ここでは、日本における自営業層が戦前から戦後にかけてどのように在立してきたかを考察した。分析の際、本稿では、自営業層が階層としての曖昧な性格から「企業活動を営む階層」としての性格を明確に表すようになった過程に焦点をおいた。これを本稿では、自営業層が「階層的独自性(distinctivenessasaclass)」を強めた過程として捉えた。自営業層の階層的独自性に関しては、自営業の企業活動としての存立基盤、彼らの階層状況、移動経路、階層意識と地域活動、政策過程への参加という4つの構成軸から成り立つものと捉えて議論を展開した。

本稿で行われた分析の結果を各章別に簡単にまとめると以下のとおりである。

第1に、彼らの階層としての歴史的推移を考察した。戦前の20年から30年の間に自営業層は膨張したが、これには20年代の後半から続いた長期不況によって雇用機会を失った半失業状態の人々が自営業へ移動したことが背景にある。それに対して、戦後直後に自営業層の数は減ったものの、高度成長期をとおして自営業層の数は増え続けた。高度成長による市場の拡大が自営業に有利に働いたとみられる。しかし、80年代以降自営業層は減りつづけている。これには低成長期による影響と参入資本の高額かとともに新規参入が難しくなったことが一原因であると考えられる。

第2に、自営業の企業活動としての存立基盤を産業別返還をとおして考察した。産業構造の変化は自営業に新しい存立基盤をもたらしたが、自営業は産業構造の変化に沿って新しい分野へ進出することによって存立、成長してきたとみることができる。戦前の重化学工業分野である機械工業や金属工業の例がそれである。また高度成長期にみられた自営業の膨張もこうした観点から解釈することができる。他方、在来産業においては依然として小規模企業が圧倒的多数を占めているが、この分野においても内部成長による独自の存立基盤をもつ中堅企業の誕生を見ることができる。他方、戦後の長期間にわたって従業者数1-4人規模の事業所は停滞または減少してきたが、その代わりにそれ以上の小規模企業の増加が大きかった。小規模企業のなかでの1-4人規模の増加が停滞し、それ以上の小規模企業が増加してきた過程を自営業の「企業活動への転換過程」と呼ぶことができる。

第3に、自営業層の階層状況に関して考察を行った。自営業層の階層としての特徴は、彼らが自分の資本に基づいて営業活動を行う階層である点である。戦前から戦後にかけての自営業層をめぐる階層状況の変化は彼らが自分の資本に基づいて営業活動を行なう階層としての特徴を明確に示すようになったことである。戦前の自営業者層の多くは家族従業者の手助けを必要としない単独業種であったのに対して、戦後の自営業は家族従業者に支えられる家族経営として確立することになった。さらに自営業層のなかでは被雇用者を雇う業主の増加が安定的にみられている。

第4に、自営業層の移動経路を考察した。自営業層の社会移動をめぐっては戦前から戦後にかけて変化がみられる。世代間移動の面からみると、戦前の自営業の高い吸収力は自営業への移動の開放性を保たせていたのに対して、低成長期にみられた縮小傾向は自営業への流入における開放性を低下させているとみることができる。これは参入障壁の高度化によって親から資本と設備を継承できない新規参入者の移動が難しくなっていることとも関連がある。

世代内移動に関しては自営業は初職からではなく、途中から移動してくるという到達職としての特徴があげられる。産業構造の高度化とともにこうした到達職としての特徴は強まっているが、それは自営業を始めるにあたって必要なキャリア的資源の水準がより高まっていることを示すものとして解釈することができる。

第5に、自営業層の階層意識を捉えた。自営業層は被雇用者または農業者とは異なる階級階層意識をもっている。彼らの労働過程における自立性の享受は彼らをして被雇用者とは異なる経営者意識をもたらしているとみることができる。

他方、自営業層は政党支持意識においても被雇用者とは異なっており、自民党に対する高い支持率を示している。こうしたことに対して、本稿では彼らが自分の生存に敏感で、地域における独自の組織力を基盤として戦後の中小企業政策過程に参加してきたことに関連づけて説明を行った。