1990年代以後地方分権改革における福祉ガバナンス―旧鷹巣町(北秋田市)の福祉政策から―

朴 姫淑

1.研究対象と問い
本論文は、1991年から現在までの秋田県鷹巣町・北秋田市(2005年合併)の福祉政策を対象とした詳細な事例研究である。論文は3部構成となっており、第1部では分析枠組みを示し、第2部では鷹巣町における福祉ガバナンスを時系列的に分析し、第3部では福祉ガバナンスの争点を分析した。
鷹巣町が注目された理由は,自治体と住民との協働で,他の自治体よりはるかに高い水準の福祉を実現したからである.1991年から3期12年間続いた岩川町政のもとで鷹巣町は,全国標準を上回る福祉政策を次々と生み出した。しかし、「成功」と評価された鷹巣町の福祉政策は、2003年町長選挙で現職が4期目挑戦で落選してから,新町長のもとで全面的に見直された。新町長は、岩川の政策を「福祉偏重」と批判し,「身の丈福祉」を打ち出した.また、自治体の財政危機を理由として合併を進め,2005年鷹巣町は周辺3町と合併し北秋田市に生まれ変わった.合併後も福祉見直しは続いている。
これまで鷹巣町の福祉を取り上げた研究は、まず、分析的論文が少なく、政策紹介の性格のものが多かった。また、2003年政権交代以前の研究は、鷹巣町の福祉政策を賞賛する立場がほとんどであり、政権交代後の研究も福祉推進派を擁護する立場が多く、なぜ福祉政策が否定され政権交代に至ったのか、そしてその後の福祉見直しの性格は何か、については明らかではなかった。とくに、先行研究では、福祉政策と他の政策との関係や住民の多様な生活との関係がうまく捉えられなかった。しかも、鷹巣町の福祉政策の特殊性を強調し、1990年代以後の地方分権改革や社会福祉改革との関係で、鷹巣福祉の普遍的性格が浮き彫りにならなかった。したがって、鷹巣町の福祉政策について、長期的視点でかつ地域住民の生活の変化や国の政策の変動まで視野に入れた分析が求められた。
本研究の問いは、四つである。第一に、90年代に「先進的福祉モデル」として評価された鷹巣町の福祉政策がなぜ見直されているのか。第二に、福祉ガバナンスにおける住民参加と協働の課題は何か。第三に、地方分権改革や社会福祉改革の中で、福祉経営と公的責任はどのように変化したのか。第四に、福祉財政を中心として福祉ガバナンスにおける社会的合意をどう確保するか、ということである。

2.研究方法および分析枠組み
本研究は、ひとつの事例に対するモノグラフだが、複数の方法を通して分析を行った。第一に、行政や議会、福祉施設、住民活動に対する一次資料および記録を分析し、1991年から現在までの鷹巣町の福祉政策を時系列的に再構成した。第二に、鷹巣町の福祉政策を取り上げた新聞記事やルポルタージュ、ドキュメンタリーなどの二次資料をもとにして鷹巣町の福祉政策がどのように評価されたかを検討した。第三に、見学・参加・観察を通して、過去の記録によって得られた知識を相対化し、その後の変化を分析した。第四に、2005年7月から2009年8月まで総10回の現地調査を行い、246件の面接調査を行った。面接調査の対象は、政治家、福祉施設関係者、地域住民、地域の様々な団体の関係者、ジャーナリストや研究者等の外部支援者、厚生省の官僚など多岐にわたっている。
本研究は、鷹巣町の事例から地域福祉政策を分析するため、福祉ガバナンスという枠組みを用いた。それは、日本で1990年代以後地方分権改革や社会福祉改革を通して福祉ガバナンスの場が開いたという認識に基づいている。福祉ガバナンスの論点としては、第一に、住民参加と協働の課題に注目した。福祉における住民参加は、制度化の危険や包摂効果を自覚しながらも、制度への介入を通して自らの要求を実現する効果があった。また、今日の「協働」とは、多数のアクターが対等性や平等性を前提としながら、目標を共有し対立も含めて協力し合う過程を意味しているが、その中身は分析が求められる。
第二に、「福祉経営」という概念を戦略的に用いるが、それは、制度や政策のようなマクロレベルではなく、ケアとサービスの交換や利用者とワーカーとの相互作用のようなミクロレベルでもない。「福祉経営」とは、利用者や労働者、経営者、家族、自治体、住民など、福祉経営の多様な利害関係者の効用や潜在能力を最大化する経営である。この概念化は、多様なアクターに優越をつけ、一方の効用の増大が他方の効用の減少をもたらす矛盾を浮き彫りにし、そうした現象を容認する態度を批判する効果がある。そこで、福祉経営の5つの要素として、利用者に対する包括的生活支援(ケアの質)、労働者に対する雇用条件の確保(労働力再生産)、事業体の持続性(経営責任と経営効率性)、地域との関わり(住民参加と地域資源との連携)、制度・政策提案能力(社会的行動)を提示し、それらを分析した。
第三に、本研究は、福祉ガバナンスの多様なアクター間の葛藤と対立、また協力と調整過程の中での社会的合意に注目した。社会的合意と関連して、まず、福祉に対する公的責任は、単に政府や自治体の責任だけに限定されるものではないと考えた。公的責任は、①財源調達、②サービス供給、③規制、④市民評価、⑤トータルシステムの構築という側面に分絶できる。また、アクターの多元化が必ずしも国家の役割の縮小を意味するわけでもない。その問題を明らかにするためには、福祉ガバナンスにおけるアクター間関係、とりわけ、パートナーシップの性格を分析する必要がある。さらに、福祉ガバナンスにおける社会的合意は、政治的決定という完全合意より、プロセスに焦点を当てる不完全合意に注目する必要がある。
本論文では、福祉ガバナンスのアクターとして、利用者、家族、労働者、事業体、自治体行政、地方議会、中央政府、住民(市民)、外部支援者、メディアなどを設定した。ただし、福祉ガバナンスのアクターは固定しているのではなく、課題によって変わる。ガバナンスという概念は外部者の介入を正当化し、外部者を当事者化する性格を持っている。福祉ガバナンスでは、特定のアクターの当事者性を絶対化しない。福祉ガバナンスに参加するアクターは、共通の課題に関わることによって、当事者でありながら、代行者であり、また利害関係者としての属性を分有する。

3.鷹巣町における福祉ガバナンスの時系列分析
第3章では、1991年から1994年までの岩川町政第1期目を、鷹巣町で福祉ガバナンスが出現した時期として捉えた。高齢者福祉を公約とする首長が誕生し、それを支援する住民参加が始まった。行政と住民との協働によって展開される福祉は、中央政府の政策方向とも一致し厚生省の全面的応援を受け、外部支援者やメディアの注目を集めた。しかし、反対勢力が常に存在する中で、福祉政策を実現するためには、手続き的透明性、説明責任、根拠に基づいた主張と調整が必要であることが明らかになった。
第4章では、1995年から1998年までの岩川町政第2期目を、鷹巣町の福祉政策が全国モデル化し、一方では地域主義が胎動した時期として捉えた。鷹巣町が達成した全国モデルとは、①全室個室という福祉施設モデル、②介護保険の保険者としての自治体モデル、③住民参加に基づいた政策実現という民主主義モデルであった。しかし、全国モデル化が進む中で、地元注民の要求と自治体の福祉政策との対立が起き、地域主義が登場した。
第5章では、1999年から2002年の岩川町政第3期目を、「鷹巣福祉」と中央政府政策との衝突という視点から分析した。2000年介護保険の実施により、「先進的」福祉としての鷹巣町の福祉政策は、全国標準との調整を余儀なくされた。2003年の選挙では、福祉政策の継続を主張した現職と、福祉政策が自治体財政の破綻を呼び起こしたとのことで、合併を通した財政再建を訴えた新人との対決となった。その結果、住民は福祉の継続より合併を選んだ。
第6章では、2003年から2004年までの鷹巣町政、また2005年市町村合併以後の北秋田市政が打ち出した「身の丈福祉」の性格を検証した。「身の丈福祉」政策は、第一に、岩川町政の遺産を清算すること、第二に、中央政府の制度や政策の範囲で自治体の政策を限定すること、第三に、福祉事業体の経営において、利用者のニーズや労働者の生活保障より、事業体の採算性を優先すること、第四に、福祉と医療との政策間一貫性が欠如していることが、その特徴である。

4.福祉ガバナンスの争点分析
第7章では、住民参加と協働の課題について、鷹巣町の住民ワーキンググループの事例から分析した。その結果、当事者中心参加と二者間協働の問題が明らかになった。まず、当事者中心参加は、福祉ガバナンスにおける他のアクターの排除につながり、当事者を受益者化する傾向があった。次に、受益者と行政との二者間協働となると、行政と参加する住民との強い相互依存型協働が生まれてしまう。それによって、行政は善政の主体となり、住民は善政の受益者となってしまう。結局、納税者市民と受益者市民との分断を呼び起こし、住民参加の意義が矮小化してしまう。
第8章では、福祉経営と公的責任について、福祉公社およびその他の福祉事業体の経営を分析した。福祉経営の分析のため設定した5つの要素によると、第一に、ケアタウンや福祉公社の経営は利用者に対する包括的生活支援の面で高く評価できる。第二に、正職員・資格者中心雇用によって、ケアワーカーの生活を保障し、ケア労働に対する社会的価値評価を高めた。第三に、福祉経営に対する経営責任を自治体が取り、事業経営において収益よりはサービスの質の向上に力を入れた。第四に、地域との関わりについては、住民参加を通して福祉施設や事業体が作られ、福祉は住民が作り上げるものであることを示した。第五に、制度・政策提案能力においては、日本の福祉施設の標準を変え、国の制度の限界を自治体が補完した点で評価できる。
ところが、福祉経営という視点からすると、問題点も少なくなかった。まず、専門職中心の豊富なケアワーカーの確保は、他の地域資源との関わりを薄くし、利用者の生活を施設完結的にさせた。また、自治体の経営責任の明確化は、逆に経営責任を事業体の外部に置くことによって、自治体の方針が変わったときに、事業体の経営が危うくなる結果を招いた。さらに、経営効率性の面で福祉公社の経営は、最高の質を保障するために最大限のコストをかける方式であった。それは事業体の単体的な立場からすると質の高いサービスであるだろうが、地域全体からすると非効率的でかつ不公平な経営という批判を避けられない。
鷹巣町の福祉政策が、福祉に対する公的責任について提起する課題は、次のようなものである。第一に、財源調達においては、社会保険方式であれ、租税方式であれ、利用者と労働者の生活保障が同時に可能な仕組みが求められるが、それは制度を設計する国や自治体の責任である。第二に、サービス供給について、国や自治体は供給者間に公平な競争が可能であり、サービスの質を管理できる仕組みを作ることが必要である。第三に、現在は規制に対する自治体の自覚は少ないが、自治体の「適切な規制」が求められる。規制強化や規制緩和という二項対立ではなく、適切な規制は公的責任の重要な要素である。第四に、市民評価については、市民が自主的に福祉サービスの質を管理する消費者としての機能をより強化する必要がある。市民評価は、市民エンパワーメントの効果があり、市民の利用者意識や納税者意識の成長に繋がる。第五に、地域トータルシステムの構築については、その主導的役割を担ってきた自治体がその機能を失ったとき、混乱が起きることが明らかになった。地域トータルシステムは、より広範な地域資源との連携によって構築されることが望ましく、さまざまなレベルでの連携システムを作り上げることが、利用者のための持続可能なシステムにつながる。
第9章では、福祉財政と社会的合意について、鷹巣町・北秋田市の財政分析や福祉予算分析、また、福祉反対派の主張を分析した。その結果、鷹巣町の福祉政策が財政危機をもたらしたという論理には根拠が不足しているにもかかわらず、住民がそれを信じ込んで政治的選択を行った理由について、財政説明責任が不十分であったことを原因としてあげた。鷹巣町では、福祉政策を進める行政とそれに反対する議会との関係が対決に走り、互いの立場を理解した上で共通のビジョンを作り上げることはできなかった。鷹巣町では、異なる立場の人々が対話や説得、妥協を通して共存する道を見つける努力が不十分であった。じっさい、自治体の財政自立ができないのは慢性的な問題であり、それは自治体の経営責任だけに還元することは無理である。自治体の福祉財政に対する説明責任は、単に自治体経営に対する透明性を確保すること以上の含意がある。しかし、現在地域が抱えている全ての問題が福祉政策の結果だとは言えない。推進側も反対側も住民の不安を解消し希望を与える未来の展望を提示せず、一方は福祉の持続のみを、他方はその否定だけで、住民に判断を求めてきた。またそこには、政治が全ての生活問題を解決してくれるとまでは考えないが、政治に漠然とした期待を託す住民の姿がある。
第10章では、結論と残された課題を述べた。本研究では、鷹巣町の事例が特殊な現象ではなく、普遍的な現象であることを示したが、残された課題も少なくない。まず、鷹巣町の事例分析のためには、マクロな視点が求められたが、それが十分ではなかった。また、福祉経営や福祉ガバナンスについては分析枠組みとして精緻化する必要がある。この研究が旧鷹巣町と北秋田市を生きる人々に自らを省察し、これまで身近なところにいながら知らなかった相手を理解するための参考になることを望んでいる。

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