Th. W. アドルノの美学思想における「自然」

東口 豊

Th.W.アドルノは、美学において「自然美」が軽視される傾向が強まっていった近代以降に「自然」の問題を集中的に論じた例外的な存在の一人である。それ故、環境問題への関心の高まりに呼応して、アドルノの思想における「自然」概念に関する研究や、今日的関心に基づく再解釈の試みが散見されるようになった。しかし、それらは場合によって一面的な受容に陥りやすく、彼の思想を十分に捉えているとは言い難い。本研究は、アドルノの思想において「自然」がいかに多様で豊かな問題を提示しているのか、彼の思想を内在的に検討することによって明らかにすることを目的とする。その際、アドルノは幅広い領域で思索を展開しているが、彼の著作の中で美学・藝術学の分野の比重がかなりの部分を占めるため、アドルノの思想における「自然」概念の意味を藝術との関係を中心にして考察し、そこからアドルノの美学思想の全体像を明らかにすることにする。
まず第1章では、彼の思想において「自然」概念がどのような意味で用いられているのかを明らかにする。「自然」は一般的に人為に対するものだと考えられているが、アドルノはそれとは異なり人間の「歴史」との関係の中で「自然」を捉えようとする。歴史の中に人間的営為が石化し「慣習」となることを指摘したルカーチの「第二の自然」と、自然の移ろいの中に歴史の断片を発見するベンヤミンの「アレゴリー」を援用し、「自然」と歴史を弁証法的に把握しようとした。アドルノはそれを「自然史」と呼んでいるが、初期の論考「「自然史」の理念」から後期の主著『否定弁証法』に至るまで、この問題はアドルノの思索の中心にあったのである。かくして「自然」はアドルノにおいて歴史性を帯びるものとして捉えられることになった。呪術的段階においては「運命的に仕組まれた所与」として「神話的なもの」と捉えられ、啓蒙が進むにつれて人間の合理的な処理によって作り替えられる素材と見なされるようになる。その際に、たんなる「自然」と「自然美」を分かつのは「非同一的なもの」という概念である。あまねく啓蒙された世界において、支配関係の彼岸にあるものを想起させる「自然美」は「非同一的なものの痕跡」として肯定的にではなく否定的な形でのみ存在の可能性が示されるのである。
一方、「藝術」は徹底的に人為的に構成されるべきものである。そのような「藝術」はその性質においてどのような特徴を持つのだろうか。第2章では藝術を巡るアドルノの言葉の逆説的な構造に着目しつつ、彼がそこで語ろうとするものについて考察する。第1章で述べた「第二の自然」は、人間の営為が凝固して慣習化したものであり、それは「伝統」という形で藝術の自由な創造を規制するものになっていく。それは権威であり欺瞞であって、過去のもののイデオロギーに過ぎない。藝術は慣習や規範にいやおうなく関係付けられ、その上にのみ藝術創造が成り立つとさえ言えるのであるが、その一方で藝術は「伝統」を批判し常に「新しさ」を追及するものでなければならない、とアドルノは考えている。ハイデガーの様に藝術への問いを藝術のUrsprungへの問いとするのではなく、自らの起源を否定し、常により新たなものへと自己を更新するのが「藝術」の運動なのだとアドルノは言うのである。
そのような藝術の性質は、藝術に二重性をもたらすことになる。藝術は「窓のないモナド」であり、自律的な領域を獲得するものである。常に内在的に自己更新を繰り返し、藝術の領域の中に存在する技術によって隅々まで構成され尽くされている。それにも拘らず、アドルノは「藝術」の中に社会的性格を発見する。と言うより、「藝術」が藝術家の精神の活動として自己の内在的連関を強化すれば強化するほど、「敵対的」な社会に対する批判的認識の性格を帯びるようになり、矛盾に満ちた社会に対する批判と同時にそれを映し出す鏡になるのである。それは、アドルノが「藝術」に見る「幸福の約束」が幸福の実現を否定することにおいてのみ保持される、という逆説的な論理に繋がっていく。スタンダール、ニーチェからこの概念を受け継いだアドルノは、この二者とは異なり肯定的な未来への希望の投企とは考えない。それは、反ユダヤ主義やアウシュヴィッツにおけるホロコーストに象徴的に現れる、絶望的とも言える人間の合理化の歴史の帰結の中で、最早幸福の実現を肯定的に約束すること自体が、その実現を拒否することに繋がるからである。藝術は支配関係の彼岸にあるものの存在可能性をそれとして示さない一方で、藝術自体の自己否定の動きによって「幸福の約束」の実現可能性を間接的に、仮象としての美として保持するのである。
この様に、対極的な存在でありながらも類似するものとしてある「自然」と「藝術」を結びつけるものとして、第3章においてはアドルノの思想における「ミメーシス」を論じていく。「ミメーシス」はそもそも呪術的段階の行動様式として他者との有機的合一であり、その意味において自我の喪失をもたらすものであった。人間がその歴史の全過程において脱出を図ってきた渾然とした自然状態に回帰することになってしまう「ミメーシス」は、啓蒙された世界において必然的にタブーとされ、自律的領域に閉じこもる「藝術」のみが合理的世界における「ミメーシスの隠れ家」である。しかしながら「ミメーシス」は、抽象的な概念によって同一性を強要される啓蒙的思考とは異なり、対象との本来的な結合を果たすものであり、その点で対象の本質的な認識を可能にする。概念的思考によって作り出されてしまう「非同一的なもの」を把握することが出来るのは、「ミメーシス」的な認識である「藝術」に他ならない。「藝術」は合理的な技術によって構成されることによって合理的社会にその位置を獲得する一方で、非合理的な行動様式である「ミメーシス的認識」によって合理性の中で合理性を批判し、修正する力を持つに至るのである。
アドルノはこのような「ミメーシス」の持つ合理性の内部での合理性批判の力を自らの哲学的思索の中にとり入れようとした。それについて論じたのが第4章であり、その方法は「否定弁証法」と言われているものである。「限定された否定」など、ヘーゲルにその多くを負いながらも、アドルノは最終的に閉じた体系に収斂しようとするヘーゲルの弁証法を批判する。アドルノが哲学に求めるのは概念的認識による「ミメーシス的認識」の実現だったのだ。単一の概念の抽象性を複数の概念によって相対化する「星座的布置」や肯定性を目指さない否定の連鎖、シェーンベルクの音楽的構成を目指す思考のあり方によって、アドルノは「語り得ないものを語る」ことを自らの哲学の課題にするのである。それはヘーゲルやハイデガーの思想とは異なり、概念的思考の硬直性を常に流動化させ、開かれた体系を構築することを目指しているのである。
その様なアドルノの試みの原点にあるのが「自然」であると言えるだろう。第5章において、共に合理的世界において「非同一的なもの」とみなされる自然美と藝術の関係を考察する。「自然」は啓蒙によって人間に処理される素材へと堕ちたが、しかしその一方で「自然美」は常に我々の外部にあるものとして「非同一的なものの痕跡」でもあった。「自然美」の「非同一性」は、その外部に一切のものの存在を認めないはずの啓蒙において、そのような啓蒙の欺瞞を指し示すものでもあるのである。「自然」は啓蒙的世界の内部においては支配され、「存在していないもの」として排除される。しかしながら、「自然」が「非同一的なもの」としての「自然美」の存在を突発的に提示する時、我々にとってそれは概念的思考によっては把捉不可能で「不確定的」なものに見えるのである。そのような「自然美」の「不確定性」が「ミメーシス的衝動」を喚起し、「ミメーシス的態度の隠れ家」である「藝術」が合理的世界の中に「自然美」の「非同一的なもの」を取り込んでいく。この様にして「自然美」によって示された、外部に存在するものである「非同一的なもの」は、「藝術」によって合理化された世界の内部に存在する「非同一的なもの」に構成されていくのである。合理的であると同時に非合理的性格を持つ「藝術」の二重性がそれを可能にするのである。本賞ではアドルノの藝術解釈の具体例としてシューベルト、ヴェーベルン、ヘルダーリンを取り上げてその事を詳述する。
この様に、アドルノの語る「自然」はカントの「物自体」やシェリングの藝術哲学、ヘーゲルの体系的な思想が一つの大きな源泉になっていることは間違いない。しかし、「非同一的なもの」を把握することを課題とするアドルノの哲学は、単に従来の哲学的遺産を批判的に継承することによってだけ形成されたのではなく、とりわけ音楽を中心に展開された藝術批評からも育まれてきたのであった。近代ドイツ哲学の問題圏を抽象的な議論に終始させず、具体性を保持しつつ応えようとするアドルノの思想は、ある意味哲学と藝術の幸福な結合を目指したものであったと言えよう。そのような試みの原動力こそが、アドルノの思想における「自然」だったのである。

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