地理情報システムを用いた考古学的時空間分析の方法と実践 西南関東における縄文時代錘具分布を題材に

近藤 康久

本論文では,遺跡・遺物の大規模データから遺物にかかわる人類活動の時系列動態と空間的広がりを高解像度で読み解くために,考古データに固有のバイアスを低減し,遺物の分布特性および機能特性を多角的に評価する方法について,西南関東における縄文時代の土錘・石錘の分布状況を題材に取り上げて議論した。

第1部では方法論的枠組みを構築した。まず第1章では,縄文時代網漁業研究の現状と課題を,錘具の用途をめぐる議論を中心に据えて整理した。縄文時代の土・石錘は漁網錘と見なす説が有力ではあるが,打欠石錘については編布用などの異説があって評価が定まっていない。その一方で,国土開発に伴う発掘調査の蓄積により,膨大な数の錘具が出土している。そのため,これを悉皆的に収集して,時間的にも空間的にも高い解像度で解析すると,錘具を用いた活動の時間的変化と空間的広がりの詳細を明らかにでき,もって用途の問題を再検証できるという着想に至る。

そこで第2章では,このような研究を実現する手段として地理情報システム(GIS)を導入するメリットを提示した。GISは,(1)空間情報を伴う様々なデータを統合的に管理でき,(2)空間データを自在に組み合わせて,任意の縮尺で表示でき,そして(3)空間的位置関係に基づく集計やデータ解析ができるという特長をもつ。錘具の研究に照らすと,時空間の分析尺度を自在に調節しながら,大量のデータから効率的に考古学的パターンを抽出できるという利点がある。

第3章では,研究の方法を,考古学GISの作業工程と関連づけつつ構想した。はじめに,対象地域として選定した西南関東のデジタル標高モデル(DEM)や縄文時代の海域等のベースマップを作製した。次に,研究用ジオデータベース「JOKERBASE」を設計した。データベースは,遺跡テーブルと遺物テーブル,遺跡フィーチャ(地物データ)および集計クエリから構成され,遺跡の一意識別子を用いてこれらを相互に関係づける。錘具の器種と時期は,データベースでの運用に適した3桁の識別子を用いて分類した。その上で,発掘調査報告書から錘具出土遺跡および個別の遺物データを抽出し,ジオデータベースに格納した。また,遺跡地図のデジタイズにより遺跡のGISフィーチャを作製した。

次に第2部では,時空間分布の基礎的評価として,第4章で個別遺跡における出土状況を観察し,第5章でその結果をGISマップに反映させつつ,報告実数・帰属時期・器種・コンテクスト・重量分布の観点から要約した。その結果,以下のパターンが明らかになった。(1)西南関東の武蔵野台地・多摩丘陵・相模野台地・三浦半島一帯では,現在までに354遺跡から11,570点を超える縄文時代錘具が報告されている。(2)報告点数の多い遺跡は,古相模湾周辺と古鶴見湾岸,多摩川下流左岸,目黒川・野川・谷田川水系に集中し,その他の湾岸部や多摩丘陵にもスポット的に存在する。(3)錘具は早期に出現するが,前期前半の黒浜式期以降,相模野台地南縁部の遺跡に継続的に伴う。中期中葉の勝坂式期には対象地域全域で打欠石錘・土器片錘ともに報告点数・遺跡数の増加が認められ,中期後葉の加曽利E式期と後期前葉の堀之内式期にも盛行した後,後期中葉以降再び減少に転じる。(4)器種構成の観点からすると,早期から中期中葉までは,打欠石錘と土器片錘が主体をなす。後晩期には切目・有溝石錘と有溝土錘の組成比が高まり,器種構成が多様化する。(5)早期から後期まで,武蔵野台地の東部には土器片錘を主体とする遺跡が多く立地する傾向があり,多摩川中流域では相対的に石錘の比率が高い。いっぽう,相模湾方面では,前期から中期後葉にかけては打欠石錘が優勢で,後期には土器片錘が優勢になる。入間台地では,後期に打欠・切目石錘を主体とするアセンブリッジがみられる。(6)中期中葉の土器片錘の素材型式については,武蔵野台地東部に阿玉台式が優勢な遺跡が多く,それ以外の地区では勝坂式を主体とする。(7)コンテクストに着目すると,時間的信頼度の高い住居址床面からの一括出土資料は26例あり,最大で30点がまとまって出土している。同一個体に由来する土器片錘は31組確認されており,最も多くて14点一組である。その他,貝塚や低湿地の自然流路から100点規模で検出された事例もある。(8)大規模集落では,少数の住居址から多数出土する一方,大多数の住居址からは1点から数点出土するにとどまるというゼータ分布型の出土パターンが認められる。(9)錘具の重量分布は軽いものほど度数が高く,重いものほど度数が減少するが,突出して重い資料がごく少数存在するというパターンを示し,対数に変換すると正規分布に近似する。土器片錘,切目・有溝石錘,打欠石錘の順に重量平均値が2倍になる。土器片錘では,勝坂式よりも阿玉台式,阿玉台式よりも加曽利E式の方が平均的に重く,加曽利E式よりも堀之内式の方が軽い。打欠石錘・土器片錘ともに,内陸部の遺跡では沿岸部の遺跡よりも軽量の階級に重量度数分布のピークをもつ傾向がみられる。

以上の結果は報告実数に基づくものであり,遺跡ごとの調査面積の差や自治体ごとの調査密度の差に起因する空間的バイアスや,時期区分ごとの時間幅の差に起因する時間的バイアスが含まれる。そこで,第3部ではこれらのバイアスを低減する方法の開発を試みた。まず第6章では,遺跡ごとの調査面積を相対化する方法として,報告実数に未調査範囲の遺物検出予想数を加算した存在期待値を導入した。行政区域および特に調査密度が高い多摩・港北ニュータウン事業区域を単位とする空間的自己相関分析の結果,ニュータウン事業区域における縄文遺跡の面積割合が周辺地区と比べて特異に大きいわけではないことが明らかになった。また,同じ分析法を錘具の報告実数と存在期待値に適用したところ,報告実数では港北ニュータウンが周辺地区よりも有意に高い値を示すが,存在期待値ではこの傾向が軽減された。そのため,存在期待値は行政区域間の調査密度を標準化する方向に作用するといえる。

続いて第7章では時間尺度の相対化に取り組んだ。まず,遺物1個を確率1と見なし,複数の時期のいずれかに属する遺物については各時期に属する既知の遺物の総数に比例して確率を配分する時間確率分布モデルを導入した。時期ごとの確率和を上記の存在期待値に変換し,さらにAMS放射性炭素年代に基づく最新の暦年代を用いて存在期待値を標準年数単位の値に換算し,通時的に比較できるようにした。これを1kmメッシュのカーネル密度分布に変換して,存在期待値の時間的・空間的変化を観察したところ,以下の事柄が新たに明らかになった。(1)土器片錘と打欠石錘の存在期待値は前期末から中期初頭を経て中期中葉の勝坂I・II式期にかけ段階的かつ対数的に高まる。(2)打欠石錘の期待値は勝坂III式期,土器片錘の期待値は加曽利EI・II式期に極大期を迎える。(3)中期中葉から後葉にかけて,土器片錘の期待値が打欠石錘を上回り,密度分布の重心が現在の海岸側へ移動する。(4)土器片錘・打欠石錘ともに加曽利EIII・IV式期に期待値が低下するが,土器片錘の期待値は称名寺式期から堀之内I式期にかけて回復をみせる。打欠石錘も堀之内I式期に回復するが,土器片錘ほどではない。

第4部では,漁場候補地や拠点的大規模集落と錘具の分布特性および機能特性の空間的関係を分析した。第8章では,分析の準備として,GISによる既存の移動コスト推定式の有効性を,伊豆・神津島と中山道木曽路におけるGPS歩行実験によって検証し,従来のモデルに改良を加えて,地表面傾斜角から歩行速度とエネルギー消費量を推定する関数を開発した。第9章ではまず,多摩地区におけるGPS歩行実験を通して分析対象地域に有効なエネルギーコストモデルを設定した。しかし,縄文遺跡の大多数が谷・低地に面した台地・丘陵縁辺に立地することを根拠に,谷筋を主たる移動経路とする行動モデルを想定すると,エネルギーコスト距離とユークリッド距離に強い相関が認められたため,不確実性の小さいユークリッド距離を距離指標として採用した。縄文中期の推定海岸線および荒川・多摩川・相模川からの谷筋沿い距離と5kmごとの錘具出土遺跡数・遺跡密度および錘具存在期待値・重量対数平均値との相関を調べたところ,土器片錘は海岸ゾーンで重量の遺跡間偏差が最も大きく,内陸に向かうにつれて偏差が減少し,重量値が小さい方へ収束するというパターンが検出された。また,縄文中期中・後葉を対象に,アロケーション分析によって大規模集落の谷筋キャッチメントに含まれる錘具存在期待値の総和を求めたところ,(1)東京湾岸のキャッチメントは土器片錘が打欠石錘に対して優勢であるという点で共通すること,(2)多摩川水系では上流のキャッチメントほど土器片錘の期待値が漸減し,打欠石錘の期待値が漸増すること,(3)中期後葉に入ると武蔵野台地中央部以西で切目・有溝石錘の比率が高まることが明確に示された。

最後に第5部(第10章)で,錘具の出土コンテクストと空間分析の成果を総合的に検討した結果,土器片錘が漁網錘として集合的に用いられた可能性が高く,それと同様のコンテクストで用いられた打欠石錘や切目・有溝石錘も,他の漁法や丸木舟等の碇としての使用が想定される500g超級の大型石錘を除けば同じ役割を担ったという結論に達した。遺物の存在量が多い場所ほど,その遺物を用いた活動が活発に行われたと仮定すれば,縄文時代の網漁場は錘具存在期待値高密度地帯付近の海岸または河川にあったと考えられる。

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