刑事事件の被告人に対して,法の素人はどのような認知プロセスで刑罰を決めているのであろうか。

先行研究から“素人の量刑判断は応報的な方略に基づく”ということがわかっている。応報とは,“悪い行いに応じた報いとして被告人に刑罰を与える”という法哲学上の理論である。応報的な判断では,犯罪の重大性(e.g., 被害者が受けた傷害の大きさ,被告人の悪意の程度)と均衡するように刑罰の厳しさが決められる。具体的には,被害者が軽傷を負わされたときよりも重傷を負わされたときのほうが,被告人が過失で危害に及んだときよりも故意で危害に及んだときのほうが,刑罰は厳しく判断される。

しかしその一方で,素人にそのような自覚はない。“どのような理由で量刑を決めたのか?”と問われれば,“犯罪の重大性だけではなく,被告人の更生可能性や社会的脅威などの要因も考慮した”と答える。しかし,実際の判断は,ほとんど犯罪の重大性のみで決まっている。つまり,素人は本人が自覚するよりも応報的な判断をしがちなのである。

 その理由として考えられるのは“応報的に判断しようとする動機(応報的動機)には潜在的な側面がある”という可能性である。二重過程理論によれば,潜在とは判断者本人が全く(あるいはほとんど)自覚できない認知のことをさす。もし,潜在レベルの応報的動機と呼べるものがあるとすれば,“本人の自覚よりも応報的な判断をしがちになる”という現象について,以下のような説明をすることができるであろう。

 

 量刑判断の判断材料を与えられると,潜在レベルの応報的動機が活性化し(仮説1),

 応報的な判断が促進される(仮説2)

 

先行研究でも,潜在レベルの応報的動機という存在が想定されていなかったわけではない。しかし,本人が自覚できないはたらきであるがゆえに,潜在レベルの応報的動機は,質問紙などの顕在尺度では測定できない。そのため,この想定はこれまで実証には至っていない。それに対し,本研究は,Implicit Association Test(潜在連合テスト:IAT)を応用した新しい実験方法を考案した。IATは,概念カテゴリ間の連合強度を調べることで,潜在レベルの認知を測定する方法である。たとえば,“白人”,“黒人”,“快”,“不快”という4つの概念カテゴリで,“白人”と“快”,“黒人”と“不快”という連合が強いとする。これは,白人に対しては好意的で黒人に対しては非好意的な潜在的人種偏見があることを示す。

本研究は,そのパラダイムを,犯罪の重大性と刑罰の厳しさとを均衡させるという 応報的動機のはたらきへと応用した。具体的には,“重犯罪”,“軽犯罪”,“厳しい刑罰”,“寛大な刑罰”という4つの概念間の連合強度を測定した。応報的動機が活性化すると,犯罪の重大性と刑罰の厳しさとを均衡させられる。その結果,“重犯罪”と“厳しい刑罰”,“軽犯罪”と“寛大な刑罰”という均衡的な連合が強まる。一方で,不均衡的な連合,すなわち“重犯罪”と“寛大な刑罰”,“軽犯罪”と“厳しい刑罰”は弱くなると考えられる。本研究では,この連合強度の違いをIAT量と呼ばれる指標で測定した。IAT量が大きいほど,潜在的に犯罪の重大性と刑罰の厳しさがより強く均衡させられていることになる。つまり,IAT量は潜在レベルの応報的動機を反映している。研究1では,粗暴事件(殺人)の犯罪ビデオを参加者に見せる前後で,IATを行わせた。その結果,犯罪ビデオを見せた後でIAT量が有意に増加した。その一方で,量刑判断の判断材料にはならないようなビデオを見せても,IAT量は増加しなかった。さらに,犯罪ビデオを見せる前後で,犯罪と刑罰カテゴリから成るIAT課題とは別のIAT課題を行わせても,IAT量は増加しなかった。この結果は,仮説1の“量刑判断の判断材料を与えられると,潜在レベルの応報的動機が活性化する”を支持していると考えられる。研究2では,参加者に見せる犯罪ビデオを2種類用意し,ビデオ前後におけるIAT量を比較した。2種類のうち1つは,研究1と同じ粗暴事件であった。もう1つは,新たに用意した非粗暴事件(詐欺)であった。実験の結果,粗暴事件では研究1同様,IAT量が増加したが,非粗暴事件ではほとんど増加しなかった。さらに,研究3では,粗暴事件の犯罪ビデオの最後に“被告人が厳しく罰された”という情報を与えた。実験の結果,ビデオは研究1および2と同一であるにもかかわらず,ビデオ後におけるIAT量の増加はみられなかった。先行研究によれば,応報的動機は,被告人が罰されていない場合に限り,特に粗暴事件において活性化する。研究2と3の結果は,応報的動機のこういった性質とうまく整合していよう。したがって,本研究で考案したIATは,潜在レベルの応報的動機を測定できており,“粗暴事件の犯罪ビデオによってIAT量が増加した”という研究1の結果は,仮説1を支持していると考えられる。

研究4では,仮説2について,個人差を切り口とした検証を行った。具体的には,“潜在レベルの応報的動機がもともと強い人ほど,応報的な判断傾向がある”という予測について検証した。その予測に基づき,参加者にIATと量刑判断の2つを行わせ,両者の成績の相関を調べたところ,“IAT量が大きい個人ほど応報的な判断傾向が強い”という結果が示された。したがって,個人差でみれば,潜在レベルの応報的動機は量刑判断に影響していると考えられる。研究5,6A,6Bでは,“潜在レベルの応報的動機が活性化することで,応報的な判断が促進される”という予測を立て,検証した。その結果,潜在レベルの応報的動機は,活性化してもそれ単独では応報的な判断を促進するわけではないということが示された(研究5)。しかし,“厳罰にすべき”といった裁判官の意見など,応報的な判断を正当化できる理由が一緒に与えられていることで,応報的な判断を促進することがわかった(研究6A)。さらに,潜在レベルの応報的動機は,活性化した程度に応じて応報的な判断を促進しているということも示された(研究6B)。以上の一連の結果は,応報的な判断を正当化できる理由を必要条件として,仮説2“潜在レベルの応報的動機は応報的な判断を促進する”が正しいことを支持していると考えられる。

本研究は,量刑判断研究において次の3つの意義をもつ。1つは,“潜在レベルの応報的動機があるのではないか”という先行研究の想定を初めて実証した点である。意義の2つ目は,量刑判断の潜在的側面を検証する新しい方法を提案した点である。3つ目の意義は,潜在レベルの応報的動機が量刑判断にどう影響しているのかを具体化した点にある。先行研究では,“潜在レベルの応報的動機は量刑判断を決定づけている”という漠然とした説明にとどまっていた。それに対して本研究は,次の2つの新しい知見を示した。

 

1. 潜在レベルの応報的動機の活性化が即量刑判断に影響するわけではない。

2. 潜在レベルの応報的動機は,応報的な判断を正当化できる理由があるときなど,

顕在プロセスとの競合が避けられる条件があってはじめて影響する。

 

本研究の結果は,実際の裁判に対しても示唆的である。規範的に,量刑判断では応報以外の目的(i.e., 特別予防,一般予防)も考慮される必要がある。しかし,本研究で示されたとおり,素人の量刑判断に潜在レベルの応報的動機がはたらいているとしたら,たとえ法廷で“規範的な判断をした”という自覚を素人本人がもっていたとしても,実際には犯罪の重大性に引っ張られ,応報に偏った判断をしている可能性があると考えられる。