宋遼外交交渉の思想史的考察

中村 惇二

1.“宋遼外交交渉”考察の方法

1)“宋遼外交交渉”考察の“課題設定と問題意識”:

歴史上の事象はその当時の時勢を背景に発生し、その時代特有の経過をたどり、夫々の時代性を具えた特有の結果を“連鎖”なり“断鎖”なりの現象を伴って生じる。

本稿は、北宋期に於いて宋遼間に生起した歴史事象の動因や誘因となるものとその連鎖や断鎖を思想史的に考察し、宋朝外交の本質を追究するものである。

宋遼二国間関係に就いて、中国史家は並べて「澶淵の盟により、双方を夫々『大契丹国』・『大宋国』或いは『北朝』・『南朝』と称し、両国皇帝は『兄弟の関係』に擬せられるなど、“平等友好の外交関係”が樹立され維持された。」と主張し、これが定説となっている。

併しながら、「この定説は果たして歴史事象を精確に把握したものであるといえるのか?」と問うところに課題設定の問題意識が在る。

2)“宋遼外交交渉”考察の“視座”:

本稿は、北宋期に於ける政治的・外交的対遼関係を考察する為に、

①『あらゆる事象を、歴史的総体との繋がりの中でとらえ、個々の事象が構造的全体をどのように構成し規定していったのか、を考える方法的視座』としての“連鎖視点”と、

②『当時中国の文明国基準』としての“中華世界秩序”論的視点、を視座として

「当時の為政者が如何なる『倫理的・政治的価値判断』を行ない時局に対処したのか?」を問い、当時歴史事象の背景に在る思想的・文化的伏流を追究し、課題の解決を図ろうとするものである。

 

2.“宋遼外交交渉”に於ける“中華世界秩序”上の諸問題

1)宋の北伐(対遼戦争)の意義:

宋太祖趙匡胤の意図する“一統太平”は、只単に、「嘗て郡県制支配下にあった伝統的封疆の地はあくまで中国王朝の体制内に位置づけられるべきものである。」との“冊封体制”上の認識からの、「五代『後晉』朝により『契丹』に割譲された燕・晉”舊境の“恢復”による版図的中国統一」を意味するものではない。

後周幼帝(恭帝)を戴くことを不満とする部下諸将に擁立された禁軍の長趙匡胤は、“積累の仁”もなく“撥乱の績”もなくして帝王に登り詰めたのである。このような宋太祖にとって、何よりも先ず為さねばならない事業は“功”を万民に示し“受命”の証を立てることにあり、“北伐”による“燕雲十六州の恢復”と“一統太平”は、遅れ馳せながら“功業の実”を創出し、自らの王朝と政権を前代五代諸王朝の如き短命王朝に終わらせない為にも是非とも必要な“正統性”確保のための第一歩であった。宋太祖の意図するところは、宋朝が正統の王朝たらんとするならば、“正”即ち“道徳的に適正な手段”によって“天下を代表する資格”を得、“統”即ち“宋朝の天下一統”の敢行あるのみ、と主張するところに在ったものと理解される。太宗趙匡義以下歴代の宋朝皇帝は太祖の遺志を受け継ぎ、この“一統太平”の実現を統治の無上の課題としたのである。蓋し、“正統論”の主張する所は正にこの“大一統”にある。

また一方で、この事業は、その即位につき“千古之疑竇”と取沙汰された太宗自らの帝位承継の“正当性”確保の思想的支柱となるものであり、緒戦の〈高粱河之役〉で遼に敗れ、以降大敗を喫しながらも劣勢のなか継続されたこの“太宗の北伐”のもつ意味はここにある。

宋朝祖宗の企図する所は、趙王朝の安定であり、その永続性であり、そして、その為の基盤の確立である。趙王朝の国是は、当然のことながらここに発するのであり、政治であれ経済、社会、文化であれ、その諸政策の本質的に意図するところも、同様にここに発する。

2)遼の“南伐”と“澶淵の盟”:

宋遼間の諸戦役は、「夫々が“受命”を標榜し“皇帝”“朕”を称する、宋と遼との“正統争い”」の意味を有するものである。

(宋)太宗至道元年の〈子河汊之役〉〈雄州之役〉両戦役より、『宋の“北伐”から遼の“南伐”へ』、換言すれば、『宋の“攻撃戦”から“邀撃戦=防御戦”へ』と、宋遼戦争は基本的にその性格を変えたが、“澶淵の盟”は、遼の“南伐”により宋が大敗を喫した挙句に結んだものではなく、謂う所の“城下の盟”には当らない。『續資治通鑑長編』中の「王旦が言うには、『我国が契丹との和好を受け入れて以来、河朔地方の人民は、今や安らかに落ち着いた生活を得ている。毎歳贈遺するといっても、軍費に比較してみれば、百分の一にも及ばない。」の記事や、また、王安石の詩「澶淵の盟を歓ぶこと、これ以来今日にまで続いているが、これは丞相萊公の第一等の功である。」(『澶州』)に於いて、その当時の“澶淵の盟”に対する肯定的評価を窺うことができる。

3)“兄弟之”と宋遼皇帝間の“輩分・輩行”:

宋遼ともに“天命”を受けた王朝であると称し“正統性”を有することを標榜する中で、両朝は夫々に或いは相互に“南朝”・“北朝”と称し、“兄弟の国”の契りを結ぶのである。

宋遼間の“兄弟関係”は、数度の戦役に見られる如く、遼を屈服服従させるに足る軍事力を有しない宋にとっては、先ずは遼との小康・均衡関係を創るには最適の解とされたのである。

宋遼間の兄弟之の関係は、「宋帝と遼帝との間の関係」であったものが、「宋遼両国間の関係」と看做されるようになる。

宋遼(皇帝)間の兄弟関係は、中国史家が屡々言及するようには「“宋が兄”で“遼が弟”」という固定的図式にはなっていない。《「宋-遼」皇帝間の輩分序列》には遼が「兄」、「叔」、「叔祖」、「伯」となる関係をみることができる。

“階層は平等、輩分は序列による”ものである。太祖の代に定められた“建隆以後合班之制”を眞宗は“澶淵の盟”後に改定しているが、その企図するところは、“外交儀礼上の序列”を通じて、宋遼間に於ける“宋が上、遼が下という上下関係”を一方的に固定化する為の“階層の差別化”にある。

4)“封禅”と“二聖功德”:

眞宗の“東封西祀”は、世上謂う所の「当時の宗教的(道教的)雰囲気から産まれた、単なる“閙劇”(茶番劇)である。」との理解は、皮相的なものと言うべきである。

《登泰山謝天書述二聖功德銘》碑によって、眞宗の封禅につき、その意図するところを確認すれば、

(ⅰ)眞宗は開国君主ではなかったが、彼の皇位は“受命”と“民意”によるものであることが主張されている。この“受命”こそが、古来、皇帝たることの正統性の思想的根拠となるものである。

(ⅱ)そして、封禅によって“受命”の恩に対し報答を行うことが“王者の昭事”とされている他、“天下を一統して徳教を天下に広める。”“立派な典範を考定して至誠を薦める。”ことが“邦家の大業”とされている。

(ⅲ)これに加えて、 “祖宗を奉る”ことが“禮之正”“孝之始”であることが強調されており、太祖、太宗の顕彰(述二聖功德)が殊更に行なわれている点が注目される。

碑文中“天意”を受け、“民意”によって“封禅”に至ったことが強調されているが、このことは、太宗の、“封禅”は未完ながら「“民意”によるその帝位承継の正統性」をも示そうとした意図の一端を窺わせるものである。

また、この“民意”を強調する点は、後漢《光武刻石》に記されているような「封禅は“天命”を奉り“符瑞”“靈瑞”に応じて行われた」とする讖緯思想的表現とは大きく異なるものである。

5)“歳幣”と“榷場貿易”:

「澶淵の盟」締結後の宋の対遼政策は、“歳幣と榷場貿易(互市貿易)による政策”と端的に表現することが出来る。

所謂通説は、「北宋と遼との榷場貿易は、朝貢貿易とは異なり、両国が修好上対等の立場を確立した上で物資の交易を行うものであり、北宋にとって遼との貿易は必須のものではなかったが、一方遼にとって北宋との貿易は絶対不可欠のものであった。」と述べるが、寧ろ「北宋は、“榷場貿易”の収益を歳幣・増幣で還元することにより、擬似“朝貢体制”の維持を図ろうしたのであり、北宋にとっても“榷場貿易”は不可欠のものであった。」と解するのが妥当である。

6)遼朝の“華夷”観念の変化:

遼は建国当時“蕃”を自称し、五代諸王朝及び宋朝を“中国”と称していたが、道宗の代には自らを“中国”周辺諸族及び地域を“蕃”と称し、“宋”を“中国”ではなく、単に“宋”と呼称するに至っている。即ち、遼は遼宋間に於ける“外交交渉”の積み重ねの中で、“華夷思想”による“華”に転じており、“華夷”と“正統性”を宋朝と争う事態となっているのである。

 

3.“宋遼外交交渉”の本質

 大一統”を標榜し“恢復舊境”を目する宋朝が、“北伐”を始めとして遼朝との外交交渉に於いて①確立せんとしたのは“名分秩序”であり、②確保せんとしたのは自らの王朝の存立基盤たる“正統性”であり、さらには③政治倫理的“五倫精神”による“宗藩秩序体制”の維持である。宋朝の政策・戦略策定の背後に抜きがたく貫いていたこの三項目を命題として宋の対遼“外交交渉”(外交戦)が展開されたのであり、所謂通説において致命的に看過ごされてきたこの点にこそ“宋遼外交交渉”の本質がある。

 

「“澶淵の盟”により、宋遼両国間に対等の外交関係が樹立され維持された」とする陶晉生氏をはじめとする所謂“通説”の述べるところは、決して妥当なものではなく、正鵠を誤るものである。その故は、陶晉生氏にあっては“正統論”上の“平等”に就いては論じられているものの、“名分秩序論”的な“序列”が論じられておらず、更には、“五倫的国際関係”的な見方が全く見られない、という事情による。

要言すれば、『“宋遼関係”は,少なくとも従来斯学界に於いて研究され定論とされているような“平等な関係”では決してなく、“差等のある五倫的国際関係”である。』と断言することができる。                            

                                                                                                                             以上 

一覧へ戻る