ライフコースの多様化が生み出す女性間の対立と葛藤―戦後「主婦論争」を通して―

妙木 忍

本稿のテーマは、ライフコース選択をめぐる女性間の対立と葛藤である。一人の女性の内部にも、家庭か職業かの選択をめぐって葛藤があるが、それが異なる二種類の女性のあいだの対立の形をとることがある。たとえば、「結婚する/しない」「子供を産む/産まない」「仕事を継続する/しない」「専業主婦になる/ならない」などの違いによって、女性間にはこれまで長い間対立が続いてきた。女性同士の比較や対立は、なぜ、どのように生じているのだろうか。本稿はその対立と葛藤をめぐって、戦後6次にわたる「主婦論争」の分析を通して、その言説配置と変容を明らかにすることを目的とする。
「主婦論争」とは、戦後における主婦をめぐる論争であり、1950年代の第1次主婦論争(1955-1959)、1960年代の第2次主婦論争(1960-1961)、1970年代の第3次主婦論争(1972)がよく知られている。これらはそれぞれ、主婦の職場進出をめぐる論争、主婦のおこなう家事労働の経済的評価をめぐる論争、主婦の立場の正当性をめぐる論争ということができる。これらの論争は、女性の主婦化が進行して分解する1970年代までに出そろっていた。
結婚して主婦になることが自明とされた第1次・第2次主婦論争期を経て、第3次主婦論争期は主婦の自明性が揺らぎ始めた時期であり、専業主婦のアイデンティティのゆらぎがこの論争の問いになっている。社会史的にも、女子有配偶者の労働力人口は増加し続け、女子就業者の従業上の地位別構成比で雇用者が増加し、女子雇用者の有配偶化も進むなど、第3次主婦論争期のころには主婦の自明性は失われ始めていた。そして1980年代以降、女性のライフコースは多様化した。そしてそれ以降、主婦の自明性は喪失したと考えられる。しかしそれ以後も、主婦をテーマとした論争は繰り返されている。
そこで本稿は、3次にわたる主婦論争に加えて、1980年代のアグネス論争(1987-1988)、1990年代の専業主婦論争(1998-2002)、2000年代の「負け犬」論争(2003-2005)を、「第4次主婦論争」「第5次主婦論争」「第6次主婦論争」と定義し、これらの論争を、6次にわたる「主婦論争」として一貫した枠組のもとで比較検討する。その判定基準は以下の三つである。第一に論争のテーマに主婦の役割や立場に関する内容が含まれているものを対象とする。第二に媒体について、大衆的なマス・メディアで議論された論争を対象とする。第三に参入者は、上記の一般向け媒体に登場した有名・無名の論者とし、ミニコミやウェブ上、または専門誌を媒体とする専門家のみによる論争はここに含めない。以上の6次にわたる論争の比較を通じて、「主婦であること」からの距離がよく測られ、市場労働と家事労働のあいだで揺れ動いてきた女性たちの差異と共通点をめぐる言説配置とその変容がよりよく理解できると考えるからである。
本稿の構成は、次の通りである。第1章では、問題の所在と本稿の課題を明らかにする。第2章では、分析対象と分析方法について述べる。分析対象は、第1次・第2次・第3次主婦論争は上野千鶴子による先行研究・資料集(1982a,b)所収論考、第4次主婦論争は「アグネス論争」に関する記事(雑誌・週刊誌148件と新聞115件の合計263件)、第5次主婦論争は石原論と林論に関する記事(雑誌・週刊誌50件と新聞64件の合計114件)と、補足分析として「専業主婦」に関する記事(雑誌・週刊誌298件と新聞190件の合計488件)、第6次主婦論争は「負け犬」に関する記事(雑誌・週刊誌275件と新聞111件の合計386件)を選択する。雑誌・週刊誌は大宅壮一文庫Web-OYAを、新聞記事は『朝日新聞』データベースを主に用いた。上記で確定したテクストの集合を、戦後60年というタイムスパンの中で読み解く。分析方法としては、言説配置の対立軸の分析をおこなう。長期的な分析において本稿は、当該時代特有の社会史的背景など言説の文脈を考慮に入れ、時代や論点の変容とともに移り変わる争点の登場や脱落に着目する。どの時代に、どのような文脈で、何を理由に、どのカテゴリーの女性が、どのカテゴリーの女性を比較対象(準拠対象)として採用しているのかについて、通時的に考察する。
第3章から第6章にかけては、各論争を分析する。第3章では、3次にわたる「主婦論争」を前史として分析する。第4章では、第4次主婦論争を分析する。第4次主婦論争は別名「子連れ出勤論争」とも呼ばれ、働く母親の増加を背景に、仕事と育児の両立問題が論点となった論争である。第5章では、第5次主婦論争を分析する。第5次主婦論争は、主婦役割全面否定論を採用する石原里紗と主婦役割全面肯定論を採用する林道義らが対立した。この論争は、専業主婦の階層分解を射程に入れたものであり、社会学者らによる専業主婦絶滅論・贅沢論・廃止論を前史に持つ。第6章では、第6次主婦論争を分析する。第6次主婦論争は、30代以上・未婚・子なしの女性を「負け犬」と呼んだ酒井順子のエッセイ(2003)によって始まった論争であり、「負け」言説を採用することにより、「勝ち犬」(既婚・子持ち女性)との葛藤を事前に回避したものである。第7章ではこれら6次にわたる主婦論争を通時的に分析し、第8章をまとめとする。
本稿の発見と功績は以下の通りである。6次にわたる主婦論争には、三つの断絶が発見された。第一の断絶は、第1次・第2次・第3次主婦論争と、第4次・第5次・第6次主婦論争の間にあり、準拠対象に変化が生じた。これは主婦の自明性喪失以前と以後の区分と歴史的に対応している。既婚女性カテゴリー内部だけでの比較は、主婦の自明性喪失以前の産物であり、その後、比較の起点と終点を結ぶ範囲は拡大した。第二の断絶は、第1次・第2次・第3次・第4次・第5次主婦論争と、第6次主婦論争の間にあり、争点となる規範に変化が生じた。第1次から第5次主婦論争においては性役割規範が女性を分断する争点となっていたが、第6次主婦論争においては、それが争点から脱落し、その代わりに、婚姻や出産というライフコース規範が争点に浮上した。以上の第一の断絶と第二の断絶の時差は、戦後女性が社会史的な変化を遂げる中で、論争の形式がまず変化し、その後しばらくして論争の内容が変化したことによって説明できる。また、長期にわたって性役割規範が女性を分断してきた時代の終わりを予見させる。
次に、第三の断絶も発見された。これは、第一と第二の断絶の間に発生した。第1次・第2次・第3次・第4次主婦論争と、第5次・第6次主婦論争の間にあり、女性の意識の変化という観点からみた断絶である。これは、主婦以外の「生きがい」を求める女性たちの台頭、性役割規範の強制から選択への移行が言説の上で語られ始めた1990年代以降と歴史的に対応している。第三の断絶は、やがて発生した第二の断絶の前兆として解釈できる。
以上の分析から、6次にわたる主婦論争においてジェンダー規範の変容が読み取れる。それは、性役割規範からライフコース規範への移行と争点の限定である。本稿ではこれを、婚姻や出産が自明視されている時代にはライフコース規範は問われず性役割規範が争点となりえ、婚姻や出産が自明視されない時代にはライフコース規範が争点に浮上したと解釈する。つまり、主婦をめぐる二つの規範(性役割規範とライフコース規範)は、論理的には独立したものであるが、第5次主婦論争期までは融合しており、第6次主婦論争期以降に初めて分離したと考えることができる。また、戦後主婦論争における二つの主婦役割全面否定論(第1次主婦論争の梅棹忠夫論と第5次主婦論争の石原里紗論)が、主婦の大衆化への過渡期と主婦の衰退への過渡期に歴史的に対応していることも明らかになった。
だが、このような規範の変容にもかかわらず、6次にわたる主婦論争に一貫している共通点も見出せる。それは各論争における女性同士の比較の起点と終点を論理的な樹形図に表してみると、女性カテゴリーをまず分断する潜在的カテゴリーとして、ライフイベント(婚姻や出産)が位置していることであった。これを本稿は「ライフイベントの優位性」と呼んだ。女性間を長い間分断してきた性役割規範は言説上、第5次主婦論争を最後に弱体化し、分解した。しかしその後、ライフコース規範が女性を分断した。いずれの場合も、女性カテゴリーを上限として、女性カテゴリーの再生産が繰り返されていることがわかる。
本稿の意義は、1980年代以降の主婦論争を分析し、戦後6次にわたる論争群を、一貫した主婦論争という枠組でとらえ、通時的な比較と分析をおこなった点である。また、その過程で、主婦という概念のもとに未分化に用いられてきた二つの規範(性役割規範とライフコース規範)の融合と分離の発見ももたらされた。また、女性という集合的カテゴリーが、婚姻や出産というライフイベントにともなう潜在的カテゴリーから成り立っており、時代ごとに性役割規範かライフコース規範かが選択されながら女性カテゴリーが再生産されていることも明らかになった。
本稿の限界は次の通りである。分析の切り口に関しては、「主婦論争」という主題に限定して論争の一面を切り取ったため、また、女性間を分断する規範に特に注目したため、ありうる論点をすべては拾い上げることができなかった。本稿のテクストコーパスには一定の網羅性があるものの、分析や方法には恣意性を免れない。また本稿は、言説の変容と社会史的背景との歴史的な対応関係については言及に留まり、因果関係については証明することができないし、またそれを意図していない。

一覧へ戻る