心的空間における宗教性 −Alcoholics Anonymous の研究−

葛西 賢太

現代宗教においては、確固とした制度、明確な教義や信条の存在は宗教本来のありかたから離れたものとみなされ、それに代わって非制度的で個人の体験を強調した「霊性spirituality」を重んじるようになっている。興味深いのは、この語が何らかの「聖なる存在」をめぐってのみならず、対人関係のありかたをめぐっても用いられていることである。

「霊性」の宗教は現代社会のあらゆる分野に広まっているので、特定の対象に絞った方が検討しやすいであろう。筆者が関心を持つAlcoholicsAnonymous(以下AAと略記)はそのような宗教的な小集団の一つである。AAは1935年に合衆国オハイオ州で二人のアルコール依存症者によって創設された、酒なしの生活をめざす人々のためのセルフヘルプ・グループ(自助団体)である。AAは困難を極める医学的治療の代わりに、ある種の宗教的な「回復」(メンバーの3割が断酒を継続しているといわれる)を提示する。その活動は全世界に広がり、1998年の時点で200万人のメンバーがいる。

ところで筆者が問題にしたいのは、AAの回復率の多寡ではない。社会学や社会心理学における集団力学や数量的意識調査を目的としてもいない。メンバーはアルコール依存症という病を介して、彼らが自らの生き方を実存的に問い直す。人間の力ではもはや断酒を継続することができないという自己放下の先に、「ハイヤー・パワー」(神)による酒のない生活の世界があると彼らは語る。アルコール依存という病は、生の有限性とそれを超える何かに出会って自己変容を遂げるための恩寵的なものでもあると考えられているからである。この「ハイヤー・パワー」は「自分より偉大な」存在であり、「自分で理解」する限り、どのような存在であってもよいとされ、これについて明確に規定した教養はない。

このようなAAは、従来の教団研究の枠組で捉えられるべきではない。先行する医学・社会学分野の諸研究では、AAの相互扶助的正確、アルコール依存症者の人間関係不全、AAの自己放下の思想などが検討されてきた。これら諸研究を踏まえつつ、筆者が注目したいのは、AAの対人関係をめぐってメンバーが間主観的に自己を再構成していく過程に、「ハイヤー・パワー」がどのように貢献し、それが現代宗教にどのように位置づけられるかということである。

自己を間主観的に捉える方法には様々あるが、筆者は自己を「心的空間」というアナロジーで捉えることにより、個と個が向かい合うという形の関係モデルでは捉えられない、個と個が包摂しあうような空間的布置について検討しうると考えている。心的空間の内部にある<重要な他者>の像が、当事者にとっては、現実味があり方をもったものと感じられ、そこから影響されたり力を得たりするという現象がある。AAの場でのこうした関係を捉えるために、参与観察を行った。筆者による参与観察は、1997年3月から1998年3月までの約一年間にわたっている。参加した24回のミーティングは主として新潟県でのものであり、そのほか関東甲信越地区の大行事「ステップ・ミーティング」「ラウンドアップ」にそれぞれ一回ずつ参加した。これらは一泊二日、二泊三日の行事であり、個人インタビュー(11名)の多くはこの期間中に行ったものである。

参与観察を通じて多くのことが明らかにされた。近年有力視されている対人関係の障害がアルコール依存症の原因になっているという仮説については、AAのメンバーは思いの外多様で、「対人関係障害からアルコール依存症へ」という展開ばかりを一義的に強調することはできないとわかった。一方、参与観察の当初は、対人関係の問題とあわせ、AAの相互扶助的な側面を確認することに主眼がおかれていた。AAで行なわれるサポートは複数の側面をもっている。それは単なる世話ではなく、ただそばにいるだけで彼らに安定をもたらすことにつながり、「ハイヤー・パワー」を介してメンバーを世界と関わらせていく側面もある。これまであまり注意されてこなかったスポンサー制度(ベテランが新参者に個別的なサポートを提供する制度)についても検討することができた。「ハイヤー・パワー」がAAの非制度的な組織に根ざしていることについても、先駆的な成果をあげることができた。

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