本論文の構成は次の通りである。

第1章導入
第2章UUL動詞文
第3章GD動詞文
第4章-UULと-GDの連続
第5章結論

本論文は,モンゴル語ハルハ方言の使役接辞-UUL(異形態-uul,üül,-lgをもつ)と,受身接辞-GDについて,それらの接辞を伴う動詞がとる構文と,表す意味を記述したものである。(なお,使役接辞-UULを伴う動詞は,使役の他に受身の意味を表すことがある。)以下,使役接辞-UULを伴う動詞を「UUL動詞」,受身接辞-GDを伴う動詞を「GD動詞」と呼ぶ。また,UUL動詞やGD動詞の派生元の動詞を「能動動詞」と呼ぶ。UUL動詞やGD動詞が現れている文を「UUL動詞文」,「GD動詞文」と呼ぶ。

第1章では,ハルハ方言の文法を概観した後,UUL動詞とGD動詞がとる構文を整理した。他動詞の能動動詞から派生したUUL動詞が現れる文の構造は,「実際の行為主を表す名詞句がとる形」と,「行為の対象を表す直接目的語名詞句が現れるかどうか」の2点に着目し,次の5つに分類した。
(1)実際の行為主を表す名詞句が対格類で現れ,直接目的語名詞句が現れる構文
(ACC/DO-UUL動詞文)
(2)実際の行為主を表す名詞句が与位格で現れ,直接目的語名詞句が現れる構文
(DAT/DO-UUL動詞文)
(3)実際の行為主を表す名詞句が与位格で現れ,直接目的語名詞句が現れない構文
(DAT/φ-UUL動詞文)
(4)実際の行為主を表す名詞句が造格で現れ,直接目的語名詞句が現れる構文
(INST/DO-UUL動詞文)
(5)実際の行為主を表す名詞句が造格で現れ,直接目的語名詞句が現れない構文
(INST/φ-UUL動詞文)
GD動詞文の構文は,行為主を表す与位格名詞句が現れ,対応する能動文が想定されるもの(能動対応のGD動詞文)と,対応する能動文が想定されないもの(能動非対応のGD動詞文)に分類した。
これにより,UUL動詞文やGD動詞文のある現象について議論しているときに,その議論がUUL動詞文やGD動詞文のどの部分に関するものであるのかを,把握しやすくなったと考える。

第2章では,UUL動詞文がとる5つの構文が,それぞれどのような意味を表すのかを中心に記述した。まず,ACC/DO-UUL動詞文について用例が少ないことを指摘し,この構文に現れうるUUL動詞を具体的に列挙した。次に「実際の行為主を表す名詞句がとる形」と「行為の対象を表す名詞句がとる形」の組み合わせについて論じ,両者ともに対格接辞が含まれる組み合わせは許容度が低い傾向にあることを指摘した。最後に,話者によってはACC/DO-UUL動詞文の生産性が高いことがあることを指摘した。このような話者が許容するACC/DO-UUL動詞文には,「起因者が,実際の行為主の意思に反して,実際の行為主に行為を実現させる状況を表す」という意味特徴が認められる。
次に,「使役」を表すDAT/DO-UUL動詞文の用例を観察し,「主語名詞句の指示対象(起因者)が,与位格名詞句の指示対象(実際の行為主)に,行為の実現に直結する環境を与えることを表す」という意味特徴があることを示した。次に,「受身」を表すDAT/DO-UUL動詞文とDAT/φ-UUL動詞文の表す意味を観察し,「与位格名詞句の指示対象が実現した行為の影響を,主語名詞句の指示対象が(身体的・心的に)直接受ける」状況が表されることを指摘した。そしてこの「直接的な影響」が具体的にどのようなものであるのかを,行為の対象が「主語名詞句の指示対象の身体部位」である場合,「主語名詞句の指示対象に関係する動物・無生物」である場合,「主語名詞句の指示対象に関係する人間」である場合ごとに示した。
その後,INST/DO-UUL動詞文と,INST/φ-UUL動詞文の表す意味を記述した。「使役」を表すINST/DO-UUL動詞文では,(起因者からの働きかけが行為の実現には直結せず,)実際の行為主が起因者の働きかけに応じる形で行為を実現する状況が表される。また,INST/DO-UUL動詞文の一部,およびINST/φ-UUL動詞文の全てが「受身」を表しうることを示した。その用例は少なく,「受身」を表すINST/DO-UUL動詞文とINST/φ-UUL動詞文に現れるUUL動詞は「人の世話をすることを表す能動動詞」,及び,「人を指導することを表す能動動詞」から派生したものに限られる。
次に5つの構文の特徴を,名詞句の指示対象の有生性の観点から記述した。他動詞の能動動詞から派生したUUL動詞が現れる文においては「主語名詞句の指示対象」と「(対格類・与位格・造格)補語名詞句の指示対象(実際の行為主)」は,基本的に両方とも有生である。しかし,一部のUUL動詞文において,主語名詞句の指示対象と補語名詞句の指示対象の一方あるいは両方が無生の場合があることを指摘した。そのUUL動詞文とは,「受身」を表すDAT/DO-UUL動詞文とDAT/φ-UUL動詞文である。
最後に,本章で得られた結論を,先行研究の指摘と比較した。

第3章では,GD動詞文について記述した。
まず,どのようなGD動詞が能動対応のGD動詞文で用いられるかを記述した。そして,能動対応のGD動詞文で用いられるGD動詞は,行為の対象を「勢力下に置くことを表す能動動詞」「召喚,追放することを表す能動動詞」「包囲・包含することを表す能動動詞」「殺害することを表す能動動詞」「価値判断を下すこと,感情を抱くことを表す能動動詞」「知覚・認識を表す能動動詞」から派生したものの6つのグループに分けられることを示した。
次に,能動非対応のGD動詞の多くが,「能動動詞の表す行為が完遂された結果として生じることが想定される,行為の対象に生じる何らかの変化の出現」を表すことを示した。同時に,GD動詞が派生されない能動動詞を挙げ,「行為が完遂された結果,行為の対象に変化が生じること」を想定しにくいものが多く含まれることを指摘した。
また,能動非対応のGD動詞文で用いられるGD動詞の特徴を,語彙的アスペクトの観点から論じた。能動非対応のGD動詞文中に「期間を表す副詞句」と「時点を表す副詞句」のどちらが現れるかを記述し,「能動非対応のGD動詞文で用いられるGD動詞は,能動動詞の表す行為が完遂した結果として生じることが想定される変化を表す」という主張を裏付けた。
その後,能動対応のGD動詞文と「受身」を表すUUL動詞文の用法が重なる部分について,具体的にどのような状況を表す場合に重なりが生じ得るのかを示した。そして,本論文でGD動詞について得られた考察結果を,先行研究の指摘と比較した。
最後に,自動詞の能動動詞から派生したGD動詞を扱った。まず,「能動動詞が名詞・形容詞からの派生動詞であるか,それとも名詞・形容詞からの派生によらないものであるか」という点に着目して,GD動詞の生産性について議論した。次に,自動詞の能動動詞から派生したGD動詞が表す意味を,能動動詞と対比して記述した。

第4章では,UUL動詞にさらに-UULがついた動詞(UUL-UUL動詞),UUL動詞に-GDがついた動詞(UUL-GD動詞),GD動詞に-UULがついた動詞(GD-UUL動詞)を扱った。
まず,特にINST/DO-UUL動詞文中において,UUL動詞の替わりに,UUL-UUL動詞が現れることができる例を観察した。そして,UUL-UUL動詞が,「行為の実現が,起因者よりも他の人間(介在者や実際の行為主)の方に依存している状況」を表すことを示した。
次にUUL-GD動詞の用例を示し,UUL-GD動詞が主に自動詞の能動動詞から派生されることを指摘した。
最後に,GD-UUL動詞を扱った。特に他動詞の能動動詞から派生したGD-UUL動詞について,次の2つのことを指摘した。まず,GD-UUL動詞がとる構文に2種類あること,そしてこの構文の違いが,対応するGD動詞のとる構文の違いと相関していることを指摘した。次に,能動動詞とそれに対応するGD-UUL動詞を比べ,次のような意味の違いが見られる傾向があることを指摘した:能動動詞は,手で触れたり目で見たりすることができる行為の対象に,行為主が直接働きかける状況を表す。一方,対応するGD-UUL動詞は,行為の対象がより抽象的であったり,行為の対象に対する働きかけがより間接的であったりする状況を表す。

以上,本論文では-UULと-GDにより派生した動詞を取り上げ,その動詞が現れる文の構文と意味の記述を行なった。