イスラームにおける「法の目的」 マスラハ概念の理論と実践

飯山 陽

イスラームという宗教の教義と実践を主として司る学問・規範体系、それがイスラーム法である。というのもイスラーム信仰の中核には、信者はイスラーム法に従って現世を生きることにより来世で楽園における永遠の生命を与えられる、という教義が存するからである。イスラーム法は理念的には神を唯一の立法者とする無欠缺の法とされるが、一方でそれを人間が把握するためには人間による知的活動が不可欠であるともされる。
本論文は、一般的には「利益」や「善」を意味し、イスラーム法学の術語としては「法の目的」と定義されたマスラハ(原語はアラビア語)という概念に関する研究である。マスラハは法が無欠缺であることをどう保証し、また変遷する社会にその法をどう適用し続けるか、というイスラーム法上の主要な問題に関わる概念である。本論文は三部と結論より構成され、第一部ではイスラーム法とは何かについて示した後でマスラハの研究史を整理し、第二部ではマスラハの理論的側面、第三部では実践的側面について考察した。
イスラーム思想史においては9〜10世紀頃、善悪は神の意志によって決定され、人間は啓示(聖典『クルアーン』とスンナ)への依拠によってのみ神の意志にかなった法判断を知ることができるという原則が確立したといわれる。啓示に由来する法判断のみが正しく、キヤース(類推)のみが正しい推論法であるという法理論の原則を記した初のイスラーム法理論書とされるのはシャーフィイー(820年没)著『リサーラ』であるが、同書はマスラハに言及していない。マスラハとは「法の目的」の意であると定義したのはガザーリー(1111年没)であり、以後この定義はイスラーム法学者達に普遍的に受容された。しかし先行研究はガザーリー以前のマスラハ理論を十分には明らかにしていないため、本論文第二部では複数の法理論書を分析対象とし、マスラハがなぜ、どのような過程を経て「法の目的」と同定され、法体系中に正統な位置を占めるに至ったかの解明に努めた。
その結果、以下のことが明らかとなった。すなわち、マスラハが「法の目的」と同定される以前から、マスラハの原義である「利益」や「善」を考慮して法判断を下す法学者は存在していたものの、法は啓示に由来するという原則の確立に伴い、啓示に由来しない「単なる利益」を考慮して法判断を下すというやり方は批判されるようになった。一方、同原則を厳守することにより、現実の事案に法を適用し続けることが困難になるという問題が顕在化した。なぜなら法源たる啓示の数が有限なのに対し、判断を下すべき新しい事案は無限に生じるからである。
しかし法学者達は、神が全知全能である以上、神の立法した法は無欠缺であるという確信を共有していた。法理論の原則と矛盾しないかたちでこの問題を解決する道が模索される中、それは一方ではキヤース理論の拡充へと導かれ、他方キヤースの枠内でも処理しきれない事案については、本来マスラハとは神によって示された論拠に立脚する法判断のことであるが、それが不在の場合には、法学者が理性を行使することにより何がマスラハ(利益)であるかを判断することが許されている、という理論がジャッサース(980年没)によって示された。これが知られる限り最古のマスラハ理論である。これを継承したのが神学的にはムウタズィラ派に属するバスリー(1044年没)であり、彼はそれに加えて、神が禁じても命じてもいない行為(許容行為)に関しては理性によって何がマスラハ(利益)であるかを判断することができるが、そうしたマスラハは神の規範的評価の対象とはされない、という説を示した。
しかし同説は、啓示にもとづく法判断のみを認めるスンナ派法学者の多数派(神学的にはアシュアリー派)にとっては受容しえないものであった。ただしおそらく彼らの目にも、法が無欠缺であることを理論づける上で、法判断にマスラハの考慮を反映させるという発想自体は魅力的なものとして映ったと考えられる。そしてそれを「正しい」かたちで導入すべく、法理論の構造改革を行ったのがジュワイニー(1085年没)である。彼は、法学者の使命は「立法者の意図」とマスラハにかなった法判断を下すことであるとし、法判断の源が啓示にみいだせない場合、神が啓示を下した意図そのものに論拠を帰せしめることを可能にする理論を確立させた。ここで彼は、マスラハを「単なる利益」ではなく「立法者の意図」とほぼ同義のものとして論じた。
ジュワイニー説を継承し、明解で一貫したマスラハ理論へと昇華させたのがガザーリーである。彼はマスラハを「法の目的」と同定し、それは具体的には宗教・生命・理性・子孫・財産という五つの基本要素の保全であると論じた。また彼は、啓示全体を帰納法的に解釈することによって、啓示で明示されていないマスラハを知ることができるとも論じた。これによりマスラハは「法の目的」という高みに引き上げられ、形式的には啓示にもとづいて理解される(ゆえに法理論の原則には抵触しない)ものの、実質的には啓示の上位概念として機能しうる正統な法概念として確立された。こうしたマスラハ理論の成熟化に伴い、マスラハを理由に啓示に由来する法規範の適用を回避する、あるいはマスラハに立脚して現実社会により適した判断を下すというやり方が、正統なものとして認められる背景が整った。
このように第二部では、マスラハが法に可変性・柔軟性をもたらすことによって法の無欠缺性を保証すべく法理論中に組み込まれた概念であることを明らかにした。そして第三部では、法の実践におけるマスラハの役割を明らかにすべく、10〜16世紀にかけてマグリブ・アンダルス地域(西地中海周辺のイスラーム地域)のマーリク派法学者達によって発行されたファトワー(イスラーム法学者の発行する法的見解)を編纂した『ミウヤール』を分析した。
その結果、『ミウヤール』に収録されたファトワーの約10%が明示的にマスラハ概念を援用しており、そのほとんどにおいて実際の事案に既存の法規範を適用することがマスラハであるととらえられていることが明らかになった。つまり法規範に則したファトワーを発行した法学者達は、明示的にマスラハを援用していようといまいと、基本的に「法の目的」たるマスラハは法規範の適用によって保全されると考えていたといえる。また法規範の解釈に多様性があったり、ひとつの事案に複数の法規範が関与したりするようないわゆるハード・ケースにおいては、マスラハが法源として機能する場合もあるが、その頻度は低い。総じて法の実践におけるマスラハは、法に可変性・柔軟性をもたらす概念というよりは、法の不変性・首尾一貫性を保証する概念としてたちあらわれているといえる。つまりマスラハが理論上「法の目的」と同定されたことにより、ある事案に法規範を適用する場合もしない場合も含め、法学者は常に一貫してマスラハの保全を目している、という外観が構築されることとなった。
欧米研究者によるマスラハ研究には100年近い歴史があり、概ねマスラハは法理論の原則に矛盾する法規範や法学者の恣意的解釈を正統化するための法解釈のツールとしてとらえられてきた。しかしマスラハの歴史をひもとくと、マスラハは確かに法に可変性をもたらす概念として理論化されたが、法学者達は法の実践においてマスラハのそうした機能を用いることに対しては謙抑的であり、彼らはむしろ法の不変性を担保する概念としてマスラハを用いてきたことがわかる。
またマスラハの理論と実践の考察を介して明らかとなったのは、イスラーム法研究者アティーフ・アフマドA.AtifAhmadの言をかりるなら、イスラーム法の理論と実践は構造的相互関係にあるということである。先行研究においては、歴史的にイスラーム法規範の成立が法理論の成立に先んじていることを理由に、イスラーム法理論は法規範を正統化する役割のみを果たす没価値的なものであるとみなされることが多かった。しかし10世紀以降、マスラハが正統な概念として法理論中に組み込まれたように、変遷する社会に「神の法」を適用しつづけるための刷新は法理論の中でも図られてきた。その背景には、法の無欠缺性を理論的に保証するという実質的な必要性があった他、「利益」や「善」を考慮して法判断を下すという一部の法学者達による法実践の現実があったといえる。他方マスラハの理論が成熟すると、今度はその成果が法の実践にフィードバックされ、イスラーム法は理論においても実践においても「法の目的」の保全を目している、という首尾一貫性がもたらされることとなった。
マスラハはイスラーム世界に近代化の波が押し寄せた19世紀末や、政治イデオロギーとしてのイスラーム主義が議論される現在など、イスラーム世界が大問題に直面している時代にイスラーム法学者達によって盛んにとりあげられてきた概念でもある。また憲法や民主主義といった制度・思想、映像やインターネットといった技術、輸血や臓器移植といった医療的施術など、数多くの近現代文明の産物をイスラーム的に合法と解釈する理由としてもあげられてきた。今後のイスラーム法、ひいてはイスラームの行方を考える時、マスラハがイスラーム(法)に可変性と不変性を矛盾なくもたらす機能をもった概念であるということが、あらたな重要性をもって浮上してくるかもしれない。

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