ミシェル・フーコーの人間学批判―実存と実践の哲学―

手塚 博

本論文『ミシェル・フーコーの人間学批判――実存と実践の哲学』には、次の二つの意義がある。第一の意義は、ドゥルーズの著作『フーコー』以来、いくつかの「断絶」や「袋小路」が存在するとされてきたフーコーの思考を、人間学批判という一貫した主題によって導かれたものとして提示したことである。フーコーは、晩年の『快楽の活用』(1984)に至って、「知」「権力」「主体性」という三つの諸要素の相関関係によって「経験」が構成されるとしたが、この主張に至る過程で、それらの諸要素を分離したうえで一つずつ検討する作業が為されたのである。『言葉と物』(1966)では人間学の内的構成を主題とし、『監視と処罰』(1975)で開始された権力の分析論においては人間学成立の条件が検討され、『知への意志』(1976)に始まる『性の歴史』においては「人間」一般ではなく、「具体的な実存」としての主体を思考の対象とするための作業が為されたのである。

第二の意義は、フーコーにおける権力概念の正確な理解を提示したことである。フーコーにおける権力概念は、一方では「生権力」として、また他方では「法としての権力の内面化」として理解されてきたが、いずれも誤りあるいは不十分な理解であることを指摘した。フーコーの権力概念において最も注目されてきた « biopouvoir »は、一般的には「生権力」と訳され、人間の「生」の全体を対象とした権力と理解されてきたが、実際には「生物である限りの人間」を対象としたものだとフーコーは述べており、その意味では「生物権力」と理解されるべきものである。すなわち、 « biopouvoir »とは、人間の「生」一般ではなく、あくまでもその構成要素としての、人間における生物学的側面を対象としたものなのである。またフーコーは、確かにベンサムによる「パノプティコン」が内面化の企てだったことを認めるが、しかし、権力の内面化が失敗に終わることによって生じる、別の権力の機制を権力分析の主題とした。これを本論文では「人間学権力」と名づけた。「人間学権力」の概念を提示することの意義は、第一に、「権力の分析論」を行っていたフーコーの思考が、『言葉と物』における人間学批判の延長にある事実を明らかにしたこと、第二に、主体化の議論を、人間学批判の積極的な帰結として位置づけたことである。同時に、フーコーの権力概念の中心的論点と捉えられてきた « biopouvoir »の概念が、人間学批判というフーコーの一貫した主題にとっては、派生的な位置づけを与えられるべきことをも明らかにした。

このようにしてフーコーの思考を一貫したものとして理解しようとする試みの中で明らかになったのは、フーコーの中心的な主題が、本論文の副題が示すように、「実存と実践の哲学」だということである。一般的には「実存主義」に対する「構造主義」の哲学者として理解されるフーコーは、「具体的な実存」を哲学的思考の対象にすることを試みた。実存主義が「人間」一般を問題にしていたのに対して、フーコーは、個別的な存在としての主体を哲学的思考の対象にしようと試みたのである。つまり、「人間」一般とは何かという形で主体の理論を練り上げるのではなく、個別的な存在者をいかにして哲学的思考の内部へと編入するのかということが課題だったのである。重要なことは、デカルト以降の近代哲学史において主体の問題が論じられる際、そこで典型的な主体像として理解されていたのが、明証性の規則に基づいて、明晰判明な観念を保持する知の主体だったというフーコーの認定である。その限りにおいて、個別的な存在としての主体がそこで検討されることはない。なぜなら明晰判明な知が単一なものである限りにおいて、思惟実体であれ超越論的主観であれ「人間」であれ、そこで問題にされるべき主体もまた唯一者としてしか想定されえないからである。それに対してフーコーは、「具体的な実存」を、単に認識主体としてだけではなく、同時に、実践と行為の主体としても捉える。このような問題構成においては、主体は、単に認識されるべきものとしての身分をもつのみではなく、自己認識をその一つの要素としつつ、主体自らによって構成されるものとして理解されることになる。そこから、主体に関する自己認識と、実践による実存の構成との関係という問題が出現することになる。さらにその帰結として、真理の概念がもつ意味が変容する。認識論において真理は一般的に、現実との一致やその正確な反映として理解される。それに対して、フーコーにおける真理概念は、単に主体の現実を認識することによって獲得されるものではなく、自らの実践によって現実化されるべきものとして提示された。そこから本論文では、「真理の現実化」を、フーコーの「実存と実践の哲学」において核となる構想だと主張した。

最後に、本論文の構成を記す。全体は三章構成で、それぞれ『言葉と物』、『監視と処罰』、『知への意志』という、各時期の主要著作を中心的な検討対象とした。

第一章では、人間学批判というフーコーの主題の内実を明確にするべく、フーコーの批判する「人間」概念の内実を検討した。それは当初、古典主義時代の思惟実体ともカントの超越論的主観とも異なる、「具体的な実存」として理解されていた。古典主義時代においては精神の内なる観念が認識対象とされ、また、明晰判明な知の獲得が問題とされている限りで、対象としての観念とは明確に区別された主体が問題となることはなかった。カントによる超越論的次元と経験的次元との分離および、その後の哲学的思考における両者の統合によって、「具体的な実存」が哲学的な問題とされることになったとフーコーは考える。しかしながら、「具体的な実存」という主題が、認識の可能性の条件というカント的な問いの内部に位置づけられることによって、「具体的な実存」と「人間」一般は混同されることになってしまった。結果として、「神」を中心に据えた古典主義時代の「無限の形而上学」に代わって、新たに「人間」を巡る「有限性の形而上学」が生み出されることになったとフーコーは主張する。しかしながら、このような有限性概念の理解は、「具体的な実存」における死を、「人間の死」に置き換え、結果として実存という主題を切り捨てることで成立するようなものだった。

第二章では、フーコーが自らの権力概念を提示した最初の著作である『監視と処罰』を検討することで、権力概念がどのように生成したのかを確認し、そのことによって権力概念が置かれるべき文脈を明らかにした。権力と呼ばれるあらゆる力は社会を秩序づけるものであるとフーコーは言う。この著作において提示された「規律権力」とは、18世紀後半以降に新たに形成されつつあった、資本主義社会を秩序づける権力のことである。規律権力の概念は、人間の身体に対する調教というよく知られた側面からだけではなく、同時に、資本主義社会の秩序形成という観点からも理解されなければならない。このような概念的な文脈を理解した場合、「生物権力」は、フーコーの思考の総体にとっては派生的あるいは部分的なものである。なぜなら、資本主義社会の秩序に必要だったのは、労働者の身体であり、生物としての人間の身体とは同一視できないからである。労働者の身体にとっての一つの構成要素としての生物学的身体を抽象することで、生物権力は成立したのである。また、ジョルジュ・カンギレムからの影響、および、ハンナ・アーレントの「社会的なものの勃興」の議論との差異を検討することで、概念の射程を明らかにした。

第三章では、「人間学権力」の二つの側面を検討した。人間学権力は、一方では他者から認識されることによって、他方では自己が自己自身を認識対象とすることによって機能する。いずれも、心理学や精神医学などの「人間諸科学」という知それ自体がもつ、権力としての機制が主題となる。権力と知の相互的な形成というよく知られた議論は、「生物権力」ではなく、「人間学権力」の機制を検討することで明らかにできる。第一節「他者認識の権力」では、前章に引き続き、資本主義社会の秩序形成が問題となる。人間諸科学はある種の諸個人を「異常者」と規定し、彼らに対して権力が行使される。重要なのは、それら「異常者」に対する「権力の内面化」が失敗することによって、個人の治療に留まらない、社会秩序形成を行う権力が可能になるという点である。人間諸科学と秩序形成の結節点が監獄である。第二節「自己認識の権力」では、自己が自己自身を認識することそれ自体が、人間諸科学を媒介として、権力の機制を発生させる論理を検討した。ここにおいてはじめて、フーコーは、自身の「人間学批判」の核心に到達する。「人間学的構造」という用語を導入した『臨床医学の誕生』(1963)において述べられていたのは、個人が認識の主体であると同時に対象ともなるという事態、すなわち、自己認識だった。しかしながらフーコーは、「人間」を問題とし、他者によって認識されることを問題にしてはいたものの、晩年に至るまで自己認識の問題を取り逃がし続けた。ここに至ってはじめて、自己認識と権力という二つの問題を接合し、「実存の技法」という着想を得ることができた。『言葉と物』以来問題にし続けていた「具体的な実存」と「実践」の問題系を、はじめて一つの視野に収めることになったのである。「知」「権力」「主体性」という三つの水準に分離された「経験」が、ここでようやく一つに接合されたのである。

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