武田泰淳における中国―「阿Q」と「秋瑾」の系譜を中心として―

王 俊文

 武田泰淳(1912~76)は日本戦後派文学を代表する作家であり、泰淳自身もそのような自覚を強く持っていた。彼は、戦後派作家が転向と戦争の二重経験から抱いた「自己の存在にまつわる罪悪感、あるいは倦怠」を認め、その実存的な罪の意識から「自分流に脱出せんとしたあがき」こそが自らの文学の核であると語っている。泰淳には、極限状態における人間の真の姿を極めるという、他の戦後派作家との共通性が見える一方、中国との宿命的な関係性という独自性も存在する。彼の創作では、中国ものが大きな比重を占めており、中国を直接に題材としておらずとも、魯迅を始めとする中国文学の影響や中国への思いが作品の深部に揺曳している場合も少なくない。
 泰淳の中国認識の中心的存在は魯迅であり、その魯迅が創作した作中人物の中で、泰淳が特に注目したのが阿Qである。これまでの研究において、この点は殆ど注目されてこなかった。筆者は泰淳における「阿Q」像に注目する。筆者はまた、泰淳の文学(特に中国もの)には「阿Q」と「秋瑾」(中国清末の女性革命家)に象徴される一対の、重要な系譜が存在している点を指摘したい。本稿は、上述の「阿Q/秋瑾」の系譜を手がかりに、泰淳と中国の関係に視点を据え、「中国」の泰淳に与えた影響を考察することで、泰淳文学の核心にアプローチしようとするものである。
 次に、本論の構成を説明するが、同時に本稿で取り上げる作品に見られる、この二つの系譜についても簡単に紹介したい。

 

 (1)第一章では泰淳の魯迅観について総体的に考察する。とりわけ、泰淳の作品「声なき男」(1954.7)と『秋風秋雨人を愁殺す 秋瑾女士伝』(1967、68)に表れた「孤独観」に焦点を当て、泰淳と魯迅との対話を検討する。
 「声なき男」は魯迅の短編小説「孤独者」(1925.10)の影響を受けた作品である。主人公の「声なき男」魚津の留置体験は、「謝氷瑩事件」(1947.11)に描かれる泰淳自身の青春の挫折に似ている。謝氷瑩は「秋瑾」の系譜に属する中国女性であり、泰淳は魚津という人物を造型する際、この対照的な、はげしい中国人女性の存在を念頭に置いていたことだろう。魚津は戦時中の留置体験から強い人間不信を抱き、それが戦後、エスカレートし、生きる道を全て失う。追い詰められた魚津はついに、同僚に囲まれた中で「人間の叫び」とは思えない呻き声をあげる。魚津を描くことで、泰淳は絶望的な孤立状態を告発したのであり、この「孤独」は、処刑前の阿Qのそれと通じているのではないだろうか。
 一方、『秋風秋雨人を愁殺す 秋瑾女士伝』は魯迅と同郷の女革命家、秋瑾の生涯を追跡することで、「革命」の問題を思考するという異色の作品である。泰淳は、魯迅と秋瑾の対立を認めながら、最後には語り手の「私」の感情が魯迅を代弁するまでに高ぶり、革命者も文学者も「孤独」が本領なのだと述懐する。
 このように、「声なき男」/「声をあげる女」という構図に於いて、泰淳は魯迅との対話を試みており、これらの作品群からは人間不信の「孤独」から、「孤独」を生きる決意へと移っていく泰淳の思想的変遷が窺える。「声なき男」/「声をあげる女」の構図は、「阿Q/秋瑾」の系譜の変奏とも言えよう。

 

 (2)第二章では「分裂」と「浮遊」という二つのキーワードをめぐり、泰淳の初期小説「利口な野獣」(1948.3)と『風媒花』(1952)に現れる「Q」という記号、及び阿Qの影を分析することで、泰淳文学における「私」の在り方を考察する。
 「阿Q」は泰淳の自己分析における重要な媒介物である。小説「利口な野獣」において、「Q」は「利口な野獣」という自己分析の概念を析出する媒体となり、『風媒花』においては、「Q」・「桂」・小毛といった阿Q像の系譜をそれぞれに体現する人物を総合的に配置するという構成の妙がみられる。泰淳は、自己の小説にこのような「阿Q」像を登場させることにより、世界における「私」のあり方の複雑性と可能性を問い続けたのであった。

 

 (3)以上、泰淳の文学における「秋瑾」と「阿Q」の意義を考察した上で、第三章以降は泰淳の中国体験に関連する作品に登場する「秋瑾/阿Q」の系譜を分析する。
 第三章では「風景」の創出という視点から、泰淳の日中戦争体験を考察する。主に「詩をめぐる風景」(1949.1)、「廬州風景」(1947.11)と「美しき湖のほとり」(1952.8)という三つの小説を取り上げる。
 「廬州風景」の語り手は、感動の薄い日本人の戦地看護婦、水野雪江であり、彼女の同僚には対照的に気性のはげしい中国女性、楊が配されている。作品では、この侵略側と被侵略側との二女性対比の構図を通して、二人の断絶が抒情的に描かれている。その一方、「美しき湖のほとり」では、「喪家の狗」である日本人兵士「私」と、同性愛関係にありながら互いに殺し合った二人の中国女性との、時空を超えた連帯感が執拗に描かれている。
 このように、戦前の中国という時空に於いて語られる「阿Q/秋瑾」の系譜は、余儀なく断絶された。それに対して、戦後日本の時空から戦地を回想するという構図で創作された「美しき湖のほとり」では、「阿Q」と「秋瑾」の系譜との連帯が時空を超えても追求されているといえよう。

 

 (4)第四章では、泰淳の「善悪観」に焦点をあて、敗戦前後の上海を描いた二つの作品、「月光都市」(1948.12)と「F花園十九号」(1950.9~1951.6)を分析する。
 前者では、中国人に「良い人」と褒められたい曖昧な日本人男性「私」と、「悪女」タイプの中国人給仕「閻姑娘」が登場し、敗戦前の一夜(「中秋節の夜」)限りの万物調和の夢が美しく浮き彫りにされている。敗戦直後を描いた「F花園十九号」の日本人美術商「丘」(「キュウ」)は阿Qの系譜に属するが、「悪女」の「漢奸」謝女士は小説冒頭から「屍」として登場する。「悪女」に対する登場人物それぞれの思惑から、加害者/被害者意識と絡み合う泰淳の「善悪観」が窺えよう。
 ここでは、「阿Q/秋瑾」両系譜の関係は、「断絶」か「連帯」というような、絶対的な構図では取り扱われていない。「丘」が自ら謝女士の死との関係を認めるように、善/悪、被害者/加害者という根源的な問題が絡むと、「断絶」と「連帯」との間で、この二つの系譜は複雑な距離感を呈するのである。

 

 (5)第五章では、泰淳の上海体験から生まれた「混血」観を分析し、敗戦直前の上海生活を語る『上海の蛍』(1976)と、戦後中国に対する基本姿勢を総括する『風媒花』(1952)という二つの長篇小説を取り上げる。
 『上海の蛍』の夏女士は「F花園十九号」の謝女士と同一人物と言える程よく似ている。同じく男性主人公の上の部屋に住んでいるだけではなく、同様に屍になっている故、夏女士も「秋瑾」の系譜に属すると言える(ただ、『上海の蛍』はあくまでも夢の中のことである)。『風媒花』の主人公「峯」は、名前からも「F花園十九号」の男性主人公「丘」(「阿Q」系譜)との連続性が窺える。理想をもたない、開き直ったエロ作家という設定により、精神的に最下位に置かれており、「阿Q」系譜の一人と言えよう。「夏女士」と「峯」は「混血」観とは直接関係がないように見えるが、いずれも多元性を体現する「混血」的な人物の設定による相対化が認められる。弱者/強者や無力者/権力者という相対化によって、弱者の強靭な生き方を志向する泰淳の「混血」観は、弱者に属する「阿Q」系譜の論理であり、自己存在の「無力」を自覚する泰淳のギリギリの抵抗でもある。

 

 以上のように、本稿では泰淳の魯迅論(第一、二章)と中国体験(第三、四、五章)という構成で、「阿Q/秋瑾」二つの系譜を中心に、泰淳の文学における中国の投影や影響について論じる。この作業によって、以下四点の研究成果を得たと思われる。

 

 第一に、竹内好との異同を念頭に、泰淳の魯迅論を総体的に明らかにし、これを踏まえた上で、人間不信の「孤独」から「孤独」を生きる決意へと移っていく、という泰淳の魯迅受容について解明することが出来た。また、泰淳文学に宿る「阿Q」の影を識別し、その影は「私」の分裂と浮遊を担う表象であり、泰淳の自己分析における重要な媒介物であったことを指摘した。

 第二に、泰淳の戦地体験を考察することで、泰淳による「風景」という方法の創出を析出した。即ち、泰淳は「文学/政治」問題を「風景/自然」という独創的な枠組みで捉え、「風景」から「自然」(「世界」全体)を把握する方法に辿り着いた、という結論に到達した。

 第三に、敗戦体験とも絡む「漢奸」問題に焦点を据え、「悪」/「悪人」に関する泰淳の根源的思考について考察し、文学的・人間的な立場から、「漢奸」について冷徹に思索する泰淳の立場の独自性を指摘した。それはつまり、自らの責任を反省した上で、強制される立場・分類(例えば「漢奸」という「獣の徽章」)への警戒と拒絶を表明しながらも、個人の野望を無限に膨張していく反良心的な「悪」への批判もゆずらない姿勢である。

 第四に、生物学的な概念だけではなく、異国に生きる「祖国喪失者」をも内に含んだ、泰淳の「混血」観について考察した。泰淳は「混血」を方法として捉え、その「漢奸」と対極となる生き方に多大な理解を寄せている。泰淳の「混血」観は、上海での敗戦体験と密接に関係しているが、それは弱者/強者や無力者/権力者という対立を相対化し、強靭な生き方を志向するための、一種の実存的な「方法」であった点を指摘した。

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