本論文は、職場のあり方―とくにリーン生産方式における職場のあり方―を、「強制」と「同意」という2つの観点から批判的に分析しようとするものである。
これまで、職場のあり方が批判される場合は、もっぱらその「強制」的側面が批判の対象になってきた。「強制」的側面というのは、禁止や抑圧あるいは命令=統制にかかわる側面のことをいう。たとえばテーラー・システムは、労働の遂行様式を厳格に統制(コントロール)するという点において批判の対象とされてきた。
しかし、職場は、そのような「強制」という観点から批判・分析されるだけでは十分でない。職場には、労働者がみずから進んで仕事をしたり欠勤を抑制したりするよう仕向けていくさまざまな仕組み、あるいは、労働者が職場状況―管理や労働のあり方―を受け入れ、それに順応するように仕向けていくさまざまな仕組みがある。それは「自発」性を強制する仕組み、あるいは「同意」を強制する仕組みということができる。職場は、そのような「自発」性の強制、あるいは「同意」の強制といった観点からも批判・分析が進められていかねばならない。とりわけ、リーン生産方式についてはそうである。本文にあるように「自発性」を強制する、あるいは「同意」を強制するメカニズムはある程度どの職場にもそなわっているのであるが、リーン生産方式は、そうした仕組みの多さとその実際の効果において抜きんでたものになっているからである。
本論文は、以上に述べたことを理論的・学説史的に整理するとともに、とくにそのような観点からリーン生産方式について実証分析をおこなっている。後者については2つの自動車メーカーでおこなわれた参与観察がもとになっている。
各章のおもな内容は次のとおりである。
第1章は、リーン生産方式の説明である。トヨタで生みだされたリーン生産方式は、フレキシブルで効率的な生産方式として、現在世界中の自動車メーカーで導入が進められている。そのリーン生産方式の基本思想は「徹底したムダの排除=徹底した原価低減」であり、在庫に代表される「物的ムダ」と過剰人員や作業上のムダといった「人的ムダ」の徹底排除により、フレキシブルで効率的な生産を可能としている。
第2章は、リーン生産方式をめぐる論争の整理である。世界的な規模でリーン生産方式への関心が高まり、また実際に海外での移植・導入が進むにつれ、さまざまな議論がまきおった。とくにリーン生産方式の労働、労働組織、技能形成のあり方については、評価が大きく分かれ、現在も激しい論争が続いている。肯定的な立場をとる人々は、リーン生産方式は、生産にかんする多くの権限を現場の作業チームに委譲するとともに、多能工化などにより労働者の技能を拡大するものであると主張している。一方、批判的な立場の人々は、リーン生産方式における労働は、単純反復作業の組み合わせであるという点で、これまでとまったくかわるところがないと主張している。
第3章では、筆者がおこなった参与観察という調査手法について、その系譜―参与観察がどのようにはじまり、いつごろ労働研究分野に導入され、どのような実証的、理論的成果を残しているか―が検討される。次にみるブラウォイの同意理論は参与観察をつうじて生みだされたものである。
第4章では、ブラウォイの同意理論が検討される。ブラウォイは、テーラーシステムを原則とするような職場であっても、職場には自律的領域(労働者が自由に意思決定・判断できる領域)が残されていることを明らかにした。そのうえでブラウォイは、そのような自律的領域でインフォーマルに営まれるメイキングアウトのゲームによって、「自発」的によく働き、管理に「同意」する労働者主体が生み出されるとする同意理論を唱えている。
第5章では、管理は、統制(コントロール)の観点からだけなく、自律性を方向付ける(=ディシプリン)の観点からも分析されなければならないことが明らかにされる。
第6章では、X社の分析がおこなわれる。リーン生産方式を導入しているX社では、職場に一定の自律性が与えられると同時に、それを企業にプラスの方向で発揮させるメカニズム(協同責任・相互監視のメカニズム)が備えられていた。ただ、X社において、管理者は自律性の発揮のされ方を一様には規制しえておらず、そうした間隙を縫って職場では様々な非生産的・反生産的行為-暗黙の職場規制-が行われるに至っていた。
第7章では、リーン生産方式をもっとも純粋な形で実現しているA社における労働のあり方が分析される。具体的には次のことが明らかにされる。A社の労働の質は、フォードシステムなど従来からある働き方と大きく異なってはいない。A社の特徴は、人々の「自発的」「積極的」労働を引き出す巧妙なメカニズムをそなえていることにこそある。ただ、A社の仕組みも完全なものではなく、職場では非生産的なさまざまな慣行がおこなわれていた。