本論文の目的は、自己と内集団(自分が所属する集団)の連合がもたらす自己防衛機能について、類似性および概念連合という観点から包括的なモデルを構築することである。類似性は「自分と内集団成員がどの程度似ていると思うか」についての主観的判断、概念連合は非意識的な連合の強さをそれぞれ意味している。まず理論編第1部では、これらの自己と内集団の連合という心理プロセスについて、過去の実証知見を整理した。その結果、自己と内集団の連合を強化することは実際の集団所属と同様に、個人の健康状態や精神状態を向上させていることが確認された。つまり、現実に集団に所属しているかどうかにかかわらず、「集団に所属している」という心理的連合を強めることで、生存率が高くなり、同時に主観的幸福感が高くなるのである。反対に、集団から排斥されると、健康状態や精神状態は低下してしまう。それでは、なぜ自己と内集団の連合は個人の健康状態や精神状態を高める効果をもつのであろうか。人間には「集団に所属したい」もしくは「自尊心を向上したい」という根本的な欲求がそなわっている。自己と内集団の連合はこのような集団所属や自尊心向上の欲求を満たすため、健康状態や精神状態を向上させる効果をもつのである。それらの効果は、自己の全体的価値が低下した自己脅威状況において、とりわけ重要となるであろう。

 つづいて、理論編第2部では、自己と内集団の連合がもたらす自己防衛機能について議論した。自己防衛とは、自己脅威(自己の全体的価値への疑念や損傷)による否定的影響を低減することを意味している。自己脅威は少なくとも一時的に自尊心や主観的幸福感を低下させることがわかっており、こうした精神状態の低下によって、自己脅威を受けた人は適応障害が生じやすくなると考えられる。しかし、脅威に対して自己と内集団の連合を強めることで、自己脅威が精神状態に与える重大な否定的影響を緩和することができる。たとえば、われわれは日常生活で仕事に失敗したときに、家族の写真をみることで心理的安寧を保つことがある。また、自分が試験に落ちてしまったときに、友人も落ちていると安心するであろう。このような論考にもとづき、本節では自己と内集団の連合がもたらす自己防衛機能の検討が、重要な実証的課題であることを提起した。もし自己と内集団の連合が自己を防衛する機能をもつならば、自己脅威を受けた人はそうでない人とくらべて、類似性や概念連合などの心理的連合が強くなると予測される。

 理論編第3部は上述の課題提起に関して、先行研究の問題や本論文の新たな貢献を議論した。第1に、先行研究は顕在的(意識的)プロセスのみを検討対象としてきた。しかし一方で、内集団との連合を通じた自己防衛反応が潜在的(非意識的)に生じるかどうかは明らかではない。それに対し、本論文は顕在指標と潜在指標を比較検討することで、自己防衛反応における顕在的プロセスと潜在的プロセスの関連やそれぞれの生起条件について分析をおこなう。第2に、先行研究では自己防衛反応の規定要因の検討が不十分であった。その一方、本論文は集団地位という関連要因を取りあげ、内集団の地位の高さに応じた顕在的・潜在的な防衛反応について検討する。第3に、本論文は主観的幸福感を測定し、自己と内集団の連合を通じた自己防衛反応について、精神状態の維持もふくめた一連の心理プロセスを分析する。以上の課題検討にもとづき、本論文は類似性および概念連合という観点から、自己と内集団の連合を通じた自己防衛反応の包括的なモデルを構築する。

 実証編は3部から構成されている。最初の第1部は、自己と内集団の連合と主観的幸福感の関連について検討したものである。自己と内集団の連合が自己防衛機能をもつためには、脅威の有無にかかわらず精神状態を向上させていることが前提となるであろう。研究1はこの前提条件について分析をおこなった。その結果、自己と内集団成員の類似性が高い人ほど、主観的幸福感が高いことが明らかになった。したがって、自己と内集団の連合は自己防衛機能をもつと示唆される。ただし、研究1は相関関係にとどまっており、自己と内集団の連合から主観的幸福感への因果関係は明らかではない。そこで、研究2はこの因果関係について検証した。その結果、事前仮説と一致して、自己と内集団成員の類似性が高まると、主観的幸福感は高くなることが示された。よって、自己と内集団の連合は主観的幸福感を実際に向上させており、脅威状況において自己を防衛すると予測される。

 この予測について調べたのが、次の実証編第2部である。まず研究3は、自尊心が脅威にさらされると自己と内集団成員の類似性が高くなることを示した。一方で、自尊心に脅威が与えられても自己と外集団成員の類似性は高くはならなかった。つづけて、研究4は、死の脅威が高まると自己と内集団成員の概念連合が強くなることを示した。それに対し、自己と外集団成員の概念連合は死の脅威が高まっても強くはならなかった。以上のように、自己と内集団の連合を通じた自己防衛反応は「類似性」という顕在的レベルだけではなく、「概念連合」という潜在的レベルでも生じることが示唆される。また、研究3と研究4は参加者にとって新規の集団状況を使用している。したがって、自己と内集団の連合を通じた顕在的・潜在的な自己防衛反応は、参加者にとって既知の内集団だけではなく、新規の内集団に対しても生起すると考えられよう。

 さらに、実証編第3部は集団地位の高低に応じた自己防衛反応や、自己防衛反応を通じて主観的幸福感が維持されるプロセスについて分析をおこなった。先述したように、自己と内集団の連合は集団所属と自尊心向上の2つの欲求を満たす効果をもつ。しかし、内集団の地位が低い場合は自尊心を向上できないため、自己防衛反応は弱くなると予測される。研究5はこの予測について検証した。その結果、自尊心に脅威が与えられた場合、自尊心を向上できない内集団に対して自己防衛反応は弱くなることが明らかになった。ただし、自尊心を向上できない内集団であっても、潜在的連合を強める(集団所属の欲求を満たす)ことで自己を防衛できる可能性がある。研究6はこの可能性について分析をおこなった。その結果、自尊心を向上できない内集団であっても潜在的には自己防衛反応が生じており、それらの防衛反応を通じて主観的幸福感が維持されることが新たに示された。

 最後に、総合考察では本論文の自己防衛モデルや関連領域における貢献、今後の展望について議論した。自己防衛反応のプロセスとして、自己が脅威にさらされると、顕在的・潜在的な防衛反応を通じて主観的幸福感が維持される。ただし、このプロセスは内集団の地位が低くない場合にかぎられており、地位が低い場合は潜在的に自己防衛反応が生じる。さらに、この潜在的な防衛反応を通じて主観的幸福感が維持されていた。以上のように、本論文では自己と内集団の連合を通じた自己防衛反応について、潜在性や集団地位、幸福感維持のプロセスをふくめた包括的なモデルを構築することができた。それにくわえて、本論文は自己防衛反応のモデルがどこまで適用できるかを明らかにしている。具体的には、自己防衛反応は自尊心脅威と死の顕現性という複数の脅威状況、また既存集団と新規集団という複数の集団状況に対して適用できることが明らかになった。一方で、本論文の自己防衛モデルはあくまで自己と内集団の連合を強めることを通じた選択的なプロセスであり、自己と外集団の連合を通じた防衛反応は一貫して生じていない。このように、本論文は自己防衛反応の適用範囲を示したという点でも意義があるといえよう。

 また、本論文の知見をふまえた展開の方向性として、自己防衛反応の帰結に着目する必要性を議論した。自己と内集団の連合を通じた自己防衛反応は、個人の精神状態を維持するという点で望ましい影響力をもっている。しかし、脅威状況で自己と内集団の連合を強化することにより、外集団への態度が否定的になってしまう可能性がある。たとえば、自己と内集団の連合が強い人ほど、外集団への態度は否定的になることが先行研究で報告されている。その一方、本論文では、自己と内集団の連合を強化しても、外集団への態度は否定的にならなかった。ただし、内集団と外集団が競争的な関係にある場合は、自己と内集団の連合を強めることで外集団への態度は否定的になりやすいであろう。実際に、過去の研究は内集団と外集団が競争的であるほど、自己と内集団の連合の強化が外集団への敵対的態度を生むことを示している。これらの競争的な関係にある集団をもちいたときに、自己と内集団の連合を通じた自己防衛反応は外集団への否定的態度を促進するかどうか、および、実際に外集団への態度が否定的になったときにその影響を低減できるかどうかが、今後重要な課題となるのである。