現代中国語におけるダイクシスの連接機能

池田 晋

本研究は、現代中国語において一部のダイクティックな語が備え持つ繋ぎの働き、中でも特にダイクシスの「空間性」に由来する「空間系連接機能」について考察をおこなうものである。ダイクシスによる繋ぎの機能としては、日本語の「そして」、中国語の“然而(しかし)”のように、指示詞の照応機能に由来する文接続詞が容易に連想されるが、本研究で扱う対象はこうした文接続詞とは異なる。中国語のダイクシスの中には、文同士を繋ぎ合わせる接続詞とは来源を異にするものとして、句以下の文成分同士を繋ぎ合わせる機能を備える語がいくつか見られる。本研究では、とりわけ現代中国語共通語の指示詞“这(近称)”“那(遠称)”と直示移動動詞“来(くる)”“去(いく)”によって担われる連接機能を主たる研究対象とし、その振る舞いを仔細に記述した上で、連接機能発生に至るまでの過程を明らかにし、これらの連接機能の諸特徴について適切な解釈を示すことを目指した。
第1章では、本研究が扱う現象と研究の目的について述べた。また、「ダイクシス」という概念について、先行研究で示されている定義を検討した。
第2章では、共通語指示詞の持つ連接機能について考察をおこなった。共通語の指示詞は、“我这书(私-これ-本)”のように2つの名詞性成分の間に生起し、その2つの成分を繋ぎ合わせる機能を備えている。先行研究で指摘されるように、この連接機能は、指示詞の2つの基本機能――直前の名詞性成分(以下N1)と結合しこれを「場所化」する機能(場所化機能)と、後方の名詞性成分(以下N2)に係って「このN」「あのN」という名詞句を構成する機能(連体機能)――を基礎として発生したものであると考えられる。本章では、約25万字のコーパスをもとに、指示詞の連接機能によって構成される構造(以下、N1DemN2)の意味特徴について調査をおこない、「N1とN2は広義の存在先と存在物の関係にある」とする先行研究の妥当性を裏付けるとともに、とりわけ人称代名詞に代表される人物義の名詞性成分が所有主としてN1に生起する頻度が極めて高いことを指摘した。
第3章では、指示詞の連接機能を生みだす要因の1つである、指示詞の連体機能を考察対象として取り上げた。共通語で指示詞が名詞を修飾する場合、一般に“这本书(これ-冊-本)”のように両者の間に量詞を介在させる必要があるとされるが、現実にはしばしば“这书(これ-本)”のように量詞が省略される。本章では量詞を伴う構造(以下、DCN)と量詞を伴わない構造(以下、DN)の違いについて、主に談話論的な角度から考察をおこなった。その結果、DCNという形式には、同種のモノが複数存在する中から1つを選び出す「区別」の働きや「新規導入」の働きが顕著に見られること、一方のDN形式は、談話空間内で既に確立されている対象を指示する働きが顕著であることが明らかになった。区別や新規導入という状況は、換言すれば「未確認の指示対象への注意喚起」をおこなう状況であるが、その際にDCN形式が用いられるという事実は、存現文や二重目的語構造などの(直接)目的語の位置に生起する初出名詞句が義務的に数量詞を伴うという言語事実とも関連すると考えられる。
第4章では、指示詞の連接機能によって構成されるN1DemN2構造と、N1の直後に更に構造助詞“的”が生起するN1的DemN2構造の意味特徴の違いについて考察をおこなった。この2種類の構造は従来、後者の“的”を省略したものが前者であると捉えられてきたが、両構造の統語的振る舞いの差から考えても、この認識は妥当とは言えない。N1DemN2構造は、3章で論じた連体修飾語を伴わない指示詞句と同様の状況で同様の意図を持って使用できることから、この構造のN1は、N2の内包に影響を与えずに、N2の外延を空間的に確定する「外延性連体修飾語」であると特徴付けられる。一方、N1的DemN2構造のN1的は、内包の面でN2に属性付与することで、N2という類の一成員としての個を特定する「内包性連体修飾語」であると特徴付けられる。N1DemN2構造の指示対象が具体的・特定的な事物に限られるのに対し、N1的DemN2構造が具体性・特定性の低い対象も指示可能であるという言語事実や、N1DemN2構造の量詞が省略できるのに対し、N1的DemN2構造はそれができないという言語事実は、以上のような特徴付けから説明することが可能である。
第5章では、直示移動動詞“来(くる)”“去(いく)”の連接機能について論じた。“来”“去”には本来、方向補語として前方の動詞と結合しその動詞に方向性を付与する機能(“赶过来〔駆け寄ってくる〕”)と、後方に目的をあらわす動詞句を取り連動構造を構成する機能(“来问〔きて尋ねる〕”)が備わっているが、この2種の機能が同時に発動する場合に、“赶过来问(駆け寄ってきて尋ねる)”のような初期段階の連接機能が発生する。ここから“来”“去”は移動義を失い、“用毛笔来写(筆を使って書く)”のように連接機能を担うだけの完全な機能語へと文法化していく。本研究では、先行研究の記述を参照しながら、機能語“来”“去”の連接機能からなる構造(以下、“X[来/去]Y”構文)には、意志性に関する制約とアスペクチュアリティに関する制約が存在していることを指摘した。これらの言語事実をもとに、機能語“来”“去”による連接機能が、使役移動をあらわす方向補語句と目的をあらわす動詞句からなる連動構造をソースとして発生したものであること、“X[来/去]Y”構文には「目的行為Yに対する準備行為としてのXをあらわす」という核心的意味が備わっていることを示した。
第6章では、指示詞の連接機能と直示移動動詞の連接機能の間に見られる共通性について論じた。統語構造の面において、これらの語の担う連接機能は、前方の文成分と直に接する機能と、後方の文成分と直に接する機能から構成されるという点で共通している。意味の面においては、これらの連接機能は、具体的もしくは抽象的な意味において、モノやイベントの位置を指定する表現である。指示詞はN1と共にN2の空間的位置を指定し、直示移動動詞はXと共にYの時間的位置を指定する。また、両者の連接機能に共通性が見られる背景として、そもそも指示詞と直示移動動詞の間に一定の類似性が見られることを指摘した。そのことを示す一例として、指示詞句と方向補語句の構造が鏡像的な関係にあること、指示詞“这”“那”と“来”が共に後方の文成分を代用する働きを備えていることを取り上げた。このほか、第6章では、南方方言の量詞の担う連接機能が、実質的には指示詞の連接機能に相当すること、蘇州方言においてダイクティックな意味をあらわす介詞句に由来する持続アスペクト助詞が連接機能を担うことについても言及した。
第7章では、本研究の議論をまとめた上で、今後解決すべき課題としてどういった点が挙げられるかについて、現時点での見通しを述べた。

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