本稿は明末清初から中華民国期に及ぶ長い時期に渡って、中国の企業経営の中心的役割を果たしてきた合夥経営の特徴とその史的変化について検討したものである。
第一章ではまず、合夥の概念について論じた。合夥は「事業を共にする者同士の結合」という意味であるが、合夥には経済的結合だけではなく、何らかの目的を持って「仲間」になるという意味としても認識されていた。次には合夥経営を「合資営業型」と「独資営業型」と大別して論じた。前者の場合には、資本出資者が直接経営に参加する「合資共同経営」形態、資本出資者の中で一人、或いは二人に経営を委ねる「合資単独経営」形態、資本出資者は経営に全く関与せず、第三者を招聘して経営を委ねる「合資委託経営」形態、のように分類して各々の特徴を論じた。後者の独資は、従来合夥とは区別されてきたが、独資の場合でも資本出資者が直接経営に関与せず、他人に経営を委ねる場合は、合夥として認識されていたことを確認することができた。すなわち合夥は資本出資と同様に、労力提供もなお出資と認められていたのである。
第二章では、農業における合夥的経営について論じた。本章では農業部分においても見られる「合夥」「合」「夥」のような「共同関係」は、どのような場合に選好されていたのかの問題を解明するために、まず、地主と農民の合夥的経営を一般耕作地と商業的農業、林業などの場合に分けてそれぞれの特徴を検討した。第二節では農民間の合夥的経営について見てきた。この形態は小作農民間の合夥的経営と自作農間の合夥的経営に分けて考察した。小作農民間の合夥的経営は、さらに地主を含んだ場合と地主は含まない場合にわけて見てみた。小作農民間の合夥的経営は、単独で耕作するには、充分な資本、畜力、労働力等を持っていない貧農同士が協力して組を作り、小作地を獲得し力を出し合って農業を共同で営む、というケースが多かったが、小作農民同士においても経営資本と労働力を分担する、いわば資本と労働の分離が見られるものも確認することができた。そして自作農間の合夥的経営は、合具の事例を以て検討したが、自作農として完全に自立できない農民同士が役畜・農具または労働力を提供しながら共同耕作を行うことを内容としている。
第三章では、合夥資本の構成と労力出資としての身股について検討した。まず、合夥資本は、「自己資本」と「借入資本」とによって構成されている。「自己資本」は合夥人の出資額(「股本」)と「公績金」による。「股本」は合夥人の損益分配の基準として重要な機能を果たしている。「公績金」は合夥の利益の中で一部を積み立てたもので、利子、配当の経費がかからず合夥の資産として自由に運用できるものである。しかし合夥ではあまり重視されることはなかったので、その資金は少なく、合夥の利益が少ないときは無視される場合もあった。これは利益からまず「公績金」を保有する公司企業と異なるもので、合夥企業の資本蓄積を阻害する要因となっている。
さて、合夥資本の中で「自己資本」が占める割合は比較的少なく、実際取引の際にしては「借入資本」を以て行っている。「借入資本」には「護本」「夥友存款」「銭荘借款」など多様であるが、一般的に「銭荘借款」が主な比重を占めている。それは取引の際に借り入れる短期借款であるが、主に無担保の信用によって取引が行われており、合夥経営の特徴といえよう。
次に合夥の重要な特徴として労力出資について検討した。合夥は労力出資者に対して資本出資者と同様に股分を与えるが、それを身股といい、身股を与えられた者を頂身股夥計という。頂身股夥計には、利益配当を受けるまでの生活維持のため、「応支」の権利が与えられている。「応支」は身股数によってその金額が決まっており、帳簿を決算するとき受け取るべき紅利の配当から差し引かれることが一般的である。しかし頂身股夥計の生計困難のため差し引かれず、そのまま固定給の形で定着している例も見られる。
第四章では合夥における損益分配と債務負担問題について検討した。合夥の利益分配のあり方を見るとまず、営業成績に関わらず資本出資者が出した出資金に対して一定の利率で利息を支払う習慣がある。これは「官利」と呼ばれている。官利を除く余りの利益がいわゆる紅利として配分されるわけであるが、それは大別すると、資本出資者の配当、労力出資者の配当、公績金の三つの類型に分けられる。官利を「確定的配当」といえるならば、紅利の配当は営業の成績によって変動しているので、「成果的配当」といえるものである。また合夥の公績金も紅利から配当されるが、その比率は少なく、しかも紅利が少ないときはない場合も多い。すなわち合夥の利益の大半は配当として経営外に流出され、合夥の資本蓄積は困難であったのである。
清末民国期になって、合夥は法律として整備されるようになる。その中で合夥の対外債務に対する「連帯責任」制の導入は、従来商業習慣に反するということで、上海総商会をはじめとする各商人団体から反対、修正の意見が出された。この合夥の債務責任をめぐって十数年来続けてきた争論は、合夥の改良案として「股分無限公司」「商業登記制度」の提案もあったが、特に解決を見ることなく、時代の波とともに流れていたのである。
第五章では事例研究として、四川の塩業契約文書に合夥経営のあり方について検討した。四川の塩業は井塩業として投機的・冒険的であって、また莫大は資金の投入が必要であったので、資金を調達し、失敗による危険を軽減するため多くは合夥を組織して経営に乗り出していた。本章では井塩業経営のサイクルによって結ばれる諸契約関係を分析した。また各契約関係については、訴訟関係の文書を通じて契約文書では現れない合夥経営の特徴を明らかにすることができたと思う。そして股分所有者として登場する地主(土地提供)、客人(資本出資者)、承首人(業務担当)のそれぞれの性格を考察してみた。これによって井塩業の合夥は、資本と経営とが分離された形で行われており、承首人を中心とする経営体制を採っていることを明確にした。そして会計関係の面では、当時としては水準の高い複式簿記が用いられたことを検討した。債務負担関係では、「井債井還」即ち塩井の財産を以て債務の精算に当てられているが、塩井の財産は確定されておらず、股分に応じた出資額により構成されているので、結局利益の配分と同様に、各合夥人が股分により分担する「按股分担」方式で債務処理が行われていたことを検討した。
結論では合夥の現代的課題として農業生産合作社、郷鎮企業、台南?の合夥経営について検討した。そこで合夥の原理は現代にも受け繋がれており、今後もなおその帰趨が注目されることを述べた。