中世の生活史と絵画史料

齊藤 研一

何を、どんなことを解き明かしたいのか。設定したテーマには、それを研究するにふさわしい「史料」が必ずある。まずは、あらゆるすべての史料を等価値視した上で、どの「史料」こそが設定した研究テーマにとって有益であるのかを見極め、なおかつその「史料」を有効に活用していくという研究姿勢が求められるであろう。こうして見つけ出された「史料」は、おそらく多岐にわたるはずであるが、大切なのは、それら「史料」をできるだけ相互に結び付けていくことである。より多くの「史料」を関連付けることによって、個々の「史料」が持つ限界がお互いに補完され、より豊かな歴史世界を発見できる可能性が開かれるからである。中世の「生活史」を研究するにふさわしい「史料」が、「絵画史料」なのである。しかし、本論文は決して絵画史料論研究をめざしたものではない。中世の「生活史」研究を進めた結果、必然的に「絵画史料」を研究対象(研究材料)とする機会が多くなっただけである。まず問題関心・研究テーマありきである。そして、そのテーマを解明するに適した「史料」を探し、活用するのである。その意味で本論は、中世生活史の史料論であるとも言える。
序章「中世生活史の史料論的視座」では、中世の生活史研究においては絵画史料が有効な「史料」の一つであること、またそのほかに民俗事例(民俗史料)や文学作品(文学史料)などの諸「史料」の活用についても、本論の構成に即して、その有効性や方法論について述べた。本論は、絵画史料論的分析・読解の実践と、その絵画史料を主に用いて分析した社会生活史研究の試論を集めた第一部「絵画史料による社会生活史」と、やはり絵画史料を主に利用しながら、「中世の子ども史」の解明を見据えて心性史的な観点から考察した文章を収録する第二部「絵画史料に見る産育の心性史」の、以上二部構成から成る。
【第一部】第一章「『一遍聖絵』を読む」および第二章「『春日権現験記絵』巻八第二段を読む」は、絵画史料の分析・読解の方法論について自覚的に実践したものである。まず、描かれている事物の一つ一つについて名付けの作業をすることから始めなければならない。また、描かれている人物の相互関係(身分関係)を読み取ることも重要である。補論「槌(鬼の小槌)」「鉢巻」は第二章を補完し、補論「笠」「傘」では描かれたモノの象徴性、補論「五体投地礼」では所作・身体観の解明がそれぞれ重要であり、かつ絵画史料が有効な研究対象(研究材料)であることを提言した。第三章「洗濯革命―「足踏み洗い」から「手揉み洗い」へ―」では、絵画史料に描かれた洗濯の場面を網羅的に抽出して時系列的に比較検討した結果、十六世紀初めに洗濯方法が「足踏み洗い」から「手揉み洗い」へと変化したことがわかり、その要因は麻から木綿へという衣料の変化にあるのではないかとした。第四章「暖簾、看板、井戸をめぐって―初期洛中洛外図の生活世界―」では、初期洛中洛外図四本に描かれる暖簾、看板、井戸の図像について主に取り上げ、数量的な比較なども行って四本の作品それぞれの特徴を明らかにした。洛中洛外図は、中世末期の生活史研究にとっては欠かすことのできない重要な史料である。第五章「「酒呑童子物語」研究の可能性―チェスター・ビーティー・ライブラリィ蔵『大江山絵巻』解題に寄せて―」は、同館が所蔵する『大江山絵巻』の作品解題と、その作業過程において明らかとなった、いわゆる「酒呑童子物語」研究のこれまでに欠けていた視点、および今後の研究課題についての展望である。
【第二部】第一章「「落す」と「破る」」は、これまで混同されてきた出産(胎児分娩)の際の呪術儀礼である「土器破り(かわらけわり)」と、後産(胎盤娩出)の際の呪術儀礼である「甑落し」について再考した。第二章「土器(かわらけ)に胞衣を納める」では、二枚の土器を合わせ口にした中に胞衣(胎盤)を納めて埋納するという方法が、少なくとも室町時代後期にまで遡ることを明らかにした。第三章「アヤツコ考」では、宮参りの際に子どもに額に「犬」字などを書いて魔除けとするアヤツコの民俗事例が、平安末期にまで遡る慣習であったことを古記録などの読解から確認し、中世におけるその様相を明らかにした。第四章「子どもの御守り」は、「御守り」というモノに注目し、その形態と携帯スタイルを探究したもので、御守りの中身などについても可能な限り言及した。第五章「賽の河原の誕生」は、中世末期に具現化された子どもの地獄について、その地獄としての特異な性格と、成立の社会背景についての考察である。それまで人々の地獄観の中に存在しなかった子どもの地獄の誕生は、中世末期という時期に、子どもに対する視線、価値観に大きな変容があったことを意味する。第六章「石女地獄について」も、中世末期に創造された地獄について考察したもので、子どもを産まなかった(産めなかった)女性が地獄に堕ちると考えられるようになったということは、子どもの存在価値が高まったことを意味しよう。「竹の根」を「灯心」で掘るという呵責の意味についても検討した。なお、中世末期における生活史・心性史を考える上では、御伽草子の研究は不可欠である。

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