レオーノフ『泥棒』の研究

田中 まさき

この論文では、ソヴィエト期のロシア文学における代表的な作家の一人であるレオニード・マクシーモヴィッチ・レオーノフ(1899-1994)の、第二長編『泥棒』(1927,1928,1959)を論考の対象とする。『泥棒』における様々な版のテクストを取り上げ、基本的にそれらテクスト間の相違を比較することによって作家の意図を分析し、作品世界と作家像を捉えなおすことを目指す。そして、テクスト上の異同という具体的な対照比較を議論の前提に置くことによって、作品の新たな理解を導こうとするものである。

第1章『泥棒』とはいかにして書かれているか
1.レオーノフ『泥棒』の諸版テクストが発生した経緯
この作品が最初に発表されたのは1927年の雑誌連載時のことであり、その後作者による改訂を経て28年に第一版のテクストが単行本や全集の収録作品として公刊された。この第一版のテクストを基礎としつつ、物語の主要な性質を継承する第二版が出版されたのは1959年のことである。作品の基本であるプロットの観点からすると、この二つの版には互いに共通する要素が非常に多く見られるのは確かである。一方で改作の結果、第二版のテクストは独自の構造を持つにいたっており、二つの版のテクストを同一の作品とみなすことはできない。

2.『泥棒』の諸テクストに共通する基本的な作品構造について
20年代のレオーノフは「スカース(語り)」の手法に関心を持っており、初期作品における彼の文体の特徴はむしろレーミゾフなどの他の作家と対比されるものである。『泥棒』においてもそうした傾向が引き続き見受けられ、スカースに対する彼の関心は作品の構成を概観する際に重要な意味を帯びてくる。すなわち、『泥棒』のテクストは様々な人々の様々な語りの素材によって構成されているものとしてみることが可能である。この小説の持つ入れ子構造は、『泥棒』作中に登場する小説家フィルソフの小説内小説に依存していると言うより、実際はむしろ様々な語りのモザイクによって維持されているのである。それぞれの登場人物に固有の語りと語彙を割り当てることによってレオーノフは、全体としてモザイクを形成する様々な素材を作り出すことに成功している。

第2章第一版のテクストにおける改訂(1927-1928)はいかに行われているか
1.作者による20年代の改訂作業によるテクストの異同とその傾向
この章は、第一版における複数のテクストをもたらした、20年代の作者による改訂がテーマである。『泥棒』はそのテクストの成立の過程において、第一版から第二版への書き直しを除いても、たびたび改訂作業が繰り返された結果、複数の異なるテクストが生まれている。作者による改訂の結果、第一版の段階において既に、単行本のテクストと雑誌に掲載されたテクストとの間にさえ少なからぬ差異が生じてしまっている。しかしながら第二版への書き換えが作品構造の複雑化を意識し、書き加えることによって主として進められたのに対して、第一版における改訂は構造の明解化のために不必要な要素を除去することにつながっている。

第3章サバシニコフについて
この章では、作家の岳父にあたる人物サバシニコフの伝記的な事実を探ることにより、20年代に若き作家を取り巻いていた環境について論考する。

第4章.『泥棒』と20年代の文化
第一版テクストにおいて確認できる、テクストが異なる個性を持ったモザイク断片の集積が、ある順序に配置されることによって異なる次元に一つの筋を生み出す手法について、当時発展していたソヴィエト映画の理論(とりわけプドフキンの「モンタージュ論」)を参照してみる。
またレオーノフは、戯曲家としても一つの確立された研究テーマになっている。しかし、それらの研究は特に30年代以降、作家が戯曲に集中した時代に偏っている。レオーノフの戯曲については中期以降の作品が有名だが、20年代から既に戯曲の執筆を行なっていた。ソヴィエト演劇界の硬直化が進みつつあったこの時期、劇団運営の安定を図ろうとする劇場側の思惑ともからんで、レオーノフは処女長編『穴熊』の戯曲化(1927年9月27日ヴァフタンゴフ劇場にて初演。ザハーヴァ演出)や、『ウンチロフスク』(1928年2月17日モスクワ芸術座にて初演。スタニスラフスキー演出)の戯曲化を手がけ、モスクワ芸術座などとの連絡関係を持っている。
作中で非常に重要な機能を果たす登場人物である作家フィルソフについて考えてみる時、舞台芸術との関連は大いに示唆的であると思われる。例えば、作中で度々強調される、彼の道化としての形象や独自の機能について、演劇界におけるイタリア喜劇の流行やロシア文化における旅芸人(スコモローヒ)の伝統を参照することは可能であろう。

第5章1959年の改作――泥棒の構造と書き直しの関係性
5章-1.第一版テクスト(1928)から第二版テクスト(1959)への書き直しについて
第1章においては第二版を、第一版を継承する形で書かれたものとして捉えたが、この章においては全く別個性のテクストとして版の間の相違を参照することで、作品世界を論考する。
この小説の改作は主として文章や単語の挿入という書き加える作業が中心となっている。テクスト間の異同を分析してみると、改作によって付け加えられた要素がモザイクを形成する素材同士の関係に影響を及ぼしている。モザイクを構成している要素は第一版において、それぞれの話者のために個別に特徴づけるべくレオーノフによって準備されていたが、第二版においてはそうした素材としての性格を変化させられている。すなわち、書き直しによって付け加えられた文章は、伝聞や推定の要素を織り込むことによって間接的に話者の交代を意味している。第一版においてモザイクを構成した一元的な性格の素材が、書き直しを経て第二版ではより複雑な性格を帯びたのである。そうした素材同士の関係がより複雑化するにしたがって、作中に存在する様々な境界が次第に不明瞭になっていく。第一版の基本的なプロットを維持しながらも、第二版はまた別の構造を持った作品として変容を遂げている。

2.改作によってもたらされる物語の構造上の変化について
第二版のエピローグ部分の一部が、第一版では第4部の最初におかれていることによって、第一版のテクストでは、小説内小説『ミーチャ・スムロフの不幸』の完結が語られ、確認される。つまり、第一版テクストでは、入れ子の内側を形成していた小説が完結したことによって、第4部は小説内小説の結末との対比によって『泥棒』の結末に向かって進行する。したがって、第一版のテクストは『スムロフの不幸』という構造の内側において破滅するミーチャと、その外側で破滅を回避する『泥棒』のミチカの対照を鮮明化している。すなわち、レオーノフによって小説の中に持ち込まれた枠組みについて、第一版では、枠組みの内部が完結し、その内容とは対照的に物語が決着することによって、内と外との境界はより明確になっている。

第5章-2書き直しによる作品世界全体への影響
1.主人公の「死と再生」のテーマと書き直しについて
小説の結末が第一版と第二版とで異なる印象を与えるのは、小説の構造に起因するモチーフ展開の相違による。すなわち第一版では、作品世界全体が作り物として出来上がった舞台であり、そこではあきらかな虚構である劇中劇が進行可能である。そうした劇中劇内での主人公の破滅と、同時にその外側の舞台上における再生が行われる。ところが第二版では、作品が展開する舞台全体が、ソヴィエト社会の変化に伴い、読み手にとってリアルな世界へ接近せざるを得ない状況が生じている。すなわち、観客の目線まで物語の舞台レベルを降下するということは、物語世界全体の地盤沈下を生み、第一版で表現された「作り物」をそのまま反復することはすでに困難になっている。そこで、第一版で描かれた「枠の外での主人公の再生」は不可能となり、必然的に主人公ミチカは『泥棒』の作品世界での破滅が決定される。しかし、第一版ですでに示されていた、逆転を可能にする構造を再利用し、第二版では反対に、衰弱し、破滅しつつある『泥棒』の主人公が枠の中(『ミーチャ・スムロフの不幸』)へと逃げ込むことを可能にしている。つまり、劇中劇の内側での再生の可能性を主人公に与えているのである。

2.第二版テクストの成立と同時代のソヴィエト社会との関わり――社会主義リアリズムとの関係から
ソヴィエト文壇の成熟によって確立された社会主義リアリズムの規範的文体によって、描くべき物語と読み手を取り巻く環境との間の境界は著しく狭まった。そのため、第一版で描き出されたような極端な落差を伴う死と再生のテーマは、ソヴィエト中期にはおよそ表現不可能な絵空事となった。しかし、作品が本来持っていた可能性を再検討した結果、作者はそれぞれの虚構の段階で進行するエピソードを入れ替えるとともに、この二つの舞台で進行する虚構のレベルを逆転させることによって、長編小説と中編小説の結末を混乱させ、全体としてなおも主人公の再生への期待を切り捨てないでいることに成功している。
かくしてレオーノフは、単に社会主義リアリズムの制約によって作品を改作したというだけではなく、社会主義リアリズムのカノンが持つ拘束力を創作上の推進力として転化することによって、20年代の実験小説の精神を継続しつつ、新しいソヴィエトの小説として作品を創作し直したのである。

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