本論文は、六朝期の民間における仏教受容の形態を探る手がかりに、六朝期に著された宣仏小説の中より南斉王?の『冥祥記』を題材として選び、その定本作成と内容考察を行ったものである。

第一部においては『冥祥記』の定本作りを中心にすすめる。類書中からの『冥祥記』佚文収集から着手し、その整理校勘を行う。第一部の末尾にその成果として「冥祥記」定本附校勘記をおく。

第二部においては、第一部で作成した定本を利用して『冥祥記』の内容考察を行い、それを通じて六朝期の仏教受容の形態を考える。まず、『冥祥記』他の宣仏小説留移管の関係、及び流伝形態を調べ、これらの小説が相互に啓発、影響を与え合う間柄にあることを明らかにした。次に、『冥祥記』の著述態度についての考察を行う。作者である王?は、史実を記すという態度のもとに『冥祥記』を書いており、その態度はしばしば文章中に表されている、つまり、様々な客観的事実をその故事の中に組み込むことによって、その故事の信憑性を高めんとしている。その具体的な手法と効果については、それぞれ例をあげて見ていく。次に、『冥祥記』中の故事をテーマ別に分類し、そのテーマごとに内容を検討していく。「冥祥記」においては、元々の仏典で説かれている事柄をより人々にわかりやすく、身近に感じさせるよう、少々手を加えている。また、中国人に受け入れにくいと判断される部分は省き、理解し安いところを重点的に説き、効果を上げている。できる限り卑近な例を挙げ、人々と仏教との距離を縮める役割を果たしている。説くに、地獄譚、漢音経応験などの単純な作りの故事が、民間への仏教布教に大きく貢献したであろう事が推測できる。