インターネット利用の社会的帰結-異質な情報・他者との接触と社会的寛容性への効果を中心に-

小林 哲郎

1章緒論
本論文は、インターネットに代表される情報通信技術(ICT;Information&CommunciationTechnology)利用の社会的帰結について論じる。究極的な目的は、ICT利用が民主主義社会システムの運用に資することが可能であるのかを明らかにすることにある。ポジティブな貢献が可能であるとすれば、どのような形で貢献することができるのか。ネガティブな効果があるとすれば、どのような社会的帰結としてそれは立ち現れてくるのか。こうした問いに対し、社会心理学の視点から実証的回答を試みる。
民主主義社会システムの円滑な運用には、社会的意思決定の担い手である人々が、自らの先有態度とは異なる異質な情報や他者と接触し、熟考の上で投票などの参加行動を行うことが重要である。コミュニケーションメディアとしてのICT利用は、多様な情報や異質な他者との接触を促進することで、寛容な社会の実現に貢献するだろうか。それとも、ICT利用は同質な情報や他者との接触を促進することで、社会の断片化や非寛容な「タコつぼ」化した世論をもたらすのだろうか。
こうした問題意識をふまえて、本論文では、新しいコミュニケーション手段としてのICT利用が広く社会に行き渡る中で、異質な他者に対する社会的寛容性がいかに変容しつつあるのかを明らかにする。そのことによって、多様で異質な人々が排他的で非寛容な「タコつぼ」を形成するのではなく、互いにゆるやかにつながり合うような社会へ向けて、あるべきICT利用の姿を提案することを目指す。特に、本研究ではナイーブな技術決定論に陥ることなく、利用の社会的文脈によって異質な情報や他者への接触に対する効果が異なると考える。こうした社会的文脈を明らかにすることで、ICT利用が民主主義社会システムに貢献するための要件を析出し、より良いICTの設計と利用に生かすことができると考えるからである。

2章理論編
本論文の概念図を図1に示す。本論文では、ICT利用の中でも特にインターネット利用を説明変数としてとらえ、社会的寛容性を目的変数として設定する。インターネット利用の内実は多様であるため、利用することの効果を一意に予測することは困難である。まず、PCや携帯電話など、利用のデバイスの多様性が、接触する情報や他者の同質性/異質性に対して異なる効果をもたらす可能性に留意する必要がある。さらに、インターネットをどのような社会的文脈の上で利用するかによっても、その社会的帰結は異なりうる。よって、インターネット利用の効果を一意に予測することは困難であり、利用のデバイスや利用の社会的文脈を条件として効果は異なると考えるのが自然である。本論文では、これらの条件によって接触するする情報や他者の同質性/異質性が変動するという概念的枠組みに基づいた分析を行う。

(図1研究の概念図)

社会的寛容性は、他者が自らとは異なる考えや価値観を持っている場合にどの程度それを許容できるかという概念として定義される。つまり、他者が自らとは異なる考えや価値観を持っていたとしても、それを拒絶したりそれに同調するのではなく、また自らの考えや価値観に同調するよう他者を説得したりするのでもなく、自己と他者の間に存在する差異を許容した上で社会的な紐帯を維持するということに対する肯定的な態度を表す。
研究の全体像を表1に示す。まず、研究1では本論文の主要な従属変数である社会的寛容性を測定する尺度の妥当性のチェックを行う。研究2および3では、ウェブ閲覧による情報接触というインターネット利用に着目し、自らの先有態度と同質な情報に接触するような選択的傾向が確認されるかどうかが検討される。さらに、米国データも用いて日米比較を行う。研究4および5ではインターネット利用の主要な利用形態であるメール利用に着目し、携帯メール利用とPCメール利用でやり取りの相手が異なり、それが社会的寛容性に対して異なる効果を持ちうる可能性について検討する。研究6および7ではN対Nのコミュニケーションが実現するオンラインコミュニティに注目し、オフラインとオンラインの連続性という視点から、メンバーの同質性・異質性が社会的寛容性に及ぼす効果について検討する。

(表1研究の構成)

3~8章実証編
本論文は、異質な情報への接触や異質な他者との相互作用によって醸成される社会的寛容性に注目し、その醸成過程におけるインターネット利用の効果について検討した。社会的寛容性に対するインターネット利用の効果については、多様な意見の認知と政治的熟考を促進することでプラスの効果をもたらすという予測と、情報に対する選択的接触やパーソナル・ネットワークの同質化によってマイナスの効果をもたらすという相反する理論的予測が並立していた。本研究はこの問題に対して実証的な検討を加え、図2にまとめられる知見を得た。
まず、インターネット利用が情報環境や対人環境の同質化を招き、結果として社会的寛容性の醸成が阻害される可能性は、少なくとも携帯メール利用を除いて見られなかった。このことは、インターネット利用が総じて社会的寛容性の醸成過程に対してポジティブな貢献をなしうることを示している。特に、PCメール利用やオフラインとの連続性の低いオンラインコミュニティ利用は、異質な他者との相互作用を促進することで社会的寛容性に対して明確にプラスの効果をもたらすという知見を得た。このことは、社会的寛容性とインターネット利用の関係における相反する理論的予測の並立に対して、ひとつの実証的な回答をもたらしたといえよう。また、インターネットをどのように利用するかによって社会的寛容性の醸成過程において異なる効果が生じることを実証した点については、技術決定論ではなく多様な利用の社会的文脈に着目することが有効であることを示している。つまり、民主主義社会システムに対してICTがポジティブな貢献をするためには、個々のICTの技術特性だけでなく、その技術が社会の中でどのように受容され、またどのような社会的文脈で利用されるのかを考慮した設計が求められる。


(図2社会的寛容性の醸成過程におけるインターネット利用の効果)

9章総合考察
実証研究の結果から、インターネット利用の社会的帰結において、実証レベルでも示されるようなネガティブな効果は携帯メール以外には見られず、ICT利用が民主主義社会システムの運営に資することは十分可能であるとの結論を得た。さらに、今後の課題として、個別の利用形態ごとの効果の検討ではなく利用内容の統合モデルの構築が必要となること、マクロな社会レベルにおける実質的なICT利用のインパクトの測定、利用者の動機や戦略の類型や変動に関する検討、技術的アプローチによる研究結果の社会的実装、中長期的な社会変動をふまえた歴史的分析の必要性が論じられた。

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