのように血縁が浮上するのかを子の視点から分析するために、養子として育った10ケースを対象とし、養親子関係、「アイデンティティ」の葛藤、実親に対する定義などについて分析を行った。1節でケース概要と8章の分析視点を解説した。2節では親子関係の構築について、真実告知を学齢期までに受けたケースと青年期以降に受けたケースごとに分析し、3節では「アイデンティティ」の構築について、4節では実親の定義について、それぞれ実親と対面したケースと対面していないケースごとに分析し、5節では家族外の他者に対してどのように「スティグマ」のマネジメントを行なっているのかを分析した。6節ではこれらを考察し、養子が社会規範の相対化と内面化を同時に行いながら、養親子関係をマネジメントしていること、「アイデンティティ」の葛藤には情報の欠如だけではなく、社会規範が影響していること、実親と交流する際には新しい役割カテゴリーを創出することを示した。

 9章では、役割移行の際にどのように血縁が浮上するのかを分析するため、8章と同じ10ケースを対象とし、役割移行を画期点とした際の親子観の変化と養子縁組をする意向について分析を行った。1節でケース概要と9章の分析視点を解説した。2節では定位家族に関する経験の再解釈について、3節で生殖家族に関する展望について、それぞれ生殖家族を形成したケースと形成していないケースごとに分析した。4節ではこれらを考察し、親子関係の構築について具体的には、親子観の変化と養子縁組をする意向が実際に生殖家族を形成しているか/いないかという点に大きく影響を受けていることを示した。

 10章では、4章~9章までの分析結果を統合して考察を行なった。考察の際には①法律における〈血縁〉と親子関係(1節)、②運用における〈血縁〉と親子関係(2節)、③親世代の行為と意識(3節)、④子世代の行為と意識(4節)、ごとに考察を行なった。1節では、実子でもなく養子でもない第三の類型(=特別養子)が創出されたが、それは子どもをスティグマ化する効果があったこと、親子関係と〈血縁〉を分離したが、一方で、「アイデンティティ」と〈血縁〉が強く接続されたことなどを論じた。2節では、養親子が非血縁親子であることおよび子どもにケアが必要なことから、「子どものため」の専門家言説が援助実践で用いられていること、援助実践の内容は当事者にとって抑圧的でもあること、また隣接領域の制度との差異化と正当化のプロセスで「子どものため」という言説がより強化されていることを論じた。3節では、「養子縁組する/しない」と当事者が語る血縁へのこだわりは常に対応するわけではないこと、子どもへの適切なケアを志向すると「子どものため」の専門家言説と接続した〈血縁〉が浮上すること、「子どものため」の援助実践によって葛藤を抱えることがあってもそれが不可視化される構造があることなどを論じた。4節では、養子の葛藤が「普通なのか/普通じゃないのか」というあいまいさに起因すること、「ルーツ探し」の言説は「アイデンティティ」強迫になっていること、葛藤が無効化・不可視化される構造があることなどを論じた。これらの結果から、「子どものため」に血縁を重視する近年の動向は当事者に葛藤を引き起こしている側面があることを主張した。

 11章では、10章までの分析・考察を総括し、本研究の意義と家族社会学に対しての示唆を論じた。具体的には、従来の行為と意識を等値し、血縁の強弱をとらえようとする先行研究に対して、血縁が浮上する局面、その時の他の知・言説との結びつき、その効果など、血縁が浮上するダイナミズムについて分析する本研究の分析枠組みの現代的な意義を示し、それが他の非血縁親子の分析にも応用可能な点を論じた。また、家族社会学に対する理論的な示唆として、①血縁を強調する議論と血縁を捨象する議論の架橋、②二項対立を超えた家族変動を分析する視点を提起し、今後の課題と展望についても論じた。

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