国木田独歩研究

曲 莉

 独歩は一生、「詩人」をもって自己規定し続けた作家である。その「詩」および「詩人」のありかたにまつわる問題意識を、文学者になる以前から有していたことは、若き日の評論や日記などからも知られる。本論文は、独歩の「詩」、「詩人」意識形成のプロセスをその発生の源に遡って把握し、そこから得られる精神的特質が、後年の文学にどのように展開されているのかを考察し、独歩文学を総合的に見通す視点を探索する試みである。

第一部は、独歩の文学者志向が形づくられていく過程を、民友社の領袖、徳富蘇峰の言説への強い関心との関連から考察したものである。第一章「「田舎漢」への着眼――明治二十四、五年の帰郷体験に即して――」においては、「田舎漢」や田舎生活を称揚する一連の蘇峰の文章を概観した上で、その影響下に、後年の独歩文学の主人公の〈小民〉の原型と思われる、「田舎漢」へ視線を差し向ける中で、その精神の独立を喚起しようとする意欲が芽生えて行くさまを、帰郷中に友人宛に書き送った書簡をてがかりに考察した。

第二章「初期のワーズワース受容」は二つの部分から構成されている。若き独歩に、「田家文学とは何ぞ」(『青年文学』明25・11)と題する評論があり、そこで彼はワーズワースを範例に、「同胞人類」を「真理と善徳」に導くといった嚮導型の詩人を文学者の理想として提示した。このようなワーズワースのうけとめ方はどこから来ているのか。「初期のワーズワース受容(一)――民友社系誌紙上におけるワーズワース紹介記事を中心に――」では、独歩が愛読していた『女学雑誌』、『国民之友』および『日本評論』の三誌を対象にワーズワース紹介記事を跡付けることで、独歩のワーズワース像に蘇峰の文章への意識を見出した。引き続き「初期のワーズワース受容(二)――蘇峰との関連において――」においては、独歩が最初に入手したワーズワースの詩集に関する従来の解釈から距離をとりつつ、蘇峰手帳に記されている独歩の借覧記録を再考し、個人的コンタクトの中でも、独歩におけるワーズワース受容に蘇峰が重要な役割を果している事実を明らかにした。あわせて、アーノルドのワーズワース論から影響を受け、文学を道徳と結びつけて把握する精神が独歩の中にすでに胚胎していた事実を指摘した。

次に第三章「「田家文学とは何ぞ」に対する一考察――蘇峰文学論の受容を視座に――」においては独歩の最初のワーズワース論「田家文学とは何ぞ」を、蘇峰の諸文学論と照らし合わせて精読することで、蘇峰によって植えつけられた文学の捉え方が独歩の中で綜合され、血肉化して行くうちに、ワーズワースを代表とする「田家文学」が一つの理想的な文学モデルとして捕捉されていくさまを考察した。その上で、“how to live”に関連して「天より感得したる理想」を「詩情」をもって表現し、「同胞人類」を教える、という確固たる〈問題意識〉と文学の〈主題〉、〈方法〉、〈対象〉の自覚に裏づけられた理想的な文学者像の青写真が、独歩の中で次第に明晰になっていく様相を確認した。

第四章「文学者への決意――「労働」を論じて人生相渉論争に及ぶ――」においては、これまで見てきた独歩と蘇峰の共通点を踏まえたうえで、独歩がいかに蘇峰を摂取しつつ、これを止揚して行ったのかを、彼が文学者の責務の一つとして自身に課した「愛と誠と労働の真理」の伝授という言い回しにおける、「労働」という語を鍵に探ってみた。

第二部においては「源おぢ」(『文藝倶楽部』明30・8)、「画の悲み」(『青年界』明35・8)、「少年の悲哀」(『小天地』明35・8)の三作を取りあげ、独歩の作家的問題意識の成熟にともない、蘇峰らの影響をアウフヘーベンする過程で領略した彼独自の文学の射程について考えてみた。

第一章「「源おぢ」の世界と方法――散文小品「たき火」との比較を通して――」は、処女作「源おぢ」と小品「たき火」の比較検討を通して、出発期に同じく老翁と少年の素材の配合を取り扱う中で独歩がどのような問題関心を言語化していったのか、について考察したものである。内容的に重なる点が多いことから、小品「たき火」は、ワーズワースの「幼時を回想して不死を知る頌」にある再生を表現する一節を殆んどそのままに敷衍していることがわかる。「源おぢ」において、独歩はよくその骨法を心得た上でこれを逆手に取り、再生を中途で頓挫させるという構造を意図的に組み込むことによって、人生の物語の世界をはじめて明確に開示して見せたのである。

第二章「「画の悲み」試論――成立過程から見る独歩の文学観――」においては、締めくくりとなる部分で「自分」が流した〈涙〉の性格の検討を通して、独歩の「健全な」文学への志向を析出した。それに重ねて、「小供の時」への回想が装置として方法的に用いられることによって、青年である「自分」に、「人生」や「生死」などの問題の収斂する〈自然〉を発見させ、〈詩〉による自然との新しい関わりかたを手に入れさせる内部構造について考察した。「画の悲み」は、如何に生きるべきかを道徳の問題として把捉する独歩の文学的精神およびその方法を示すテキストとして読むことが可能であろう。

第三章「「詩」の営みとそのゆくえ――「少年の悲哀」を中心に――」においては、独歩が試みた新体詩の実践を視野に入れ、代表作と目される「山林に自由存す」を分析した上で、新体詩という枠組みでは達成しきれなかった「詩」の理想を実現するために、その後の散文創作において独歩が新たにどのような試みをしたのかを考察した。そのために、回想という時間の機制が利用され、しかも「詩」づくりを小説の主題に、と作中に明言されている「少年の悲哀」を取り上げ、独歩が企てた「詩」文学の方法およびその問題点について考えてみた。

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