文化社会学の終焉 <自然>なるユートピアを求めて

出口 剛司

本研究は,社会学における身体論・唯物論思想を取りあげ,その意義と可能性について明らかにする。社会学は,本来的に社会の構成原理について理論的・実証的な思惟を積み重ねている。通常,社会学における「文化」概念には,このような社会の構成原理という意味がある。それに対して身体論や唯物論は,社会の構成原理を文化や意味秩序なき質料変換の領域から批判的に考察するという特徴がある。本研究は,このような文化とは反対の位置をしめる反超越,質料の水準から思考する身体論・唯物論が,逆に社会学における文化批判に対して,どのような積極的意義を持ちうるかを,エーリッヒ・フロムの文化批判及び倫理・政治思想を手がかりに明らかにしていく。
社会学に唯物論的思想が,積極的に導入されるきっかけとなったのは,フロイトの精神分析とマルクスの史的唯物論である。とくにワーマール期の文化的危機に際して,フロムを中心とする批判理論によって,フロイト=マルクスの唯物論的統合,それによる近代文化批判が活発に展開されるようになった。フロムの社会学的業績は,このような唯物論的統合による近代批判に求められる。
そこで本研究では,文化社会学的研究から出発したフロムが,唯物論的思考を展開していく過程を再構成するという作業を通して,社会学における身体論・唯物論の意味を考察する。また唯物論は,単なる文化の批判的考察に止まらず,理論の「効果」を通じて新たなる〈自由の空間〉を開くものであり,本研究も単なる文化批判を越えて,フロムがどのような〈自由の空間〉を構想したかをも明らかにしていく。
とりわけ本研究が注目するのは,フロムとスピノザ主義の関係である。スピノザは思想史上,近代唯物論の祖と見なされ,「自覚的なスピノザ主義者」であったフロムも,フロイト=マルクスをスピノザ主義の系譜で捉えている。このことから,研究の具体的作業は,文化社会学から出発したフロムが,スピノザ思想の「効果」を受けつつ,自由な空間を開いていく過程を再構成するという形で進めていく。とくに一元論・決定論といわれる近代唯物論の祖スピノザの思想が,フロムを通してどのように文化批判を可能とするか,またスピノザの影響をうけつつ,フロムがどのような自由をめぐる倫理・政治思想を展開したかを解明していく。

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