合巻の研究

佐藤 至子

合巻は、草双紙が赤本・黒本青本・黄表紙と変貌を遂げた末に、最後に成立した形式である。文化初年から明治初頭まで多い時は年に数十点が刊行され、読者は子供から大人まで広範囲に及んだ、江戸後期を代表する小説ジャンルの一つである。

本論文の第一章・第二章では、紙面に絵と文章が共存するという合巻独特の形式における表現の方法と、表現された内容について論じた。第三章では、合巻の作者を一人取り上げ、その戯作精神のありようと、具体的な作品成立の状況を分析した。

第一章表現手段としての絵と文:

本章では、合巻のほぼ全ての紙面に備わる絵と文が物語を記述する手段としてどのような役割を担っているかという点に注目し、絵と文のそれぞれの働きを論じた。第一節・第二節では、絵に即した内容の短文(書入)と、筋の伝達を主とする文章(本文)の機能の違いを述べ、絵に即した書入によって形作られた合巻独特の表現を指摘した。第三節では、合巻のほぼ全ての紙面に備わる絵が物語を記述する行為にどのように関わるかといった点に言及し、第四節では、合巻の本文における会話文と他のジャンルの会話文との本質的な相違点を考察した。

第二章題材と趣向の拡がり:

本章では、絵と文を使って表現された具体的な内容を考察の対象とした。第一節・第二節では、読み物性を強調し、ジャンルとしての読本を意識した文字の多い紙面を持つ合巻を取り上げた。第一節では文化五年前後の式亭三馬の合巻について、書入のついた絵が無く本文のみの丁が多くても、本文の台詞を話言葉にすることにより、ある程度生き生きとした会話描写が可能となっていることを指摘し、〈浄瑠璃風〉と称して七五調や話言葉の台詞を交えた文章が工夫されていることを述べた。第二節では、文政期の合巻に「読本」と称している作品が存在するが、従来の歌舞伎趣味とは一線を画す趣向として読み物性を強調する意味で「読本」の語が使われているのではないかという点と、それらの一つ『敵討闇夜烏』は、「読本仕立」と冠してはいるが物語構成の面では伝統的な草双紙=合巻の方法に則った作品であり、むしろ同時代の馬琴合巻の方が、伝統的な合巻の構成法からは外れているという点を指摘した。第三節では、絵と文を駆使して物語を舞台で演じられているかのように表した『正本製』が、筋のみならず物語の展開される場(劇場)を描くことで読者に舞台を見る観客の視点をも与えるという二重構造を持つこと、『曽我太夫染』『昔々歌舞妓物語』では昔の歌舞伎を現前させることを目指し、注釈の挿入や咄家という媒介者の設定により、内容が昔の歌舞伎であることを明示しながら無理なく合巻化していることを論じた。第四節では、『正本製』以来の表現方法が明治初頭の草双紙や新聞小説にも影響を及ぼしている点を述べ、「正本製」の語を用いた活版本の作品を整理し、歌舞伎の筋書を提示する媒体(正本写合巻・筋書本など)の体裁(印刷技法)と内容(表現技法)の変遷を分析した。第五節では、合巻の中に江戸にまつわる伝説や名所古跡・当世風俗が描かれている例を取り上げ、既存の物語世界を翻案し作品化する上での趣向として、当時人気を集めていた事物が作中に描写されていることを述べ、それらの事物(役者や意匠のデザイン、名所の風景など)を表現する上で、絵が大きな役割を負っていることに言及した。

第三章:幕末一戯作者の動向--墨川亭雪麿の活動に即して--

本章では、一人の戯作者の活動と著作を取り上げた。墨川亭雪麿は従来閑却されてきた戯作者であるが、第一節では、その戯作精神のありかたに注目し、戯作の熱心な読者にして作者である点を再評価した。第二節では、雪麿研究の基礎として、その活動を年表形式で整理し、関連著述の全貌、および曲亭馬琴ら他の戯作者との交流を明らかにした。第三節では雪麿の合巻『咲替蕣日記』について、雪麿から笠亭仙果への作者交代の事情を考察する一方、構成面から長編化の要因を探った。また、本作と同時代の歌舞伎・浄瑠璃・錦絵・他作者の合巻なども併せて分析し、この時期の「朝顔日記」ものが、歌舞伎において生まれた役者と役柄のイメージを核として拡がっていったことを指摘した。

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