Issues in Danish Word-prosody : A Synchronic Description (デンマーク語語韻律論における諸問題:共時的記述)

三村 竜之

本論文の目的は、現代デンマーク語の語レベルにおいて観察される韻律的現象を、筆者の採取した一次資料に基づき詳細に記述ならびに一般化することを目的としている。本論文は全体で九つの章からなる。

第一章 (Introduction) は導入部である。本論文の目的、研究対象であるデンマーク語の概要、研究調査並びに研究調査に協力してくださった話者(インフォーマント)についての情報、デンマーク語音声研究の史的背景など、本論文において展開される議論の基盤となる知識を提示する。また、研究史を踏まえ、デンマーク語の韻律論について理論研究ではなく敢えて徹底した記述研究を行うことの意義を説き、本研究の重要性を主張する。

第二章 (Syllable Structure) では音節構造の詳細な記述を行う。まず、音声言語における音節の必要性を説き、そこから言語音声は「聞こえ度」という尺度に基づいて一定序列に従って配列されることを論じる。さらに、デンマーク語の音節が頭部 (onset) と韻律部 (rhyme) に二分される「右枝分かれ構造」を有することを主張し、その根拠となる諸現象を詳細に検討する。続いて、音素配列について論ずる。デンマーク語に観察される音素配列のパターンを網羅的に示し、音節の内部構造における諸特徴を明らかする。最後に、音節境界の設定について詳細に論ずる。既に導入した「聞こえ度」の概念と音素配列のパターン、さらにはデンマーク語の音節に働いている制約として「音節量」と「最大頭子音」の原理を新たに導入し、音節境界設定のメカニズムを明らかにする。なお、諸制約が競合してしまい音節境界が設定されない事例を解決すべく、「両音節性」の概念を新たに導入し、デンマーク語における全ての他音節語に関して音節境界を設定することが可能であることを明らかにする。

第三章 (Stress Accent) はデンマーク語のアクセントの基盤を成すストレスについて詳細に論ずる。まず、本論文におけるアクセントの概念、また関連する重要事項である「アクセント単位」、「アクセント核」の概念についても定義を行う。続いてデンマーク語のストレスの機能的ならびに音声的側面について明らかにする。デンマーク語のストレスはいわゆる「頂点表示機能」を有すること、またストレスに付随して様々な音調が現れることを示す。続いて、先行研究の詳細かつ批判的な検討を行い、デンマーク語において音韻論的に有意義なストレスは主強勢と無強勢の区別であり、従って副次強勢は音韻論的考察から除外可能であることを明らかにする。音韻論的に主強勢のみが有意義であるという主張を踏まえ、次に語における主強勢の位置について詳細に議論を行う。語における主強勢の位置が予測可能であるという先行研究の主張に対し、筆者は、これまでほとんど考察されることのなかった多音節語の事例を詳細に検討することで、語における主強勢の位置は完全には予測ができないことを主張する。しかしながら、その一方で、主強勢は、語の長さ(音節数)に拘らず、常に末尾音節、次末音節、前次末音節のいずれかに現れるという、三つの型のみを有する。ここから筆者は、結論として、デンマーク語のストレスアクセントは三型アクセントであると主張する。

第四章 (Phonological Weight) は音韻理論のみならず近年のデンマーク語音韻論においても注目を集める「モーラ」や「母音量」といった特に音節に関する諸側面について詳細に論ずる。まず第一に、第二章で問題点として指摘した摩擦音/s/を含む音素配列のパターンについて再考する。摩擦音/s/を含む子音連結が「聞こえ度」の原理に反する点が問題であったが、本研究では新たに「音節中核部 (syllable core)」と「音節周辺部 (pre-/appendix)」の概念を導入することで、問題点の解決を試みる。「聞こえ度」の原理は、音節中核部のみに適用され、摩擦音/s/は常に音節周辺部に位置するという点から、摩擦音/s/を含む子音連結は飽くまでも表面上例外的に振る舞っているに過ぎないことを明らかにする。第二に、近年のデンマーク語音韻論で盛んに議論がなされているモーラについて詳細に論じる。デンマーク語には音節の他にモーラも必要であるという先行研究の主張とその論拠を詳細かつ批判的に検討することで、先行研究における論証の不備とモーラの存在意義に疑問を投げかける。そこから筆者は、モーラはデンマーク語においては設定することが不可能でかつまたその必要の無い単位であることを明らかにする。第三に、デンマーク語の母音量について論ずる。従来デンマーク語には母音は長短の対立があるとされてきたが、これに対し筆者は、強勢の交替に伴う母音量の交替や綴りの誤りなど、母音量の対立を疑問視させる現象が存在することを指摘する。そして、既に導入した「音節中核部」の概念を用いることで、デンマーク語の長母音は強勢を伴う音節において短母音音素が長音化したものであると解釈し、母音の長短の対立は音節構造の差異に還元することができることを主張する。この解釈を採ることで、綴りの誤りなど母音量に関する諸現象がより合理的に説明できることも明らかにする。

第五章 (Stød) はデンマーク語を特徴づける音声現象の一つであるstødについて、その音韻論的解釈について論ずる。まず、議論の基盤となる前提知識として、特に stød の音声的側面と機能的側面について筆者の資料から詳細を示す。続いて、先行研究の詳細な検討を踏まえ、stød の音韻論的解釈を行う上で重要となる問題点を明らかにし、個々の問題点について詳細に論じていく。一つ目の問題点として stød の音韻論的位置付けを論ずる。デンマーク語の音素分析における経済性などの点から、stødが分節音ではなく韻律的な現象として位置づける解釈が好ましいことを明らかにする。第二に、stød の弁別的特徴について論ずる。これまで、stød を基底では下降調として捉えることが主張されてきたが、これに対し筆者は、stødを伴う音節に現れる様々な音調を詳細に検討し、音調の向きが音韻論的に有意義なのではなく、飽くまでも声門狭窄の有無がstødにおいて有意義な音声特徴であると主張する。第三に、stød の担い手が音節であるかモーラであるかについて論ずる。既に論じたようにデンマーク語にはモーラは不要な単位ではあるが、改めてstødと関連づけてモーラがstødの担い手としては見なし得ないことを明らかにする。論拠としては、stødに伴う様々な音声現象が先行研究の主張するような特定のモーラにのみ観察されるのではなく、むしろ当該音節全体に観察されることが挙げられる。第四の問題点として、stødの有無と語中での位置が予測可能かどうかについて論ずる。先行研究の主張に対し反例を挙げることで、stødの有無と位置は完全には予測ができないことを明らかにする。最後に、これまでの議論を踏まえ、また新たにstødがストレスに対して従属的な関係にあるという事実を通して、stødはデンマーク語において独立したアクセント体系を成すのではなく、むしろストレスアクセントの一下位区分であることを提唱する。そして結論として、デンマーク語のアクセントは全体としては飽くまでもストレスアクセントであり、しかしながら一方ではstødを伴う声門化した強勢が、他方では声門化を欠く強勢がアクセント核となる、二種類のストレスからなるアクセント体系であると主張する。

第六章 (Prosody in Compounds) では複合語における韻律現象について詳細に論ずる。本章は大きく分けて三つの節からなる。第一節では複合語における強勢の振る舞いについて詳細に論ずる。複合語の強勢の型は「複合語ストレスアクセント規則」によって導かれる: 複合語の品詞、構成要素の数、内部構造の別に関わらず、第一要素ないし前部要素本来の主強勢が複合語全体の主強勢を担い、後部要素本来の主強勢が複合語全体の副次強勢を担う。複合語アクセント規則は主強勢と副次強勢のいずれにおいても例外が存在するが、本節ではそれぞれの例外についてその生起条件を詳細に記述する。主強勢については複合語自体の意味範疇ないし構成要素間の意味関係の点から、副次強勢については前部要素と後部要素との間に生ずる強勢の衝突の回避というリズムの面から、それぞれ説明が可能であると主張する。第二節では複合語における stød について論ずる。原則として複合語の各構成要素のstødの有無はそのまま維持される。各構成要素の stød は保持されるか消失するかのいずれかで、付与されることは無い。この一般化には、前部要素と後部要素のいずれに関しても例外が存在する。前部要素に関しては、例外的に本来有しているstødを失う場合があり、1) 複合語結合要素の種類、2) 前部要素の強勢の型、3) 前部要素の音節構造の面からある程度の強い傾向性を指摘することが可能ではあるが、共時的には完全な説明ができないことを指摘し、特に 3) の事例に関しては前部要素のstødの有無は原則として語彙的に指定されていることを主張する。後部要素に関しては、動詞の場合のみ例外的に本来stødを欠く語であってもstødを新たに担う。第三節では、既に第三章で論じた副次強勢の音韻論的な位置付けを複合語の観点から改めて詳細に検討する。既にデンマーク語における副次強勢の位置付けを明らかにしたが、本節では、arbejde「仕事」やblyant「鉛筆」など単純語でありながら副次強勢を有する語の考察を通じて、改めて副次強勢の概念がデンマーク語音韻論に不要であることを主張する。筆者は、これまで論じてきた複合語の音形やリズム交替の現象から、arbejdeなど副次強勢を有する単純語を韻律的には複合語であると見なす。ここから、副次強勢の概念が、単純語と複合語のいずれの記述においても完全に不要であると結論づける。

第七章 (Prosody and Morphology) では形態論と韻律現象の相関関係について詳細に論ずる。本章の前半では形態論と強勢の関係について論ずる。デンマーク語の屈折接辞は全て接尾辞である。屈折の別(曲用か活用か)を問わず、常に語幹(ないし語根; 以下、語幹で統一)の主強勢の位置が保持される。動詞の活用に関連して母音交替 (Ablaut/Umlaut) による語形変化も考察するが、接辞による語形変化と同様に、主強勢の位置に関しては全く影響しない。デンマーク語の派生接辞には接頭辞と接尾辞の二種類がある。派生接頭辞は、語幹の主強勢に影響しないものとそれ自身が語全体の主強勢を担うものの二種類がある。派生接尾辞は、まず語幹の主強勢への影響の有無から二種類に分類され、さらに影響を与えるものは、語幹内部での主強勢の位置を変えるものと接尾辞自体が語全体の主強勢を担うものに分類される。なお、主強勢に影響を与えない接尾辞の一部はそれ自体で副次強勢を担うが、この点でこれらの接辞は複合語の後部要素に類することを指摘するともに、通時的に自立語であったと考えられる語源的な側面についても言及する。本章の後半では形態論とstødの関係について論ずる。まず、屈折変化におけるstødの出没について論ずる。名詞、動詞、形容詞のそれぞれの主要な変化形を詳細に検討し、原則として付加する接辞と語幹の特性から変化形におけるstødの有無が完全に予測可能であることを明らかにする。続いて派生語形成と stød の関係について論ずる。基本的に派生接頭辞は語幹の stød の有無に影響しないが、stød を欠く動詞語幹の場合は、接頭辞の付与により語幹に stød が現れる。一方、派生接尾辞は、語幹の stød に全く影響しないものと、語幹にstødを与えるもの、そして(語幹の stød の有無にかかわらず)それ自体で stød を担うものとがある。屈折形態論と同様に、派生形態論においても、変化形におけるstød の有無は付加する接辞と語幹の特性から完全に説明が可能であることが明らかとなる。章末にはまとめとして、強勢とstødの両方に関して接辞の韻律的特性を一覧できる表を提示する。

第八章 (Initialism and Prosody) では、これまでほとんど議論されることのなかったアルファベット関連語彙の韻律的側面について詳細に論じる。本章の前半では「頭文字語 (initialism)」における韻律現象の詳細な記述を行う。まず、「頭文字語 initialism」の定義、またそれを音韻論的に記述することの意義について述べる。続いて頭文字語の韻律現象について詳細に論ずる。頭文字語の強勢の型は原則として文字数によって決まり、三文字語以上(実質的には五文字まで)では末尾の文字に主強勢が現れる (LL(LL)L; Lは任意の文字。下線は強勢の所在を示す) が、二文字語に関してはLL、LLLL の三つの型が確認されており、複雑な様相を呈する。暫定的な結論ではあるが、本研究では、話者の「親密度」や語の使用頻度等の側面から、LLが最も基本となる型であると結論づける。頭文字語の各文字における stød の有無は、当該文字の本来の stød の有無と、頭文字語内での強勢の有無から自動的に導くことができる。本来 stød を有する文字ならば、強勢を伴う場合は stød を有し、強勢を欠く場合は stød が現れない。一方、stød を欠く文字の場合、強勢の有無にかかわらず常に stød は現れない。頭文字語の各文字の母音の長短は、当該文字本来の音節構造と、頭文字語内での強勢の有無から自動的に導くことができる。長母音開音節の文字ならば、強勢を伴う場合は長母音で、強勢を欠く場合は短母音で現れる。一方、短母音閉音節の文字ならば、強勢の有無を問わず、常に母音は短い。本章の後半では、アルファベット関連語彙、つまり頭文字語を構成要素とする複合語や一部を頭文字で省略した人名(例: H.C. Andersen)の音形について論ずる。構成要素が頭文字語であっても、原則として「複合語アクセント規則」に従い強勢の型が決まるが、唯一の例外として、頭文字語が後部要素でかつ前部要素の「類別」や「種別」を表す場合は後部要素にのみ主強勢が現れる。頭文字語の stød の有無と母音の長短は単独形の頭文字語に準ずる。また、一部を頭文字で省略した人名は、省略部分はファーストネームであってもミドルネームであってもまたラストネームであっても常に強勢を担い、ラストネームがあればそれも強勢を担う。省略部分のstødの有無と母音量は頭文字語に準ずる。

第九章は結論部である。本章の前半部分は第一章から第八章までの要約、特に考察において得られた重要事項のまとめを行う。後半部分では今後の課題として、本研究で十分に解決することのできなかった問題点を二点採り上げる。第一の問題点としては、第六章で提案した複合語アクセントの意味制約の内、「宗教儀礼」に関するものが挙げられる。強勢の型が一義的に決定されないという点から意味制約の有効性を改めて問い直し、例外的な強勢の型がデンマーク語諸方言や周辺言語に古形として確認される点を踏まえて、歴史言語学ないし比較言語学的な視点から改めて考察し直す可能性があることを説く。第二の問題点として、第八章で論じた二文字からなる頭文字語の強勢の型を採り上げる。強勢の型自体が非常に聞き取りが困難で、かつ個人差が見られるという点から、今後は音響音声学的な側面から強勢の型を詳細に検討するとともに、社会言語学的な側面からも考察する必要があることを指摘する。

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